第二十二話
早いもので、私が前世の記憶を思い出してから十ヶ月が経つ。勉強漬けながら充実した日々は、あっという間に感じた。
この十ヶ月、いろいろ頑張ったこともあり、駄目な令嬢だった私も、今や普通よりやや駄目な令嬢程度にはなれたと思う。
特に魔法に関してはやる気と、そして才能もあったようで、年齢にしてはなかなかのものになったと自負している。
高慢ちきやわがままな態度を改めたおかげで、マイアを初めとする使用人たちとも打ち解けられたし、概ねうまくやっていた。
「お嬢様。次はこちらを……」
ただ、万事がうまく進んでいるわけではない。あいかわらず、ダンスは上達しないし。親友つくりも難航している。
アリク様、カトラ様、カラミラ様の三人と、なかなか打ち解けられないのよね。無論、当初よりは距離が縮まったのだけど……。
どうにも、まだ壁を感じるのだ。
まあ、これに関してはゆっくりとやっていけば良いので。問題は期せずして続いているクロード様との交流くらいかしら。
というのも、ナルシス様が定期的に我が家に訪れるようになったため。極稀にだが、クロード様もやってくることがあるのだ。
だからここ十ヶ月の間に、両手の指で数えられる回数だが、ナルシス様とのお茶会にクロード様が参加することがあった。
正直、勘弁して欲しい。いや、もちろんクロード様とお茶会ができるのは嬉しいのだけど、時期尚早というか、なんというか。
だって私の礼儀作法はまだ完璧ではなくて……。なんとか取り繕ってはいるけど、それでもきっとぼろは出ているでしょうし。
そりゃあ、初対面のときほどの醜態は晒していないけど。やっぱり、好きな人に拙い自分の姿を見られることは、憂鬱なのよね。
「あら。これも素敵ね。でも。もう少し明るい色のほうが」
「それでしたら、同じタイプのドレスで……。こちらなどいかがでしょう」
「マイア」
「お嬢様、次はこちらをお召しください」
病弱なせいで満足に勉強ができなくて、それで礼儀作法が拙かったと、クロード様が誤解してくれていると、嬉しいのだけど。
まあ、あまり考え過ぎるのも良くない。どのみち最初の出会いがあれだったのだから、今さら悩んでも仕方ないとも言えるし……。
「うっ」
お腹に圧迫感を感じ、思考を中断した。クイン、少しきつく縛り過ぎよ。おかげで、現実に引き戻されてしまったじゃないの。
「申し訳ありません。お嬢様」
一言謝って、ドレスの着付けに戻るクイン。はぁー。まったく……。これで何着目だったかしら?
かれこれ一時間以上は着せ替え人形になっているのだけど。
お母様、いくら私の十一歳の誕生日パーティーで着るドレスだからといって、そんなに真剣に選ばなくても……。
着せ替え人形にさせられるこちらの身にもなって欲しい。現実逃避に過去へ思いを馳せるくらいには、疲れているのよ?
「お嬢様、終わりました」
「はぁー」
ため息をつきながら、マイアとクインに着せてもらったドレスをお母様に見せるため、応接間に設置された簡易の試着室を出る。
「お母様、どうでしょう?」
「そうねぇー。色はいい感じ。メリスはどう思う?」
お母様に聞かれ、姿見で自分の格好を確認する。少し派手過ぎるわね。このドレスは装飾が多いように感じた。
あんまり派手なものは……。
(メリス。どう思う?)
『うーん。フリルがちょっと……。私には似合わないわね』
(そうね)
私もそう思った。もっと、フラウンスぐらいのものが良い。
『あとは丈が少し短いわ。アンダースカートで、スカートを膨らませるのも。好みではないし……』
つまりこのドレスは駄目ということね。まあ、今回は私もそう思っていたので、是非もない。
ファッションに関してはメリスのほうがセンスあるので、さっきから意見を聞いているのだけど。今回は聞かなくても良かったかも。
(ちなみに、メリスの一番はどれだったっけ?)
『そうね。やっぱり三番目に着たドレスがいいと思うわ! あれは――』
(はいはい。三番目ね)
なんだか長くなりそうなので、メリスの話を遮った。
着せ気人形に気疲れを覚える私とは裏腹に、メリスは自分を着飾るのが好きなので、着せ替え人形も苦にならないらしく。
しかも、一度ファッションについて語り出すと、テンションが上がるようで、非常に長くなるから聞いていると疲れるのだ。
まあ、そのおかげで着せ替え人形にされている間に他のことを考えていても、メリスが状況を把握してくれているから便利ではある。
もっとも、完全に気を逸らすことはできず、疲れるのだけど……。ああ! 私が勉強しているときのメリスは、こういう気持ちなのかも。
「このドレスは少し派手で。三番目に着たドレスのほうが、私に似合っていたし、そっちがいいと思うの」
正直、三番目のドレスがどんなのだったかは、まったく覚えていないが、メリスの受け売りを口にした。
「三番目というと、どんなのだったかしら?」
「こちらになります」
お母様の問いに、すかさず商人が一着のドレスを差し出す。それはシャーリングがおしゃれな、スレンダータイプのドレスだった。
「ああ。それね! 私もよく似合うと思っていたの」
ドレスを見て笑顔を浮かべるお母様。なるほど、確かにこのドレスは私によく似合っていたわね。
私の髪の色は濃いブラウンで、青いドレスと相性も良い。スレンダータイプというのも、高身長な私によく映える。
施されているレースの装飾が少し派手に思えるけど、それは前世の感性で、この世界の基準だと控えめなほうだろう。
うん。もうこのドレスで良いんじゃないかしら?
「ではお母様、こちらで決まりですわね?」
正直、これ以上ドレス選びが長引くのも。
「うーん。そうねぇ。他に良い物がなければそれにしましょうか」
ええ……。まだ他のドレスも見るの? お母様、もう良いじゃない。
「では、こちらなどいかがでしょう。先ほどお嬢様が選ばれたドレスに、よく似たものなのですが……」
「マイア」
「かしこまりました。お嬢様、お次はこちらを……」
はぁ。今しばらくは着せ気人形にさせられるみたいね……。




