第十一話
「むっ。ジールス、おまえも来ていたか」
「ええ。メリスが一人では心細いかと思ったので」
のしのしとベッドに近づいてくるお父様に、得意顔で答えるジールス兄様。
「あの、ジールス兄様。別に心細くなど――」
「どうです父上! 今晩は三人で一緒に寝るというのは?」
「お父様。恥ずかしいので。遠慮――」
「そうだな! メリスを真ん中に三人で寝るとしよう」
くっ……。駄目だ。言葉を遮られる。マイア……。
私は壁際に控えているマイアに、助けて欲しいとの意思を込めた眼差しを向ける。すると私と目が合ったマイアは……。
「クレスト様。畏れながら、一つよろしいでしょうか?」
「ふむ。どうした?」
おお! マイアが助けてくれるみたいね。よし! 言ってやって頂戴。私が嫌がっていると、そう言ってやって頂戴!
「さすがに、その大きさのベッドに三人で、というのは。大きさ的に少々難しいのではないでしょうか?」
ちがーう。そうじゃないでしょ! すぐさまマイアに抗議の視線を向けるが、申し訳なさそうな表情で頭を下げられた。
むっ。なにそれ。なにその、如何にも私にできることはこれくらいしか、ありませんでした。みたいな顔は。
私はお父様やジールス兄様と一緒に寝るのが恥ずかしいのよ? 二人が一人に減ったって、大した意味がないじゃないの。
「ふむ。確かにそうかもしれんな。よし、ジールスよ。ここは私に譲るのだ」
「いやいや父上。僕は明日になれば寮に戻ります。つまり、今日しか機会はないのです。ですが父上は明日にも機会がありますよね?」
「なに。それなら明日も泊まっていけば良いではないか」
「そうはいきません。騎士科の寮は共同生活をすることも目的にしていますし。あまり寮を空けるのはよろしくないでしょう」
「……」
「……」
睨み合うお父様とジールス兄様。マイアがいらぬことを言ったから、二人が揉め始めたじゃない。というか……。
「あの。できれば一人で――」
「どうしても! 譲らぬと言うのだな?」
「当然でしょう。ここは父上が譲るのが道理です」
「ふむ。ならばここはメリスに決めてもらうというのはどうだ?」
「望むところです。メリス、お父様より僕のほうが良いだろう?」
「私はどちらとも――」
「いやいや! こんな暑苦しい体格をした男より、私を選ぶだろう?」
いやだから、私は一人が良いのです。
「ですから一人で――」
「最近は! 寒くなってきていますよ。ならば暖かいほうが良いに決まっているでしょう」
「まだそれほどではあるまい」
「だからひと――」
「そもそも! 体格など問題ではないのです。大事なのは、メリスがどちらと一緒に寝たいかですよ」
「確かにそうだな。さあ、メリス。私を選びなさい」
ああ、これもう駄目じゃない? 私の意見は完全に封殺されてしまう。
「いいえ。選ばれるのは僕です。小さい頃「お兄様と結婚する!」とまで、メリスは言ってくれたのですから」
「ふん。それは三歳の時の話ではないか。私は四歳の時に「大きくなったらお父様と結婚したい」と言われたぞ!」
いや。どちらも覚えてないけど! そんな恥ずかしいこと言ったの?
『ねえ。もう諦めたら?』
頭の中に響く、呆れたような声。そうね。もう諦めるしかなさそう。でも……。どっちを選んだら良いのかしら?
お兄様を選んで、お父様とは明日寝る。これがベストかしら?
だけど、なんか言い争いが明後日の方向へ進んでいるから……。
「ならば、僕のほうが好かれているということです。なにせ、先に言われたのは僕ですからね」
「いいや、こと婚約ということに関してはそうではないだろう。後に言われた私のほうが好かれている」
(これ。どっちを選んでも角が立つわよね?)
『そうね……』
困った……。論点がずれたせいで。お父様とジールス兄様、どちらか好きかを問われてしまっている。
これ答えたら、絶対選ばれなかったほうが悲しむだろう。うわー。まったく面倒なことになった。
マイアぁー……。再びマイアを見詰めるも、マイアは首を左右に振るだけだ。諦めろというのね。
あっ! そうだ。選べないなら両方選んでしまえば良いのよ。ベッドを増やせば良いのだわ。
使用人に負担をかけることになるが、ベッドをもう一つ部屋に運んできてもらいましょう。
「あの。ベッドをもう一つ用意してもらうというのは?」
「……その手があったか! 父上!」
「うむ。すぐにでも用意さ――」
「すぐにでも。じゃないわよ」
話が纏まりかけたところで、怒りを含んだ声が聞こえた。見れば部屋の入り口にお母様が仁王立ちしている。
「まったく。メイドが枕を持ったあなたを見たと言っていたから。まさかと思い、見に来てみれば……」
「アリア?」
「あなた! それにジールス!」
「「はい!」」
「いい歳をして何をしているのです。いい加減、娘離れ、妹離れしなさいな。メリスは病み上がりなのですよ」
「「……」」
決して大きな声ではない。だが、お母様の声色には有無を言わさぬものがあった。怒ると怖いのよね。
こうなったお母様に敵う者はいない。お母様に睨まれ、お父様もジールス兄様も、どちらも萎縮していた。
「メリスが倒れた原因だって、判明していないのだから、余計な心労をかけてどうするのです」
「すまない、アリア」
「すみません、母上」
「さあ。わかったなら、さっさと部屋から出て行きなさい」
「はい」
「わかりました」
部屋から出て行く二人の背中には哀愁が漂っていた。
「ではマイア。メリスのことは頼みましたよ」
「かしこまりました」
マイアの一礼を受けて部屋から出て行くお母様。そうして部屋の扉が閉まると、私はベッドに突っ伏した。




