第四話
『それで? 具体的にはどうするのかしら?』
(そうねぇ……)
付け入る隙はあると、そう言ったものの。具体的にと言われると、今の段階では答えにくい。でも方針くらいなら立てられる。
(情報を集めないと具体的なことは言えないけど。でも、しなければならないことが、いくつかあるわ)
とりあえず、肌寒くなってきたので、ベッドに横になって布団を被りながら、メリスに方針を伝える。
(まずは、ゲームのような、がつがつとした態度は改めて、貞淑な淑女を、令嬢の鑑のような存在を目指すわ!)
ゲームでの私がクロード様に嫌われてしまった原因は、わがままで高慢ちきと、これぞ悪役令嬢といった感じの性格せい。
相手を慮るということができなかった私は、婚約者という立場を笠に着て、常日頃からクロード様に引っ付いていた。
その強引でべたべたとした態度、それがクロード様には、大変に迷惑なことだったのよね。だからまずは、それを改める。
そして、礼儀作法や教養を身につける。ゲームの私も、そして現在の私も、どちらも侯爵家の令嬢としては問題がある。
礼儀作法が拙く、侯爵家の令嬢として相応しい振る舞いができていない。勉強もさぼっていたから、教養もかなり低かった。
『ゲームの私を反面教師にするわけね』
(その通り。自分を磨くのよ。そして、できればヒロインが登場するまでに、クロード様との絆を深め、ハートを掴むの!)
これができればベストだ。だから頑張る。
クロード様は数日前に十歳になられたばかりだったから、ゲーム本編が開始されるまで、あと四年ほどの時間がある。
ゲーム通りなら、四年後までヒロインは出てこないから、この四年間でどれだけクロード様との距離を詰められるかが勝負ね。
『クロード様のハートを掴む……。私にできるのかしら……』
いやいや、何を弱気になっているのよ。と言いたいところだけど……。
(私も……。自信はないのよね)
もう本当に自信がない……。
クロード様は恋愛ごとへの感心が薄く、また女性の心の機微に疎い、やや鈍感のきらいがあるという、キャラ設定だった。
そしてその設定通り、ゲームでのクロード様は、自身がヒロインに惹かれていることに気付かないままストーリーが進む。
クロード様は最初に出会ったときにすでに、ヒロインのことが気になっていたが、けっこう終盤まで恋心を自覚しないのだ。
ゲームしてるときは、ヒロインもけっこう鈍感属性だったから、ヤキモキしたのよね……。
もとい! ほんとに勘弁して欲しい。
このストーリー展開ってさ、要約すればクロード様は、最初からヒロインに一目惚れしましたってことよね?
はぁー。一目惚れって……。そんなん勝ち目なくない?
この世界で一目惚れってやつを体験してしまった身としては、そのインパクトの恐ろしさは身に沁みている。
そう。クロード様を一目見たときに走ったあの衝撃……。前世の私は一目惚れなんて眉唾だと思っていたけど……。
しかし実際、今世の私は一瞬でクロード様に魅了されてしまったわけで。それを思うと、不安で不安で仕方がない。
(だから、他にもいろいろ手を打つわ!)
『他に?』
(ええ。まず、ヒロインとクロード様のイベントを回避させる。ヒロインにはクロード様以外のルートに入ってもらうのよ!)
攻略対象者は当然、クロード様以外に何人かいた。だから、クロード様以外に、ヒロインを押し付けてしまえば良い。
特に、クロード様とヒロインの最初の出会いイベント、二人が入学式で出会うことだけは、絶対に潰さねばならない。
ゲームだと、入学式でクロード様とヒロインの出会いイベントを起こすと、好感度にボーナスが入るからだ。
もっとも、これはゲームならではのシステムみたいなもので、現実になると正直どうなのかとも思わなくもない。
だって、どこで出会うかで大きく好感度が変わるって……。
まあ案外、現実でも出会いのタイミングや場所といった、シチュエーションは大事だということもある。
入学式という舞台、シチュエーションが、何かしらの作用をもたらすことは無きにしも非ずなのかも……。
どちらにしても、入学式の間はヒロインをクロード様に近づけない。そして、その後も可能な限り、クロード様に近づかないでもらう。
(ヒロインにはクロード様以外と幸せになってもらうわ。そうすれば、たとえクロード様がヒロインに惹かれていようと……)
『私がクロード様と結婚できるってわけね』
(そういうことよ)
貴族同士ならば、愛のない結婚もありえる。私の家とクロード様の家ならば、そういう結婚も十分考えられること。
だから、ヒロインが別の相手とくっつけば、私とクロード様の結婚の邪魔はされない。業腹だが、最悪そう持っていける。
『ねえ。やっぱりヒロインを排除したほうがいいんじゃないかしら?』
何を思ったのか。メリスが話を蒸し返す。まあ、気持ちはわからなくもない。私もいろいろ考えて……。
それができれば。という黒い考えが浮かんでいた。もっとも。
(やはりそれはリスクが高いわよ。ゲーム通りならヒロインは王族。王の隠し子なのだから)
『それは知っているけど。でも本編開始前なら、リスクなくヒロインを暗殺できるのじゃないかしら?』
うーん。どうだろうか。ヒロインが王様の隠し子だと、一部のものが気付いたのは、入学式のときだ。
入学式に来ていた王様が、ヒロインの姿を見かけて、隠し子だと判明するという、そういう流れだった。
だから、それ以前に始末してしまえば、うまくいくのじゃないか? メリスはそう言いたいのだろうけど。
……一理あるわね。それなら確かに、比較的リスクが低いようにも……。いやいや、流されては駄目でしょ。
暗殺なんて人道的ではないし、ばれたときのリスクが高過ぎる。第一、ヒロインを探すのも難しいからね。
そもそもの話、私はヒロインの名前すら知らない。ゲームでは自由に名前が決められて、デフォルトの名前もなかったからだ。
(無理よ。ヒロインがどこにいるかもわからないし)
『それくらい、探せないかしら? 出身地はわかってるじゃない』
まあ、確かにどこどこの領地出身だとか。ある程度、ヒロインの居場所が特定できそうな情報はあるけど……。
(それくらいの情報から探すには人手がいるわ。そうでなくとも――)
そこまで話したところで扉をノックする音が聞こえ……。
「失礼いたします」
メイドのマイアが部屋に入ってきた。