第十五話
いつの間にか整っていたお茶会の準備。二つしかなかった丸テーブルの椅子は、四つに増えており。
テーブルから少し離れた場所には、銀色のワゴンと三人のメイド、ミルクシスとマイア、クインの姿が。
てっきり、ナルシス様は私の顔を見に来ただけで、挨拶したら別室にでも移動するのかと思っていたけど……。
どうやら、この場でお茶にするらしい。さて。そうなると私はどうすれば? やっぱり同席したほうが良いわよね。
「お母様、私もそちらに――」
「無理しなくても良いわよ。メリスちゃん」
「いえ。体の調子も良いようなので、できればご一緒したいです。お母様、よろしいでしょうか?」
「まあ、少しだけなら大丈夫でしょう。無理はしないようにしなさい」
「はい。無理はしないと約束します」
お母様の許可が下りたので立ち上がり、姿勢良く歩くように気を遣いながら、テーブルのほうへゆっくりと向かう。
そうして、私たち四人がテーブルに着くと……。
「失礼いたします」
マイアとクインが、テーブルに紅茶の入ったカップを。
「こちらはナルシス様からいただいたケーキでございます」
ミルクシスがケーキの乗ったお皿を並べた。
さて。テーブルに着いたのものの。よく考えると、テーブルマナーも……。
「メリスちゃんの回復祝いに買ってきたのよ」
「ナルシス様、ありがとうございます」
大人しくベッドの上にいたほうが良かったかしら? だけど、それも失礼な気がして。でも……。
(メリス。どうしよう。テーブルマナーが……)
『だから……。知らないわよ。頑張りなさいよ……』
情けなくもメリスに助けを求めると、メリスの消沈した声が頭に響く。静かだと思ったら、落ち込んでいたらしい。
まあ、わかるわよ、その気持ち……。
クロード様との出会いは、素敵なものになるようにいろいろシミュレーションしていたものね。
それなのに、この様である。それは気分も落ち込むというものよ。落ち込まないわけがない。
ちらっと正面に座るクロード様の顔色を窺う。不快な印象を与えてないだろうか? 機嫌は良いのか悪いのか?
うーん。駄目ね。無表情なのでその辺がよくわからない。ただ……。その整った顔はやはり。ああ、やっぱり……。
かっこいいなぁー。
先ほどまでとは、好きな人に駄目な姿を見られることとは違う。もっと別からくる恥じらいの感情が湧き起こる。
クロード様がこんなに近くに……。
やばい! めっちゃドキドキしてきた。鼓動が高鳴り、心拍数が上がった感じがする。か、顔もなんだか熱い気がしてきた。
実は、前世の私は恋愛経験に乏しかった。無論、ゼロというわけではないが……。とにかく! 私はけっこう初心なのだ。
「あら。このケーキ美味しいわね」
「ふふっ。喜んでもらえて嬉しいわ」
両隣のお母様とナルシス様の会話が、なぜか遠く感じる、もう一度ちらっと、クロード様のほうを見てみた。
あうぅ……。クロード様もこっちを、私を見ている……。
(どうしようメリス! クロード様が! クロード様が!)
『ちょっと、どうしたのよ!』
(だって! クロード様がこんなに近くにいるから……)
『いや、トキメイてる場合じゃないでしょうが!」
そ、そうよね。メリスの大きな声でなんとか持ち直す。今は体裁を取り繕うことに集中しなければ……。
再度、クロード様のほうをちらっと見る。ああ。やっぱり素敵……。てっ、違う違う! そうじゃない。
うーん、機嫌は……。やっぱりわからないわね。だけど、特に不快に思われるようなことはしていないはず。
礼儀作法は駄目だったかもしれないが。だとしても、せいぜい内心で呆れるくらいで……。やっぱり呆れられたかしら?
はぁー……。いやいや、落ち込むのも後にしないと!
「ほら、クロード。そんなぶすっとした顔をしているから。メリスちゃんが緊張しているじゃない」
えっ、あの。ナルシス様、緊張しているのは事実ですが、態度に出てました? では、クロード様にも……。
ちらちら見てたの気付かれてた? うわー。顔が上げられない。
「ごめんなさいね。クロードったら、無理矢理連れてきたから機嫌が悪いのよ」
「い、いえ……」
そういえば、ナルシス様はともかく、クロード様がお見舞いにやってきたのが不思議だったけど。そういう理由だったわけ……。
「母上、別に機嫌が悪いわけではないですよ」
クロード様はそう言うけど、内心はどうだろうか。来たくもない場所に連れてこられたら、不満に思うわよね。
となると、やっぱり不機嫌なのかもしれない。
「そう。だったらもう少し愛想良くしなさい。メリスちゃん、クロードのことは気にせずに寛いでね。ほら、ケーキをどうぞ」
「いただきます……」
気にしないでと言われても無理です。でも。気にし過ぎるのもいけないわね。ただでさえ、意識し過ぎているのに……。
とにかく気を紛らわせよう。クロード様から意識を逸らすためにも、林檎のタルトケーキをフォークで切り分け、一口いただく。
あっ。美味しい……。上品な甘さが舌に心地良くて、すぐに二口目を口に。
このケーキ、本当に美味しいわ。前世は甘いものが好きで、休日には雑誌に載る有名店をハシゴしたこともある私。
そんな私を以ってしても、このケーキの出来栄えは素晴らしいものだった。今まで食べた中で、確実に十指に入る。
もう一口食べ、今度は紅茶を飲む。うん、紅茶にも程よく馴染む。口の中の甘さを香りの強い紅茶が爽やかに流し。
さらに次の一口を引き立てる。この林檎もかなり鮮度が良い。ほどよくケーキが冷えているのは、魔法を使ったのかしら?
これはなかなか……。いろいろ気疲れしていた私は、ケーキのあまりの美味しさに、ついパクパクと。
『ねえ。ちょっと、何やってるのよ!」
はっ! しまった。ついつい夢中になってパクついてしまった。ちょっと、気を紛らわせるつもりが。なんてことなの……。
ああ、不味い。ただでさえテーブルマナーが拙いのに。
ケーキの美味しさに気が緩んでいたので、礼儀作法を意識していなかった。きちんとできていたかしら?
いや、メリスが慌てて声をかけてきたということは、きっとできていなかったのよね。周りの反応は……。
もうあと二口ほどになってしまっていたケーキから、ゆっくりと視線を上向け、周囲の反応を探る。
すると、無表情でこちらを見詰めるクロード様と、ばっちりと目が合った。




