第十話
「はぁー」
疲れたわね。ベッドの上でため息をこぼす。そんな私の視線の先では、使用人たちが後片づけを始めていた。
椅子とテーブルを運び出していく男性使用人たち……。
えっ? テーブルはそちらから入れていたの?
なんと、テーブルはテラスに通じる両開きの履きだし窓から運び出されていく。いや、大きさ的に部屋の扉からは出せないけどさ。
ここ二階なのよ? 私のための、今回だけの夕食会のために、そこまでするなんて……。カリス兄様が呆れていたのも頷けるわね。
ああ、そうだ。カリス兄様といえば……。どうしましょうか。
(メリス、相談があるのだけど)
『カリス兄様に関して。かしら?』
(あら。話が早いわね。その通りよ。ヒロインを押し付ける候補にカリス兄様を入れるか否か。それを相談したいのよ)
これが考えどころなのよね。私が立てた方針では、ヒロインはクロード様以外の攻略対象者に押し付ける予定だった。
そして、この攻略対象者に、実はカリス兄様も含まれている。ただ、ファンディスクによって追加されたルートだから……。
正直、クロード様以外にはあまり興味がなかった私は、ファンディスクには手を出さず、カリス兄様のルートの知識がない。
唯一、手がかりになりそうな知識は、同じゲームをプレイしていた友人の「すごいマッチポンプだった」という言葉ぐらいかしら。
(ねえメリス。前世の親友の言葉を覚えてる?)
『マッチポンプのことかしら?』
(ええ。それよ。どう思う?)
マッチポンプ……。自分の手で窮地に陥れておきながら、何食わぬ顔で助けることで好感度を稼ぐ、みたいなことよね。
『カリス兄様なら、やりそうよね』
(同意見よ)
カリス兄様なら、ヒロインの気を惹くために、それぐらい平気でやるだろう。それも黒幕が自分だとばれないように完璧に。
ただ、あのカリス兄様がヒロインに惹かれるというのが、どうにもピンとこないのよね。
(でも、カリス兄様が誰かを好きになるなんて考えられないんだけど……)
『そうね……。だけど政略的な意味でなら、ヒロインと結婚したがっても、何もおかしくないわよね?』
ああ、確かに。カリス兄様なら王女というヒロインの立場を、自分の夢のために利用しようとするかもしれない。
カリス兄様の夢は宰相になることであり。ゲームでも次期国王になる可能性の高い、第一王子と友情を築いたりしていた。
だから王族と繋がりを持つという意味で、自身の将来のため、ヒロインに近づく可能性は十分に考えられる。
あれかしら? 最初は恋心なく、利用するだけのつもりで接近したカリス兄様が、徐々にヒロインに惹かれていく。
みたいなストーリーかしら? ただ、それには問題がある。
(だけどさ。カリス兄様はヒロインが王族だって、ゲーム終盤まで知らなかったわよね?)
そう。ゲームのストーリーではヒロインの正体が明かされるまでは、王女だと知る人間は限られていた。
私もそれを知らなかったから、手痛いしっぺ返しを食らうわけで……。
そしてカリス兄様も知らなかったから、ゲームで私がヒロインを虐めていたときも、本気で止めようとしていなかった。
それは、たとえ私の言動が目に余っていたとしても、ヒロインは平民だからと、カリス兄様が軽く考えていたからで……。
それゆえ、ヒロインが実は王女だと判明したときは、カリス兄様も珍しく驚愕し、そして後悔する。
私の振る舞いを強く咎めなかったことで、フレール侯爵家も王家から、少し咎められてしまうからだ。
『そうだけど。でも追加ルートなんだから、「もしも」という体でストーリーが展開してもおかしくないでしょう?』
(もしもねぇ……)
つまり、ヒロインが王女だと、カリス兄様が序盤から知っていたら。そういう、「もしも」のストーリーが展開されると。
なるほどね。ありそうな気がする。そしてそれなら、カリス兄様が自分の将来のために、ヒロインとの結婚を目指してもおかしくない。
(あり得なくはないわね。……でも、だとすると問題なのは――)
と、そこまで考えたところで、扉をノックする音が響いた。
「入りなさい」
「失礼いたします」
扉が開き、中へと入ってきたのは二人のメイド。一人はマイア。もう一人は、ええっと……。
大き目のたらいを抱えているメイド。マイアと一緒に、よく身の回りのことをしてくれてたのだけど。
名前はなんだっけ? うーん。お、覚えていないわね……。いくら記憶を探っても名前が出てこない。
「お嬢様、替えのお召し物をお持ちしました。すぐにお召し替えなさいますか?」
ベッドまで近づき、替えの服を持ち上げてみせるマイア。その後ろで、名前のわからないメイドがたらいを床に置いた。
ふむ。湯気が立っているし、中身はお湯ね。
「ええ。そうするわ」
「では、失礼いたします」
私が答え、立ち上がると。マイアたちは機敏な動作で私の服を脱がし、お湯で濡らしたタオルで私の体を拭き、替えの服を着せてくれた。
ううん。ちょっと恥ずかしかったわね。
前世の記憶のせいか、今まで当たり前だったのに羞恥心を覚えた。同性とはいえ、裸を見られるのは恥ずかしい。
まあ、でも貴族令嬢とはそういうものだし、慣れるしかないわね。そんなことを考えながら、布団に潜り横になる。
「失礼いたします」
脱いだ服と、たらい等を持って退出する、名前のわからないメイド。マイアは部屋から出ることなく、壁際に控える。
同時に、出て行った名前のわからないメイドと入れ替わるようにして、部屋に入ってくるジールス兄様。
ジールス兄様は寝間着姿で、なぜか小脇に枕を抱えている。これは……。なんだか嫌な予感がするわね。
「やあ、メリス。久しぶりに一緒に寝よう!」
ああ、やっぱりですか……。
「ジールス兄様、できれば遠慮したいのですが……」
体を起こし。即座に答えると、すごく悲しそうな顔をするジールス兄様。
いや、そんな顔をされても……。
「私も、もう十歳ですし。恥ずかしいですわ」
「何を恥ずかしがることがある。兄妹なんだから――」
ジールス兄様がそこまで話したところで、部屋の扉が開かれ、今度はお父様が入ってきた。こちらも枕を持っている。
はぁー……。
「メリス。今日は私と一緒に寝よう!」
お父様……。あなたもですか……。




