第二十三話・クロード視点
「ねえ、これとこれ。どっちがいいと思う?」
応接間の中へと入るとすぐに、ソファーに座った母上から二つのネックレスを見せられた。
なんだ。呼び出されたので来てみれば、そんな用事か……。
「どちらも母上に似合うと思いますが……」
あまり興味もないので意見を求められても……。意見を求めるなら、母上の目の前に座る商人にでも聞いて欲しい。
正直、俺にはどちらでも大した違いがないように思える。
それでも強いてどちらかを選べというなら、どちらも似たようなものなのだから、安いほうが優良なのでは?
「違うわよ。これは私じゃなくて、メリスちゃんの誕生日プレゼントを選んでいるの。ねえ、どっちにしたら良いかしら?」
ふむ。母上が着けるわけではなく。メリス嬢への贈り物を選んでいたのか。まあ、だからといって答えは変わらないのだが……。
「どちらでも、メリス嬢には似合いそうですね」
「もう。あなたときたら……。ほんと、アルにそっくりなんだから」
呆れるくらいなら意見を求めないで欲しい。父上と同じで、俺がこの手のことに疎いのは、母上も十分に理解しているだろうに。
「用件がそれならば、俺は役に立ちませんよ。意見が欲しいのなら別の者に。もう、戻っていいですか?」
「待ちなさい。用件はそれじゃはないわ」
「では、何用ですか?」
「せっかくだからクロード、あなたもメリスちゃんの誕生日に、何かプレゼントを贈りなさい」
なるほど。本題はそれか。あまり気乗りはしないが、母上は言い出したら聞かないだろうから。
仕方ない。さっさと選んで自室に戻らせてもらおう。
しぶしぶ俺は、たくさんのアクセサリーが並べられたテーブルに近づき、その中から無造作に一つ取り上げ、母上に見せる。
「では。これで」
それは蝶を模った意匠の赤色の髪飾りだった。
「ちょっと! 今、適当に選んだでしょ」
それはまあ、確かに目に付いたものを適当に選んだが、メリス嬢に似合うのではないだろうか?
いや、メリス嬢の髪の色を考えると水色のほうが映えるか?
「ならば、こちらで」
今度は同じ蝶を模った意匠の水色の髪飾りを選ぶ。
「駄目よ。全然心がこもっていないもの」
うーん。心がこもったものか……。もう少し迷う素振りをみせるか。
「では…………」
「もう! ここから選ぶのはなし。何か自分で考えなさい!」
迷っている演技をしてみたが。どうやら演技だということを母上に見抜かれた様子。応接間から追い立てられてしまった。
やれやれ、理不尽な……。さてどうするか。
女性への贈り物となると、真っ先に思い浮かぶのがアクセサリーだが、それは母上に封じられてしまった。
となると、他に女性が喜びそうなものは……。確か、父上の書斎に参考になりそうな本があったはずだな。
とりあえず、父上の書斎に向かうか。
しかし、母上にも困ったものだ。どうにも母上は俺とメリス嬢に仲良くなって欲しいらしく。
だから今回、メリス嬢に誕生日プレゼントを贈れというのも、おそらくその一環なのだろうが……。
俺にとっても、そしてメリス嬢にとっても、迷惑な話だ。メリス嬢も、別に俺と仲良くしたいとは思っていないだろうに。
たまに母上にしつこく誘われ、半ば強制的に駆り出されるかたちで、何度かフレール侯爵家にお邪魔しているが。
メリス嬢は俺がお茶会に参加することをそれほど望んでおらず。むしろ、迷惑がっていることに、俺は気付いていた。
なにせ、母上が話すお茶会でのメリス嬢と、俺が参加したときのお茶会でのメリス嬢の様子を比べると、明らかに態度が違うからな。
俺が参加したお茶会でのメリス嬢は、母上が話してくれるメリス嬢と比べれば、明らかに口数が少なく、遠慮していることがわかるのだ。
きっとメリス嬢からしてみれば、母上やフレール侯爵夫人と、女性三人でのお茶会のほうが嬉しいはずで。
ほとんど面識もない、しかもあまり話すほうではない俺なんかが、お茶会に同席することは望んでいないはずだ。
