第一話
「はぁー」
私はため息をこぼし。両隣にいるお父様とお母様の顔色を窺う。せっかくのパーティーだというのに。
ずっと両親と一緒だなんて……。つまらないわね。
まったく! どうして、監視されるかのように、お父様とお母様に挟まれていないといけないのかしら?
私の礼儀作法に問題があるからだとか。いつものように、わがままな振る舞いをされると困るだとか。
そんな風に、いろいろと理由を並べられたけど……。本当に気に入らない。
わがままってなに? 私はわがままな性格じゃないわよ。それに、私の礼儀作法のどこに問題があるというの?
家庭教師の先生や、友人の令嬢の方々だって、いつも私のことを素晴らしいと、令嬢の鑑のようだと褒めてくれるのよ。
納得がいかないわ!
だから当然、私は両親に文句を言ったわ。だけど「今日のパーティーは特別なのだ」と、諌められた。
厳しいお母様はともかく、いつも優しいお父様がそんなことを言うなんて、思ってもみなかったわ……。
確かに今日のパーティーは、このクランツ王国で王族の次に力のある四大公爵家のうちの一つ、レクス公爵家主催のパーティー。
レクス公爵家の嫡男の誕生日を祝う催し……。だから、普段のパーティー以上に気を遣わなければならないことは理解できるけど。
とはいえ、それぐらい私も弁えているし。そもそも私の礼儀作法には何の問題もない。
だいたい、少しぐらいの無礼な振る舞い、粗相をしても問題ないと思うのよ。
四大公爵家ほどではないにしろ、うちだってそこそこの家柄。この国に存在する公、侯、伯、子、男の五つの爵位のうち。
我が家は上から二番目に偉い侯爵家、それも古くから続く歴史ある家柄。しかも、お父様は宰相を務めているのよ?
だから仮に問題があったとしても、レクス公爵家だって、そこまで強く文句を言ってこないに決まっている。
ああもう! いらいらする。
さきほどから、両親に挨拶にくる雑多な貴族どもの、聞きたくもない、くだらない話を長々と聞かされて……。
本当にうんざりする。笑顔を浮かべるのも大変なのよ? こんなの相手していないで、私もあっちへ混ざりたい。
パーティー会場の一角で、私と同じくらいの年頃の令嬢方が、楽しそうに雑談に興じているのが見える。
私の友人の方々もいるわね。あっちは実に楽しそうだわ。みんな笑顔で、何を話しているのかしら?
だというのに……。私の目の前には、お父様に必死にゴマすりをしている太った貴族。確か伯爵だったかしら?
くだらないことをべらべらと。話が長い! 我慢して愛想笑いを振りまいているが、そろそろ笑顔が引きつりそうよ。
「いやー、それにしてもお嬢様は年々かわいらしくなりますな。それにしっかりしておられる。うちの娘なぞ……」
私を褒める言葉を聞いて、お父様は上機嫌になったけど。正直、私はあなたに褒められても、全然嬉しくないわ。
そもそも、あなたごときの娘と私を比べないで欲しい。まったく、お父様のご機嫌を取りたいのはわかるけど……。
この私の機嫌を損ねてしまった時点で終わりね。名前も覚えたし、あなたのこと嫌いだって、後でお父様に言ってやるんだから。
「はぁー……」
気付かれないようにため息をつく。これだから大きなパーティーというものは嫌いなのよね。
無理を言って来なければ良かった。
レクス公爵家の嫡男が、大変に眉目秀麗だと聞いたから、どれほどのものか一目拝んでやろうと。
そう思ったのが間違いだったわ。こんなに窮屈な思いをするなんて……。いっそもう帰ってしまおうかしら?
いい加減我慢の限界を迎えそうになっていたとき、ざわついていた会場が静かになった。
あら! どうやら、やっと主役のご登場のようね。まったく、この私を随分と待たせてくれたものだわ。
これだけ待たされたのだから、相応の見目をしていなければ許さないわよ。さあ、その顔を拝んでやろうじゃないの。
私はパーティー会場の奥にある扉に注目する。そこから今日の主役、レクス公爵家の嫡男が入ってくるのだ。
うーん。ここからじゃよく見えないわね。私たちは会場の端のほうにいたため、貴族たちの人垣に阻まれて、よく見えない。
ああもう! 場所が悪いわね……。
まあでも良いわ。もう少し辛抱すれば見えるでしょ。会場の前方にある壇上に上がるはずだから。
壇上にはレクス公爵とレクス公爵夫人が立っているのが見える。そこへ、レクス公爵家の嫡男も合流するはず。
ほら、きたきた! さて、いったいどんなものかしら…………。
えっ! どうしよう……。すごく、素敵じゃない! レクス家の嫡男を見た私は、一瞬で心を奪われた。
黄金色の輝くロングの髪、切れ長の目から覗く瞳は、澄んだ夜空のような濃い青色で、吸い込まれそうになる。
その切れるような凛とした顔立ちはとても清涼で。ああ、なんて……。なんて美しい顔なのでしょう。
これまでに出会った、どの殿方よりも眉目秀麗だわ……。そんな風に、私がレクス家の嫡男……。
いえ、私の王子様に見蕩れていると。レクス公爵様が口を開く。
「皆様、本日は息子の誕生日を祝うために集まっていただき感謝します」
「クロード・レクスです。本日は私の十歳の誕生パーティーにお集まりいただき、ありがとうございます」
ああ! クロード様、声まで素敵なのね……。声変わり前の、その高く澄んだ声が耳に心地良い。
まるで天使のよう。しかも……、しかもよ! あのクロード様が、薄く微笑んでくださるなんて!
ああ、本当に素晴らしいわ! クロード様の笑顔。これはとてもレア!
なにせ、クロード様はいつも貼り付けたような無表情で、ヒロインにさえ滅多に笑顔など見せないのだから。
しかもゲームには、幼い頃のクロード様の笑顔のスチルや立ち絵は、一枚もなかった。だから超レアなのよ!
ああ、これほどの幸せがあるとは……。惜しむらくは、その笑顔が私だけに向けられたものではないことが悔やま…………。
あら? というか……。えっ? ゲーム? ヒロイン? ……何それ? それにこれは未来のクロード様? いったいこの記憶は何?
うっ! 痛い!
急に頭に蘇ってくるおびただしい情報。これは……。ああ、駄目……。私は激しい頭痛と眩暈に襲われる。
「どうした!」
「どうしたのメリス!」
意識が薄れる瞬間。いつの間にか倒れていた私が最後に見たのは、お母様のひどく慌てた顔だった。