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侯爵令嬢メリスの奮闘記  作者: 紙禾りく


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第五十一話

「今社交界で一番よく耳にするのは、ヴァルフセラム殿下とリコリス様の婚約のお話かしら」

 お茶会が始まってしばらくした頃、ナルシス様が口にしたのは、今社交界で一番ホットな話題だった。


「確かに、よく耳にするわね」

「私も耳にします」

 お母様に続いて相槌を打つ。ヴァルフセラム殿下とリコリス様の婚約の話を聞いたときは、ほっとしたのを覚えている。


 私に関係ない所での出来事だし、まず間違いなくゲーム通りの顛末になると思っていたとはいえ、少しだけ不安だったのよね。

 お二人の婚約は、ゲームではあっさりと語られていた過去の出来事に過ぎなかったけど、現実にはどうなるかわからなかったからだ。


「意外だったわよね」

「そうね。殿下とリコリス様の仲は知っていたけど。それでもアリーヌ様とも、婚約を結ぶものだと思っていたわ」

「……」


「婚約の発表が遅かったのも、どちらが正妃になるかで揉めていたからだと思っていたのに。リコリス様だけを選ぶなんてね」

「アリーヌ様が、あっさりと身を引いたのも不思議よね?」

「そうね。それも意外だったわ」


 アリーヌ様か……。私はゲームの知識からこの展開を知っていたけど、知らなければ意外に思えるかもしれない。

 世間一般にはリコリス様もアリーヌ様も、ヴァルフセラム殿下の婚約者になることに、執着しているように見えたでしょうから……。


 それゆえ、リコリス様とアリーヌ様の二人ともが、ヴァルフセラム殿下の婚約者になるだろうというのが世間の共通認識であり。

 なかなか正式な発表がされないのは、ナルシス様の言うように、どちらを正妃にするのかを決めかねているからだと考えられていた。


 もっとも、私はゲームの知識から、周りの者が思っている以上にヴァルフセラム殿下が一途な方だと知っていたし。

 なにより、アリーヌ様が父親のレイブラ公爵の強い意向によって、婚約者に名乗りを上げただけに過ぎないと知っていた。


 アリーヌ様は第一王子の婚約者という立場や、ヴァルフセラム殿下本人に、さほど興味を抱いていなかったのよね。

 だから、ヴァルフセラム殿下がリコリス様だけを選んだとき、アリーヌ様があっさりと身を引いたことも驚かなかったし……。


 むしろゲーム通りになって喜んじゃったわね。


 だって、ここでアリーヌ様がヴァルフセラム殿下の婚約者になったら、マリウス様のルートのライバル役がいなくなるもの。

 アリーヌ様にはきちんとマリウス様と婚約してもらって、マリウス様の人間不信の形成と、ライバル役を頑張ってもらわないと。


「でも素敵な話よね。「私は生涯リコリスだけを愛します」なんて」

「そうね。王族としては褒められたことではないけれど。素敵だとは思うわ」

「素敵だと思います!」

 お母様に続いて、私もナルシス様の言葉に同意する。


 この世界では、身分の高い者に何人も妻がいることは珍しいことではなく、ましてや王族ならいて当然と考えられている。

 だというのに、きっぱりとリコリス様だけを愛すると宣言したヴァルフセラム殿下に、憧憬の念を抱かずにはいられない。


 そんなに想ってもらえるなんて、リコリス様が羨ましいわ。


「カトラ様はどう思うかしら?」

 ここでナルシス様が、黙っていたカトラ様にも話を振った。

「私も、とても素敵なことだと思います」

 控えめな笑顔を浮かべながら答えるカトラ様。


「そう?」

「はい。そんなに想われて。リコリス様が羨ましいです」

「ふふっ。その点、私たちは幸せ者よね。ねえアリア」

「ええそうね。私たちは幸せ者ね」


 ナルシス様は適度にカトラ様に話を振ったあとすぐ、カトラ様から会話の矛先を外す。さきほどから何度も見た光景だった。

 どうやらナルシス様は、適度に話題を振ることで、カトラ様が居心地の悪さを感じないように配慮しているみたいなのだけど……。


 これがまた随分と巧みなのだ。


 席をともにしながらも、会話の輪に混ざらず黙っているだけというのは、やはり気まずく感じてしまうもの。

 ナルシス様は、カトラ様にそれを感じさせないように適度に話題を振る。それもカトラ様が負担を感じない絶妙なさじ加減で。


 おかげでカトラ様も話し方や所作に硬いところが残るものの、もうほとんど緊張はしていない様子だった。

 やはりナルシス様ともなれば、カトラ様のような態度とも接する機会が多いのだろう、打ち解け方を心得ている。


 さすがはナルシス様、私も見習わないといけない……。


『ねえ。妖精の件はいいのかしら?』

 感心していると、メリスが話しかけてきた。

(妖精の件ねぇ……)

 心の中でつぶやきながら、ちらりとクロード様のほうを見た。


 確かにもともとの予定では、妖精が見えてしまったことをクロード様に相談するつもりだったけれど……。

 でも、カトラ様や使用人がいる前で相談するわけにはいかない。私の特別な目のことについては秘密だもの。


(よくはないんだけど。でも、カトラ様もいるし……)

『別にちょっとお茶会を抜けるぐらい大丈夫じゃない? 今のカトラ様なら三人にしても問題ないでしょ』

(うーん……)


 カトラ様を残して席を外すのはどうかと思ったけど、言われてみると少しぐらいなら大丈夫な気もする。

 今のほとんど緊張していない様子のカトラ様なら、私が席を外したぐらいでどうこうなりはしないだろう。


『どうするの? 相談するなら早いほうがいいと思うけど』

(……そうね。ちょっと席を外させてもらいましょうか)

 カトラ様には悪いけど、メリスの言う通り相談するなら早いほうが良いと思ったので、動くことにする。


「クロード様、ちょっと二人だけでお話したいことがあるのですけれど……」

「ふむ。わかりました」

「ナルシス様、お母様。少し席を外してもよろしいでしょうか?」

 クロード様がすぐに頷いてくれたので、二人にお伺いを立てる。


「あら、二人で内緒のお話? ナルシス、構わないわよね」

「ええ。もちろん構わないわ」

「……」

 笑って快諾してくれた二人と、なにやらジト目で訴えかけてくるカトラ様。


 カトラ様、できるだけ早く戻ってくるので許して頂戴な。


「では失礼いたしますわ」

「失礼します」

 カトラ様の視線の意味はわかっていたけど、私は気付いていないふりをして、クロード様とともに席を立った。

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