第二話
「ううっ……」
目が覚めた私の目に飛び込んできたのは、見慣れているようで、どこか違和感を覚える天井だった。
ここは……。どうやら自室のベッドの上のようね。
いったい何が……。確か、レクス公爵家のパーティー……。クロード様に……。私、倒れて……。
痛! すぐに状況を把握しようとするが、頭の中は非常にごちゃごちゃしていて、考えが纏まらない。
「お、お嬢様!」
鈍い痛みを発する頭に響く声。私専属のメイドであるマイアが、心配そうに顔を覗き込んでくるのが見える。
「お嬢様! 大丈夫ですか!」
「あぁ……」
返事をしたいところだけど……。もう、なんなのよ! 頭の整理がつかなくてうまく言葉を発することができない。
「お嬢様! お嬢様!」
「マイ……ア……」
それでも、なんとかマイアの名前をつぶやき。起き上がろうと身じろぎする。しかし、体もうまく動かせなかった。
「お嬢様……。待っていてください!」
私が反応を示したことを確認したマイアは、大きく目を見開き。そしてすぐに私の視界から消える。
耳に勢いよく扉を開く音が。たぶん、両親を呼びに行ったのね……。
そんなことを漠然とした意識の中思いながら、頭の中のとっ散らかった情報を、なんとか整理しようとする。
ううぅ……。考えようとすると頭に痛みが。それでも、無理をして情報を纏める。倒れる瞬間に入ってきたあれは……。
たぶん、私ではない私の知識……。前世の記憶? うっ……。駄目ね。やはりうまく思考が纏まらない。
ああ……、不味い……。また意識が朦朧としてくる。そんなとき、再び扉が勢いよく開く音がした。
続いて大きな声。
「メリス! 私がわかるかい?」
「しっかりしてメリス!」
「メリス! お願いだ。返事をしておくれ!」
何やら、必死に声をかけてくれているけど。駄目……。意識が……。
「うん? もう夜なのね」
再び私が目を覚ましたら、辺りは暗かった。窓から差し込む月明かりが、薄っすらと室内を照らしている。
確か、さっき一度目を覚ましたときは、日の光が差していたはず。
「いったい、どれくらい寝ていたのかしら?」
ベッドから上体を起こすと室内を見渡す。見慣れているようで、どこか違和感を覚える部屋……。
誰もいない私の部屋。広いうえ、豪華過ぎて落ち着かない。
「はぁー。変な気分ね」
寝ている間にごちゃごちゃしていた頭の中が整理されたようで、今は霧が晴れたかのようにすっきりしている。
しかし、もたらされた情報のせいで、もやもやした。
さて。状況を整理しなければならないわね。
だけど、その前に……。私はベッドから立ち上がる。おっと! 少し体が重いわね。危ない。
若干ふらつく足でベッドから離れ、少し離れた所にある、二人掛けの丸いテーブルに向かう。そして……。
「ファイア」
魔法を使い、テーブルの上にあった三又をした燭台に火を灯す。うわぁ! すごい。何もないところから火が熾った。
なるほど、これが魔法……。便利なものね。
知識では当たり前のことに、若干の感動を覚えつつ、テーブルの上に用意されていた水差しを持ち上げ。
同じくテーブルの上に用意されていたコップに水を注ぐと、一気に飲み干した。からからだった喉に水が染み渡る。
「ふぅー」
コップをテーブルに置いて一息つく。そして、おぼつかない足取りで壁際の柱時計まで近づくと、時刻を確認する。
「五時少し前ね……」
つぶやきながら、私はベッドに戻り、ベッドの端のほうに腰掛ける。そして今一度部屋の中を見渡した。
燭台のやわらかな光が部屋を照らし、はっきりと様子が見えるようになった部屋には、いくつかの家具が置かれている。
どの家具も洗練された作りで、さらに華やかな装飾が施されており、一目で高級品だとわかる。アンティークってやつね。
私には分不相応で、なんとなく落ち着かない。でも一方では、これぐらいが私には相応しいとも思える。
なんだか不思議な感覚……。見慣れた自分の部屋なのに、どこか居心地の悪さを感じるこの感覚は……。
「前世の記憶のせいね……」
あのとき、レクス公爵家のパーティー会場で、クロード様を見たとき。私の中に流れ込んできた情報の本流。
あれは前世の私の記憶だった。
この世界とはまったく違う世界で生きた私の、およそ三十年分の記憶だった。
「どっちが私なのかしらね」
今の私はこの世界で生きた十年分の記憶と、前世の記憶。合わせて二つの記憶を持っている状態だ。
どちらも私だと確固たる自信があるけど。
それでも、二つの記憶の価値観は大きく異なる。そして、相反する二つの価値観は、錯綜しているようだ。
自分の部屋のはずなのに、どこか落ち着かなかったり、昔から慣れ親しんでいるはずの魔法に、感動を覚えたりするのはそのせいね。
「たぶん……」
おそらくだが、前世の記憶のほうに若干、価値観が引っ張られているような感じがする。
まあ、考えてみれば当然か……。
この世界に生まれて生きた年月はたったの十年。しかし、前世の私はその三倍ほどの年月を生きていたのだ。
人生経験の長さが違う。前世の私の考え方に比重が置かれ、今世の私が引っ張られてしまうのも、無理からぬことだ。
もっとも、正直そんなことはさしたる問題ではなかった。おそらく時間が経てば、二つの記憶も勝手に折り合いがつくはず。
「問題は……」
そう。何よりも問題なのは、前世の記憶の中に存在する、ある知識! それはこの世界の未来の知識!
なんと、この世界は前世にあったゲームの世界のようなのだ。
「困ったわね」
本当に困った。そのゲームの知識のせいで、このままだと私の未来は明るくないことが、わかってしまった。
このままゲームの通りに世界が進めば、私は破滅してしまうのね。
まあ、破滅を回避することは容易いのだけど……。
私が持つゲームの知識が、この世界でも通用するというのであれば、その知識を使って破滅の未来の元を断ってしまえば良いのだ。
ゲームの内容は、学園を舞台に主人公であるヒロインを操作して、複数の攻略対象の男性キャラを、攻略するというものだった。
つまりは、女性向けの恋愛シミュレーションゲームなのだが……。私はライバルキャラ、いわゆる悪役令嬢の立場に生まれている。
ヒロインが、攻略対象者であるクロード様のルートに入ったとき、その恋路を邪魔する役目として登場したキャラが、私というわけだ。
だから要は私の初恋の相手、クロード様のことを諦めれば。そうすれば破滅の未来は簡単に回避できる。
と。そこまで考えた瞬間、胸に針で刺されたようなちくりとした痛みが走り。それと同時に……。
『そんなこと許さないわよ!』
頭の中に声が響いた。