第二十一話・カリス視点
ある日、私は数人の護衛を伴って、とある料亭にやって来ていた。
「カリス様。お待ちしておりました。どうぞこちらです」
恭しく私を出迎え、個室に案内してくれる給仕。通されたのはいつもの場所。一番奥にある部屋だ。
私はこの料亭を密談の場所としてよく利用していた。
さて。後はエルベル嬢が来るのを待つだけだが……。何の用かな?
エルベル嬢にはメリスの動向を調査してもらっているので、おそらくメリスに関わる用件だと考えられるが。
たいていの報告は手紙で事足りる。こうしてわざわざ呼び出すとなると、緊急の案件か、手紙に書けない報告かな。
でも、おそらく前者だろうね。緊急の案件……。もしかして、メリスが変わった原因を突きとめたのかな?
突然倒れたあの日から、どういう訳かこれまでの態度を改め始め、随分としおらしくなったメリス。
高慢ちきなところが鳴りを潜め、わがままもさほど言わなくなり、まじめに勉強するようにもなった。
良い変化だが……。私はメリスの変化を嘘臭く感じている。人の本質とはそう簡単に変わらない。
きっとメリスには何か企みがあって。それゆえに表面上だけ、良い子を演じているに違いないのだ。
ただ、その何かがわからないんだよね。
まったく……。今はヴァルフセラム様に取り入ったり、学園の権力掌握に忙しいというのに。
おや。来たみたいだね。エルベル嬢が部屋に入ってきたのが見えたので、一旦思考を中断する。
「カリス様、ごきげんよう。お待たせいたしましたわ」
「ごきげんよう。エルベル嬢、そちらへどうぞ」
「ありがとうございます」
「……さて。さっそくだけど、今日はなぜ私を呼んだのかな?」
対面に座ったエルベル嬢に尋ねた。
「実は、少し前からメリス様が特定の令嬢方だけと、お会いになっている件に関わる、お願いがあって参りました」
特定の令嬢……。アリク嬢とカトラ嬢、それにカラミラ嬢だったか。最近メリスは、頻繁に彼女たちと会っているのだったね。
「というのも。メリス様が特定の令嬢方だけをお茶会に招待することに、少し思うところがありまして」
「うん? もしやエルベル嬢は、除け者にされているのが気に食わないと。そう言いたいのかな?」
だいたい月二回くらいの頻度で開かれるお茶会以外にも、その三人だけを招待してお茶会をしているから……。
三人だけ優遇されているようで不満があると? だとしたら、エルベル嬢の評価を下げないといけなくなるね。
父上がメリスを溺愛していると有名なこともあり、父上に取り入るため、メリスに気に入られようとする者は多い。
しかし、実のところそれは意味のない行為だ。確かに父上はかなりの親バカだが、きちんと公私は分けて考えている。
まあ、メリスに気に入られているとなれば、少し父上の心象が良くなるのも事実で、まったく無意味かと言えばそうでもないが。
ともかく。周囲が思っているほど、メリスに取り入っても効果はない。そして、それぐらいはエルベル嬢もわかっていると思っていたが……。
エルベル嬢がメリスに取り入ろうと行動しているのは、私がお願いしたからだと思っていた。
メリスの動向をより詳しく探るために、メリスと仲良くなれるよう頑張ってくれているのだと。
「いいえ。私はどうとも思っておりません。ただ、プラム様はそうではないようで……」
「ああ。彼女はそうだろうね」
エルベル嬢が馬鹿でなくて良かった。なるほどプラム嬢か。
確かにプラム嬢は不満で仕方ないだろうね。なにせ彼女はメリスに気に入られようと、殊更頑張っていたから。
それなのに今は、パッと出のアリク嬢たち三人のほうが優遇されている。それはさぞや、腹立たしいことだろう。
いや、腹立たしいじゃ済まないか。プラム嬢には御家の事情があるからね。
プラム嬢の家、ルベルム家は落ち目の伯爵家だ。家計は火の車で、秘密裏に我が侯爵家から援助を受けて体面を保っている。
しかも、プラム嬢の父親こそ。メリスに気に入られることが、すなわち父上に気に入られることだと勘違いしている典型的な貴族だ。
だからプラム嬢もきっと、メリスと仲良くしろと、父親に言い含められているに違いない。愚かなことだ。
父上がルベルム伯爵家に援助をするのは、昔からフレール侯爵家に付き従ってきた家だからに過ぎないというのに。
まったく。たかが昔から付き従ってきた家だというだけで援助するなんて。父上も甘いものだ。さっさと切り捨てれば良いのに。
なにせ、あの家は借金を抱えてまで権力闘争に積極的なのだから……。野心を持たず、素直に凋落を受け入れ、慎ましく暮らせば良いものを。
お荷物め。
「それで。結局、お願いというのは何かな?」
「はい。できればカリス様のほうから、メリス様に一言言っていただけないでしょうか。お願いいたします」
「ふむ……」
つまり、アリク嬢たち三人の令嬢だけでなく、プラム嬢も呼ぶようにと。そう、メリスに忠言して欲しいと?
正直、言いたくない。メリスが蒔いた種なのだ。メリスが刈り取るのが筋だろう。ただ、エルベル嬢の気持ちもわかる。
「なるほど。アリク嬢のことが心配なのだね」
「はい。プラム様の怒りの矛先が、アリク様に向かないか心配なのです」
エルベル嬢とアリク嬢は親戚で。昔から仲が良かったと聞く。そんなアリク嬢がプラム嬢に苦しめられるのが心配と。
まあ、エルベル嬢がプラム嬢に絡まれていた理由も、エルベル嬢がメリスにうまく取り入っていたからだ。
つまり嫉妬心から、プラム嬢はエルベル嬢に絡んでいたわけで。その矛先がアリク嬢に向いてもおかしくはない。
確かアリク嬢は気弱な性格だったし。エルベル嬢のようにプラム嬢と張り合う度胸も、適当にあしらうだけの胆力もないだろう。
「エルベル嬢の心配はわかった。でも、しばらく様子を見させてもらう」
「……」
エルベル嬢の考えはよくわかったけど。私としてはすぐに動きたくない。メリスにも付き従う者の扱いを覚えて欲しいからね。
もっとも、何もしないわけじゃない。
「悪いね、少し思惑があるんだ。だからほうっておく。といっても、何か起こったら動けるようにはしておくから……」
丁度、ルベルム伯爵家は要らないと思ったところだった。父上には悪いけど、うちの派閥からいなくなってもらうとしよう。
となると。どこの派閥に押し付け……。もとい。どこに引き抜いてもらうかだが。まあ、フェルミ公爵家が良いか。
丁度、あそこの派閥に属する侯爵家の令嬢と手を結ぶことに成功したところだったし。彼女の協力を得て、手を回すとしよう。
「……だからエルベル嬢。アリク嬢に何かあったら私に教えてくれるかな? そうすればできるだけ早く対処するよ」
「わかりました。お願いを聞いていただき、ありがとうございます」
「構わないよ。さて、話も終わったことだし、料理を楽しむとしようか」




