第四十六話
昼食を食べ、レストランを出た私たちは、そこでプラム様と別れの挨拶を交わし、さっさと帰途に着いた。
そうして帰りの馬車に揺られること少し、会話をする気分でもなく、外の景色を眺めていた私の頭にメリスの声が響く。
『今さらだけど。マリウス様があそこにいたのって。やっぱりダイエットのためだったのかしら』
(たぶん、そうなんじゃない? 失恋直後のマリウス様って、ダイエットに励んでいるはずだし……)
ゲーム通りに物事が進んでいるのだとすれば、マリウス様は失恋をバネにダイエットを頑張り始める。
というのも、マリウス様が失恋してしまった大元の原因は、その太り過ぎていた体型にあったからである。
それは、マリウス様が文通によってのみ交流を深めていたエリナ様に、こっそりと会いに行ったことから始まる出来事……。
エリナ様に、直接顔を合わせることはできないと言われていたのに、恋心を募らせたマリウス様は、会いに行ってしまうのよね。
マリウス様は顔を変える魔法を習得して、わざわざ別人を装い、エリナ様が参加するパーティーに潜り込むのだ。
そうして意気揚々とエリナ様に会いに行ったマリウス様。だけど不幸にもそれが二人の関係を終わらせる原因となる。
マリウス様は期せずして、エリナ様がマリウス様の容姿(特に太った体型)について、ボロクソに言っているのを聞いてしまう。
結果、心を寄せていた相手の、思いもよらぬ本音を聞いてしまったマリウス様は、大変にショックを受けて人間不信に陥るのだ。
『大丈夫なのかしら? 現実になると思ったよりも太って見えたけど、ちゃんとダイエットに成功するわよね?』
(うーん……。たぶん大丈夫だと思うけど……)
ちょっと不安はあるわね。
ゲームではダイエットの描写なんて詳しく語られてなかったし……。語られていたのはダイエットの原動力くらいかしら?
確か、失恋のあと他人の言動を素直に受け止められなくなったマリウス様は、他人の本心を探らずにはいられなくなって……。
その結果、当時親しいと思っていた者たちの大半が、権力目当てで、陰でマリウス様の体型を馬鹿にしていたと知って。
だからこそマリウス様は、体型を馬鹿にした者たちを見返すためにも、痩せることを決意したとだけ説明されていたわね。
『やっぱり少し心配よね?』
(まあね。マリウス様ってけっこうサボり癖があるし……)
でも痩せてもらわないと、ヒロインとの恋愛に影響が出るから困る。だって、太ったヒーローなんて嫌だし……。
なにより、人間不信の形成に重要な第二のターニングポイントのこともある。あれは痩せていないと起こらない出来事のはず。
第二のターニングポイントは、マリウス様とアリーヌ様の婚約だけど。マリウス様が痩せないとアリーヌ様が好きにならないわ。
ゲームでのマリウス様は、一年半にも及ぶダイエットの効果で、今の太った体型からは信じられないくらいに痩せて。
そして、細身の優男風のイケメンとなったマリウス様は、今まで(家柄だけでも少しモテたけど)が嘘のようにモテ始めるのよね。
それこそ、今までマリウス様の太った体型を毛嫌いしていた令嬢たちが、掌を返して群がってくるほどにモテる。
つまりは、マリウス様は見事ダイエットに成功して、今まで馬鹿にしていた者たちを見返すことにも成功するのだけど……。
でも結局、人間不信を拗らせていたマリウス様にとっては、見てくれだけで判断する者たちに嫌気がさすだけで、なんの達成感もなく。
そんな中、今まで挨拶を交わす程度であったアリーヌ様が、マリウス様の婚約者に名乗りを上げたことが、止めを刺すことに繋がる。
婚約に異を唱えるマリウス様、しかし家同士の意向は強くマリウス様とアリーヌ様は婚約を結ぶことになり。
押し付けられるような望まぬ相手との婚約によって、より一層マリウス様の人間不信を加速させてしまうのだ。
『いや。マリウス様もことダイエットに関しては「サボり癖」とか、あなたには言われたくないと思うけど?』
(あははは……)
『というか、私たちのダイエットはどうするのよ?』
(そういえば、それも考えないといけないわね……)
「メリス様、ちょっとよろしいでしょうか?」
メリスと会話をしていた私に、カラミラ様が声をかけてきたので、景色を眺めるのをやめて、正面に座るカラミラ様を見る。
なんだかメリスがうるさくなりそうだったので、ほっとしたのは内緒だ。
「あらカラミラ様。何かしら?」
「ジニット子爵令息のことですが、本当に気にしていないのですか?」
「ええ、気にしていないけど。どうして?」
「いえ。あの方の態度はあまりに目に余るものでしたので……」
目を伏せて言葉を濁すカラミラ様。うーん、実はカラミラ様もマリウス様の態度に思うところがあったのかしら?
いや、そんなタイプではないわよね。でもだとすると、質問の意図が見えない。まあ、もっともらしいことを答えておきましょう。
「そうね。一言注意ぐらいはするべきだったかもしれないけれど。でも、相手をするとなかなかに面倒でしょう?」
なにせ、マリウス様は明らかに自身の変装した子爵家という立場を考慮したうえで、私を挑発してきていたのだから……。
だからあの場で、マリウス様の無礼な態度を糾弾したところで、それですんなりマリウス様が引いてくれたとも思えなかったし。
それにプラム様がかなりヒートアップしていたから、あの状況で私がマリウス様を非難すると、きっとさらに話は拗れたと思う。
「ええまあ。そうですわね」
「でしょう。だからこっちが折れてあげたのよ。それに、注意しないことが却って仕返しにもなると思ってね」
「確かにあの態度ではどのみち……」
「そう。どのみち、貴族社会ではやっていけないわよ。そう思ったから敢えて注意せず、捨て置いたのよ」
「なるほど。そういうことでしたのね」
「そういうことよ」
仮に中身がマリウス様ではなく、そのうえで格上の貴族にあんな態度を取るような者は、どうせ長くない。
貴族社会で立場を弁えない者の未来は暗いからね。といっても、中身がマリウス様の時点で関係のない話だけど。
ともかく、納得したらしいカラミラ様はそれ以上何も言ってこない。結局、質問の意図がはっきりとわからなかったけど……。
どうにも、私の態度に疑問を持っていたみたいね。まあかなり寛大な態度に見えたでしょうし、その辺が不思議に見えたのだろう。




