第十二話
「お嬢様。大丈夫ですか?」
ベッドに突っ伏したまま、しばらく動かないでいると。心配したのか、マイアが声をかけてきた。
「大丈夫よ」
答えながら寝返りを打ち、壁際に控えているマイアに非難を込めた眼差しを向ける。マイア……。
あなた、助けてくれなかったわね。
「……申し訳ありません」
「別に何も言ってないけど?」
「雄弁に目が語っていらっしゃいます。なぜ助けなかったのかと……」
そう言って目を伏せるマイア。
よくわかっているじゃないの。そして、あいかわらず、わかりやすく感情を表に出してしまうわね。
マイアはメイドとしての作法は完璧なのだけど、その辺りは未熟なのよね。ちゃんと、すました顔をしてないと駄目よ?
まあ、だからこそ私はマイアを気に入っていたのだけど……。
マイア以前の専属メイドの多くを私は気に入らず。だいたい四ヶ月ぐらいで、代えて貰っていたけど。
そんな中、マイアはもう一年も私に仕えていた。では、なぜマイアを気に入っていたのかというと……。
「あら。よくわかっているじゃない。ねえ、どうして助けてくれなかったのかしら?」
「む、無茶を言わないでください。私にはどうすることも……」
非難を込めて尋ねると、マイアは目を泳がせながら答えた。
こういうところが気に入っていたのよね。他のメイドたちの受け答えは無感動で、そして必要最低限の答えを返すだけ。
しかし、マイアは慌てると動揺しているのが見て取れるから、その反応が愉快で、だからマイアを気に入っていたのだ。
「……あれが精一杯でした」
見詰めたままでいると、さらに俯いてしまうマイア。赤毛のショートヘアが目にかかり、黒い瞳が見えなくなる。
「精一杯って。お父様に意見したことを言っているのかしら? ベッドの大きさがどうたらっていう」
「はい……」
マイアは体の前で重ねていた両手の上下を入れ替える。この手の組み換えは、無意識に出るマイアのくせ……。
このくせが出るってことは、内面では相当慌てているってことね。小柄な少女であるマイアが縮こまる姿は、小動物みたいで苛めたくなる。
「あんなの。なんの意味もないわよ!」
「そ、そうですよね。お力に成れず申し訳ありません」
ちょっと強めの口調で言うと、マイアはさらに手を組みかえながら謝り、しゅんと項垂れてしまった。
肩を落として落ち込んで……。かわいいわね。
…………って。駄目じゃん。これ完全に悪役令嬢だよ! なにメイドいびって楽しんでるのよ!
普段やっていたから、つい普段通りに行動してしまったけど。これ普通にアウトだよ! フォローしないと……。
「まあ。次からは頑張りなさい」
「か、寛大なお言葉。感謝いたします」
顔を上げたマイア、驚いたように若干目を見開く。私がメイドを労わることなんてなかったからね。無理もない。
こういうの、けっこう面倒よね。以前の私というイメージがある以上、あまり急激に態度を変化させると、不思議がられる。
やりにくいわ……。かといって、前世の記憶のことを話すわけにもいかない。不審に思われないように、うまくやるしかないわね。
『ねえ。そろそろ話を戻さない?』
話を戻す? ああ、そういえばヒロインを押し付ける候補にカリス兄様を入れるべき否か。その話が途中だったわね。
確か、カリス兄様のルートについて推測していたのだったっけ?
メリスの言葉を受けて、ジールス兄様とお父様の来襲で、頭の片隅に追いやられていた記憶を引っ張り出しながら、私は布団を被る。
『やっぱり問題なのは、私が当て馬にされかねないってことだと思うのよ』
(ええ。そうね。私もそれを懸念していたわ)
そう。「もしもヒロインが王女だとカリス兄様が知っていたら」これを元にストーリーが展開されるとして……。
さらにカリス兄様がヒロインの心を手に入れるために、マッチポンプをするとしたら、私が当て馬にされかねない。
だって、いくら「もしも」という体で新規ストーリーが作られたとしても、所詮は追加シナリオなのだ。
大本のゲームのストーリー、登場人物を別にして、まったく新しいストーリーを展開するとは思えない。
ならば、用意されるライバルキャラも、既存のキャラクターから採用されていた可能性は、非常に高いと思われる。
そしてゲームの序盤、ルートが固定されていない、共通ルートとでも言うべきシナリオで、私は必ず登場するキャラ……。
ヒロインが攻略対象者それぞれと交流を深める序盤に登場して、ヒロインに嫌がらせをしたり、苛めたりと邪魔をしてきて。
プレイヤーがクロード様以外のルートを選択すると、フェードアウト。各ルートに用意されたライバルキャラと選手交代するキャラ。
だから、カリス兄様のルートのライバルキャラとして、採用されていてもなんらおかしくはないし。
カリス兄様がマッチポンプをするなら、私は当て馬には打ってつけの存在だと言える。もっとも……。
(そんなに警戒しなくてもいいかもね)
『どうしてかしら?』
(ゲームのことを考えれば、カリス兄様が私をマッチポンプに使いそうなのはわかるけど、それはゲームの私だったからだと思うの)
実際のところ。ゲームの私がヒロインに嫉妬して、ちょっかいをかけるような奴だったから、悪いのだ。
でも、私はそれが悪手だと知っているわけで。そしてこれから、そうならないように努力するつもりだ。
(ヒロインを苛める予定はないのだから、大丈夫でしょう?)
『なるほど。確かに、言われてみればそうね。……でも、ならどうするの? カリス兄様も候補に入れるのかしら?』
(うーん。それが悩みどころなのよね……。今後の状況次第?)
正直、ヒロインを押し付けるなら、先の展開がわかっている攻略対象者のほうが良いもの。不確定要素も少ないし……。
ただ、カリス兄様ならヒロインをうまく囲い込んでくれそうな。そんな期待が持てるのも事実。だからすんなりとは捨て難い。
『結局、情報を収集してから結論を出すわけね』
(ええ)
まあどのみち。いろいろ情報を集めないと、結論は出ない。だから、とりあえずカリス兄様のことは保留することにした。