とっ。着いたな。父上はいるかな……。ノックしてみるが返事がない。
「父上、入りますよ」
父上は、いないみたいだ。なら勝手に入らせてもらおう。父上の書斎に足を踏み入れた俺は、壁際の本棚に近づく。
魔法書ばかりが並ぶ本棚の一角には、女心に関する指南本が数冊。
「さて。どれどれ……」
本棚から指南本を一冊、適当に取り出し読み進める。なるほど「まずは相手の好みを把握するべし」と。
至極当然の、あまり参考にならないことが書いてあるな。
さて。メリス嬢の好みと言われても……。
「とりあえず、ケーキが好きだとはわかっているが……」
しかしケーキはな。何を贈るかは母上にも吟味されるはずだ。誕生日にケーキなどプレゼントしようものならきっと。
「誕生日なのよ? ケーキなんて皆が贈るじゃない。そんなんじゃ駄目よ」母上が言いそうな言葉が頭に浮かんだ。
ケーキはなしか。それ以外だと……。メリス嬢の好みを探るため、数少ないメリス嬢との交流から、人となりを導き出す。
メリス嬢は多少人見知りをする、物静かな令嬢だ。少し礼儀作法が拙いところもあったが、最近はそれほどでもない。
母上の話だと、昔ほど病弱ではなくなったらしく。最近はいろいろと。勉強なんかを頑張っているらしいから、きっと努力家で……。
あとはそうだな。確か着飾るのが好きだと聞いた覚えが。
ふむ。となると服でもプレゼントするか? いや、服はセンスを問われるし。なにより寸法もわからない。
それに仕立てるのにも時間がかかるから、時間的に間に合わないだろう。駄目だな。他にメリス嬢の好きなものとなると……。
うーん、そういえば魔法も――。
「ん?」
背後で扉が開く音がしたので、考えを中断して振り返ると、父上が書斎に入ってくるのが見えた。
「おや、クロード。何か魔法でわからないことでも……。ああ、おまえもか」
俺が開いている本を見て呆れる父上。さらに。
「なんだ、好きな相手でもできたのか?」
からかうような口調で、そんなことを尋ねてくる。
「いえ。母上が。メリス嬢の誕生日に、プレゼントを贈れと言うので」
「ああ。なるほど。おまえも私に似たからな。うーむ。だが、その辺の本を読んでも無駄だと思うぞ」
「それはなぜですか?」
「それを読んでも、ナルを喜ばせることはできなかったからだ」
「そうですか……。ちなみに、父上が母上に贈った物の中で、一番不評だったものは?」
「うーむ。一番と言えば、魔法書だな」
父上らしい贈り物だ。ただ、母上はあまり魔法が得意ではなく、好きでもないから、それは喜ばなかっただろう。
「ほら、私はずっと魔法が好きだったから。ナルにも魔法を好きになって欲しくてな。だから魔法書を贈ったのだが……」
「駄目だったと」
「うむ……」
自分の好きなものを母上にも好きになって欲しい。まあ、気持ちはわからなくもないが……。
あっ! そういえば! あることに思い至った俺は、本棚から一冊の魔法書を取り出した。
「父上、それはこの魔法書ですか?」
魔法書は値が張る。なのになぜ同じものが二冊もあるのか、長年の謎だったのだが。これはそういうことなのだろうか。
父上が間違って買ってしまったのかと思っていたが……。
「そうだ。ナルに突っ返されてな。婚約してから初の誕生日プレゼントだったから、相当楽しみだったようで、ビンタのおまけつきだった」
力なくうなだれる父上。それはまた、ご愁傷様。しかし、これは丁度良いかもしれない。この魔法書をメリス嬢へのプレゼントにしよう。
この魔法書はけっこう貴重なものだし。母上と違い、魔法が好きなメリス嬢ならば、この魔法書を喜んでくれるだろう。
「父上、この魔法書。貰っても?」
「まあ、構わんが……。いや待て。もしやそれをメリス嬢に贈るつも――」
「ちょっと。それは絶対駄目よ!」
父上の言葉を遮って、母上の声が書斎に響いた。




