第十六話・クロード視点
こういうのを色気より食い気とでも言うのだろうか。メリス嬢とっては、俺よりもケーキのほうが、よほど重要な関心事らしい。
満面の笑みを浮かべながら、美味しそうにケーキを頬張るメリス嬢を見ていたら、なんだか警戒するのが馬鹿らしくなってきた。
メリス嬢の姿は、ブラウンの少し癖のあるロングの巻き毛に、つり目気味の切れ長の黄色い瞳と。
想像に反して勝気そうな見目だったから、俺に熱を上げるような令嬢なら面倒だなと思ったが……。
どうやら、母上の言っていた通り、メリス嬢は俺に対して然したる興味も持っていないらしい。
というかむしろ俺がいることで、メリス嬢は余計な心労を感じている可能性すらも考えられそうだ。
ケーキを頬張るメリス嬢の姿は、ゆったりとくつろいだ様子だが、先ほどまでのメリス嬢は非常に緊張していた。
それこそ、礼儀作法が固くぎこちないものになるほどに。おそらく俺という初対面の相手に気を張っていたのだろう。
最初に挨拶したときの笑顔も、少し引きつっていたしな。
ふむ、そう考えると悪いことをしたか。そうとわかっていれば、もう少し柔らかく接したのだが。
俺はあまり表情が変わらないので。さっき母上が言ったように、不機嫌だと思われたかもしれない。
いや、まあ。来たくもないのに連れて来られたので、実際少し不機嫌だったのは紛れもない事実なのだが……。
そんなことを考えながらメリス嬢を観察していると。突然ぴたりと動きを止め、顔を上げたメリス嬢と目が合った。
「ケーキがお好きなのですね」
目が合ってしまったので、なんとなく口を開いた。
「えと……」
目を泳がせ、恥らうように目を伏せるメリス嬢。
「……あまりに美味しかったので、つい。はしたないところをお見せしましたわ。忘れてください」
ふむ。言われてみると、先ほどのメリス嬢の行動は貴族としては少し無防備過ぎたかもしれない。
ケーキが美味しくて、つい我を忘れてしまったのだろうが、貴族の令嬢としては褒められた行動ではなかった。
ケーキを味わうのに夢中で、テーブルマナーも少し拙いものになっていたしな。我に返ると恥ずかしいだろう。
もっとも、好きなことに夢中になると周りが見えなくなるというのは、わからなくもない。俺も魔法のこととなると……。
「まったく。この子ったら。お客様の前なのに……」
「構わないわよ、アリア。かわいらしかったじゃない。メリスちゃんはいつも固いから、これぐらいのほうが嬉しいわ」
困ったようにつぶやくフレール侯爵夫人。フォローを入れる母上。
ここは一つ俺もフォローしておくか。
「お気になさらず。誰しも夢中になることはあります。母上の言う通り、かわいらしかったですよ」
無表情だとあれかと思ったので、軽く微笑を浮かべて言ったのだが、メリス嬢は俯いてしまった。
どうやら、フォローしたつもりが、余計にメリス嬢を追い詰めてしまったようだ。さっきよりも恥ずかしそう。
余計なことを言わず、さらりと流すべきだったか? やれやれ。慣れないことをするものではないということか……。
ああ、そうだ。ならばせめてもの罪滅ぼしとして……。
「良ければ。こちらもどうぞ」
俺はまだ手をつけていなかった、自分の目の前に置かれていたケーキをメリス嬢に差し出した。
ケーキが好きなようだから、喜んでもらえるだろう。
母上に連れて来られたとはいえ、人見知りの気があるメリス嬢の所へ押しかけて、気苦労をかけてしまったようだから。
せめて、好きな物でも食べて、その心労を癒すと良い。俺は甘いものが好きではなく、むしろ苦手なので丁度良かった。
「えっと……。あの」
「私は甘いものが苦手なので、遠慮せずにどうぞ」
そう促すと、メリス嬢はケーキと俺とを交互に見るという行動を二度繰り返し、そして困ったような表情を浮かべた。
うん? ああもしかして……。すでにお腹がいっぱいなのかもしれない。病弱なメリス嬢は小食なのかも。
あるいは、女性というのは殊更体重を気にすると聞く。それゆえ、たくさん食べることを控えている可能性もある。
引っ込めたほうが良さそうだ。
「メリ――」
「メリスちゃん。遠慮せずにもらってあげて。クロードは本当に甘いものが好きじゃないのよ」
「そ、そういうことでしたら。いただきます」
ケーキを引っ込めようと思った矢先、母上が割り込み。メリス嬢がケーキを受け取ってしまった。
やれやれ。またしても余計なことをしてしまったかもしれない。
俺からケーキを受け取ったときメリス嬢が浮かべた笑顔が、少し引きつっていたように見えた。
おそらく、本当はいらなかったのに。勧められたから断り切れず、受け取ってしまったのだろう。
証拠に、先ほどは一口、また一口とかなりの速度でケーキを口に運び。その度に満面の笑みを浮かべていたというのに。
今はどんよりと沈んだ空気を纏い、一口一口かなりゆっくりと口に運んでいる。明らかに食欲がないといった様子だった。
「メリス嬢。無理をして食べずとも良いですよ」
「クロード様、無理などしておりませんわ。とても美味しいです」
そうなのか? さっきと比べれば喜んでいるようには見えないが。だが、こう言われた以上、言い募るのも失礼だ。
やはり慣れないことをするものではないな。もう黙っておこう。
それ以降は、母上とフレール侯爵夫人の楽しげな会話を聞き流し。時々話を振られながらも、紅茶を飲んで時間を潰す。
その間、メリス嬢は母上とフレール侯爵夫人の会話に相槌を打ちながら、ゆっくりとした動作で、ケーキを口に運んでいた。
そうしてしばらくして……
「さて。ではそろそろお暇させてもらいましょう」
「そう。なら玄関まで見送りに行くわね」
母上とフレール侯爵夫人が立ち上がるのに合わせて、俺も立ち上がる。遅れてメリス嬢も立ち上がった。
「メリスちゃん。元気な姿が見れて良かったわ。またね」
「はい。ナルシス様、私のためにわざわざおいでくださり、ありがとうございました」
「メリス嬢、ごきげんよう」
「ごきげんよう。クロード様」
別れの挨拶を交わすと、メリス嬢の部屋を後にする。こうして、だいたい三十分ほどの時間で、お茶会は終了したのだった。




