第四十九話
カトラ様は随分と緊張しているようね。マイアとクインに身支度を整えてもらいながら隣に目を向ける。
私と同じように身支度を整えてもらっているカトラ様の表情は硬く、纏っている空気は張り詰めていた。
まあ、無理もないわよね。なにせ、ナルシス様やクロード様が同席するお茶会へのお誘いを受けたのだ。
それも、気構えも大した準備もできないタイミングでの、いきなりのお誘いともなれば、緊張してしまうのも頷ける。
私も初めはとても緊張したもの……。
「カトラ様。そんなに緊張しなくても大丈夫よ。レクス公爵夫人はお優しい方だから、もっと気楽に構えていいわ」
私は少しでもカトラ様の緊張を解いてあげられるように笑顔を浮かべ、できるだけ優しい口調を心がけて話しかけた。
ただ、こちらを向いたカトラ様の表情は硬いままだ。
「まあ、そう言われても難しいわよね……」
身分の高い者から「楽にして」というようなことを言われても、「はいそうですか」と応じるのはなかなか難しい。
困ったわね。どうすればカトラ様の緊張を和らげられるかしら?
「あの……。メリス様は……。レクス公爵夫人やクロード様とは、仲が良いのでしょうか?」
私がどうすべきか悩んでいると、カトラ様が遠慮がちに尋ねてきた。
「ええ。それなりに仲が良いと思っているわ」
「そうなのですね。それでは、お茶会もそれなりに?」
「ええ。レクス公爵夫人とは、けっこう頻繁にお茶会をしているわね」
「では……。普段のお茶会ではどのようなことを話されるのですか?」
どうやらカトラ様は、お茶会をリサーチしたい様子。
「そうね。ありふれた友人同士のお茶会と同じで、たいていは社交界の噂とか、他愛のない雑談をするわね」
できるだけカトラ様の不安が解消されるように、お茶会のハードルが下がるように、私は言葉を選んで答えた。
「そうですか……」
「だから、そんなに硬くならなくて大丈夫よ。お二人とも本当にお優しい方だし……。ねえ、マイア?」
「はい。寛大な方々でございます」
「だからね。カトラ様は普段通りにしていればいいのよ」
「……ありがとうございます」
未だ緊張した様子ではあるが、私の気遣いの気持ちが伝わったのか、カトラ様は少しだけ笑みを浮かべた。
「お嬢様。これでよろしいでしょうか?」
会話が途切れたタイミングで、マイアが尋ねてくる。どうやら、私の身支度が終わったらしい。
すぐに姿見のほうへと向き直り、自分の姿を確認する。
うん。特に問題はなさそうね。バッチリ決まっているわ。
「カトラ様。よろしいでしょうか?」
「えっと、問題ないと思いますが……。メリス様、どうでしょうか?」
「うん? そうねぇ……」
カトラ様に尋ねられたので、振り返ってカトラ様の姿を確認する。
お気に入りなのか、よく着ているのを見かける赤を基調とした、装飾の少ないドレスを身に纏うカトラ様。
セミロングの黒髪は、普段通りの編み込みポニーテールに仕上げられており、特に気になるところはなかった。
「大丈夫よ。バッチリ決まっているわ」
「ありがとうございます」
「じゃあ。行きましょうか」
「はい……」
硬い表情で頷いたカトラ様を連れて部屋を出ると、マイアを先頭に廊下を進む。
その道中に、ちらっとカトラ様の様子を窺うと、カトラ様は先ほど以上に緊張した面持ちだった。
うーん、随分と肩に力が入っているみたいだけど大丈夫かしら? いや、大丈夫じゃないわよね。
「カトラ様。気を楽にしないと……。そんなに気を張っていると、却って失敗してしまいますわよ?」
見かねた私は、冗談めかした口調で、再びカトラ様の緊張を解しにかかった。
「そ、そうですよね」
「レクス公爵夫人もクロード様も、多少のことは気にされない方だし、カトラ様なら自然体で大丈夫よ」
「わかりました……。し……たい……。すー、はー」
頷いたカトラ様は何事か小さくつぶやいた後、大きく深呼吸をし始めた。
「……カトラ様、私もフォローするから、気を楽にしてね」
カトラ様が深呼吸を終えたタイミングで声をかける。
「ありがとうございます」
そう返したカトラ様は、多少は緊張が解れたみたいだったけど……。
そうこうしているうちに私たちは談話室の前に辿り着いてしまう。
(うーん。もう少し緊張を解いてあげられると良かったんだけど……)
『カトラ様って、物怖じしないタイプに見えて。意外に小心者よね』
談話室を前にシャキッっと姿勢を正したカトラ様を見て、心の中で思わずつぶやくと、メリスが反応を返した。
(ナルシス様たちを前にして、萎縮してしまわないか、心配だわ)
『まっ。なるようにしかならないわね』
(そうね……)
ここまできたら、もうどうしようもないものね。
「アリア様。お嬢様とカトラ様をお連れしました」
ノックをしてお伺いを立てるマイア。
「……入りなさい」
すぐにお母様の声が返ってくる。
「行きましょう」
「はい」
私は後ろにいたカトラ様の手を手を取ると、マイアが開いてくれた扉から、談話室の中へと入る。
「ナルシス様、クロード様。お待たせいたしましたわ」
「皆様、お待たせして申し訳ありませんでした」
軽く頭を下げる私に続いて、深々と頭を下げたカトラ様。そんな私たちに部屋の中にいた者たちの視線が注がれる。
「構わないわよメリスちゃん。時間より早く来てしまったのは私たちだもの。それで、そちらがメリスちゃんのお友達なのね?」
「はい。こちらが私の親友であるカトラ様ですわ!」
元気よく答え、カトラ様を前へと押し出す。
実はカトラ様を親友として紹介できることは、ちょっと嬉しかったのだ。
「アルイブ伯爵家の、カトラ・アルイブと申します。お見知りおきいただけましたら幸いです」
「ナルシス・レクスよ。よろしくね」
「クロード・レクスです。カトラ嬢、よろしくお願いします」
そうして挨拶が終わると、一呼吸を置いたあとにお母様が口を開く。
「……さあさあ。二人とも、こちらに座りなさい」
「はい」
「失礼いたします」
お母様に促され、私とカトラ様はテーブルに近づく。
部屋の中心に置かれた丸テーブルにはすでに三人が。クロード様、ナルシス様、お母様の順で座っている。
私とカトラ様は手前の空いている二つの席に……。私がクロード様の隣に座り、そんな私の隣にカトラ様が座った。
「メリス嬢。すみません。急に母上も来ると言い出して、早く来てしまいました」
「いえ。ナルシス様まで来てくださるなんて、嬉しいですわ」
席に座るとすぐに、クロード様が時間より早く来たことを謝ってきたので、特に気にしていないと答える。
さて。顔合わせは終わったけれど……。
ちらりと隣に座ったカトラ様の様子を窺うと、カトラ様は貼り付けたような無表情で、前を向いている。
背筋をぴんと伸ばし、びしっと引き締まった様はなんというか、これから死地にでも向かうかのようだった。




