第十三話
翌朝、私は自室にて自分で朝食を食べていた。さすがに朝食も皆で一緒に私の部屋で、とはならなくて良かったわ。
朝が早いお父様とジールスお兄様は、私が起きた時にはもう家を出ていた。おかげで、心穏やかに朝食を食べることができる。
「下げて頂戴」
「かしこまりました」
私の言葉を受けて、傍に控えていたマイアともう一人のメイド、クインが丸テーブルの上を片付け始めた。
クインは昨晩服を着替えるのを手伝ってくれたメイド……。思い出せなかった名前は、マイアに尋ねることで判明した。
「マイア」
テーブルから離れ、ベッドの上に戻り、ベッドに置かれたクッションに体を預けて座ると、マイアを呼ぶ。
「お嬢様、御用でしょうか」
食事の後片付けをクインに任せ、近づいてきたマイア。
「本が読みたいの。持ってきてくれるかしら?」
安静にしているだけでは時間の無駄なので、少し勉強でもしよう。
「本でございますか? どのようなものをお望みでしょう?」
「そうねぇー。できれば魔法か、あるいは歴史の本がいいわね」
「魔法使いを主人公にした物語。あるいは史実を元にした伝記のようなものを。ということですね?」
なんで物語? まあ、気持ちはわかるけど……。
「違うわ。勉強に使うような学術書を持ってきなさい」
「学術書でございますか?」
マイア、あなた胡乱な目つきになっているわよ。意外なのはわかるから、咎めたりはしないけど……。
はぁー……。まあ、勉強なんて大嫌いな私が、突然学術書を読みたいなんて言い出したのだから、それは不思議でしょうね。
でも気にしないでくれると嬉しい。まったく。本当は怪しまれないように、ゆっくりと態度を変化させるつもりだったのだけど。
自分を見詰め直した結果、礼儀作法や教養が予想以上に駄目だったので、あまり時間をかけてもいられなくなった。
だから、少し強引にいかせてもらうわ。もともと私はきまぐれな性格だったし、きっとなんとか誤魔化せるでしょう。
「ええ。そうよ。私の程度に合ったものを適当に見繕ってきなさい!」
「か、かしこまりました」
少し語気を強めて要求すると、マイアは慌てて部屋から出て行った。そしてしばらくして本を抱えて戻ってくる。
えーっと。魔法学の入門書に、簡単なクランツ王国史、それに修辞学や算術の基礎について書かれた本ね。
タイトルを確認しながら、マイアから渡された本をパラパラと捲ってみる。どれも初歩的な内容みたい……。
私の程度に合ったもの、か……。まあ、こんなものよね。
「はぁー」
深いため息をついて、とりあえず魔法学の本を開いた。勉強は興味がある分野から始めるのが良いだろう。
前世の記憶のおかげか、魔法に対しては憧れがあった。
なにより! 魔法の勉強を頑張ればクロード様と会話が弾むかもしれない!
レクス公爵家が代々優秀な宮廷魔法使いを輩出してきた家であることもあって、クロード様は魔法に並々ならぬ熱意を持っているのだ。
だから魔法の知識をつければ、クロード様と語り合えるかもしれない! 趣味友みたいな関係になれるかもしれない! 俄然やる気が出てきた。
そうしてしばらく本を読んでいると……。
「メリスが本を読むなんて珍しいわね」
うわ! 耳元で声が聞こえて驚いた。いつの間にやら、横からお母様が覗き込んでいたらしい。
集中していて気付かなかった。
「ただベッドで横になっているのも退屈で……」
「それで勉強を? メリス。あなたまた何か、クレストにおねだりをしたのではないでしょうね?」
お母様の声がちょっと低くなった。
おねだり……。そういえばお父様におねだりすると、交換条件に勉強をするように言われることが、よくあったわね。
もっとも、お父様は私に甘いので交換条件ですら、怠惰な私は勉強をするフリをして、やり過ごしていたのだけれど。
「違いますわ。私も、もう十歳になるのだから、ちゃんとしたいなと。おねだりなどしていませんわ」
「そうなのかしら。マイア?」
「私の知る限り、そのような素振りはありませんでした」
本当のことを言ったのに、信用されないなんて。どれだけ勉強しない子だと思われているのかしら?
まったく。我が事ながら、呆れてしまうわ……。
「そう。なら、これからするつもりなのね。メリス、あなたが言ったようにもう十歳になるのだから、もう少し態度を改めなさい」
いえ、お母様……。信用がないのはわかりますが。言われるまでもなく、これからは頑張りますので、お小言はやめてください。
「まあ、今は病み上がりですから、強くは言わないけど。はぁー」
『全然、信用されてないわね』
メリスの落ち込んだ声が頭に響く。まあ、ポジティブにいきましょう。考えようによっては、この状況は使えるわよ?
私が勉強するのは、お父様におねだりをして、交換条件を出されたときだと、そう周知されているのなら。
それを利用することで、突然勉強熱心になったことを誤魔化せるはず……。
「アリア様、お嬢様。ナルシス様とクロード様がお見えです……」
……これまでの通りに習って、それなりのおねだりを適当に見繕って――。えっ! 今なんて?
ノックの音とともに聞こえた声に、思考が停止した。
今、クロード様が来ているって言わなかった?
『嘘、クロード様が来たの? 不味いじゃない!』
あ、やっぱり。聞き間違いじゃなかったのね……。
「……部屋にお通ししても、よろしいでしょうか?」
いや、いいわけあるか!
『絶対駄目よ!』
「ええ。通して頂戴」
ええ! ちょっと待ってよお母様。こんな格好なのに……。部屋着なのよ! こんな格好でクロード様に会えと言うの!
貴族の令嬢だから、前世のようなズボラな格好の部屋着をしているわけではないが、所詮は部屋着。もっと相応しい格好が……。
髪の毛だってセットしてないし。お化粧……は、十歳だからまだ良いとしても。ああもう! クロード様が来るとか聞いていない!
慌てる私の前で、無常にも部屋の扉は開かれた。




