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罪人の孫  作者: レム
第1章 『災厄、再び』
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第9話 『ユーナ』 

 不意にした声に条件反射で反応して振り返った。そこには女性がいた。四分の一の血を引いている深蒼の髪とは違って真っ黒な挑発を後ろで束ねている。百六十センチくらいの身長に華奢な体躯。そして、刻まれた皺。

 七十付近の女性、見慣れない服は和服と呼ばれている。当時からすれば記憶の映像とは比べ物にならない程丸くなったがそれでも目の当たりにすると常に威圧されている感じがする。


「あ、あなた様は……」


 ディランは面白い速度で腰を折って直角になるまで頭を下げると緊張した声音で言う。


「申し訳ありません!」


「今、私に謝っている時間は無いのですよ」


「は、はい!」


 言葉に魂でも宿っているのか耳にするたびに心を揺らされる。

 そう、急に現れた人こそ世界の英雄・ユーナ。

 俺の記憶に残る人物。

 くそジジイの双子の妹でジジイを殺して英雄になった。

最期の日から四十年の月日を経てもどこか面影を残している。彼女がデュークから見て異世界、元の故郷からこっちに来て五十年。ジジイを殺して英雄になったのが四十年前。同時期に建設された学園の長となって今に至っているはずだが、デュークもディランもその姿を生でこんなに近くで見たのは初めてだった。


「どうしましたか? 早くしないと授業に遅刻してしまいますよ」


「はい、すいません。少し話し込んでいたら時間を忘れていました。すぐに向かいます」


 機敏な動きで頭を上げたかと思ったらすぐに下げて忙しい奴だ。

 対照的にデュークは動けずにいた。仇敵を前に銅像の時とはけた違いの衝動が体を襲っている。

 今すぐにでもその喉元をかき切ってやりたい。そんな欲求が生まれるが、表情にも行動にも表すことなく必死に耐える。なぜなら、その感情は自分のものではないからだ。受け継いだ血によって引き起こされている一種の誘惑に過ぎない。

 デュークは決めていた。

 何が何でもこの力は使わないと。


「どうかしましたか? 何か私の顔についているのですか?」


「――いえ、申し訳ありません。つい、見惚れてしまったのです」


「ふふっ、老人をからかってはいけません」


 互いに建前を言っておいてそのまま頭を下げる。これだけの行為でも全身の血が拒絶反応を示す。記憶でも分かっていたつもりだが、どれだけ憎しんでいたんだ。

 二人は揃って踵を返すと自分達の教室に急いで向かった。しかし、学院長の手前廊下は走らずに競歩で競っていた。

 誰も無くなった廊下。

 これから授業が始まる。そんな廊下に一人ユーナは佇む。さっきまでの朗らかな表情は消えて老いてなお歴戦の勇者の雰囲気を出す。

 特に何かあるわけではなかった。ただ、さっきどこか懐かしい様な気がしたのだ。忙しく過ぎた五十年。その日々を通り越しても感じさせる何か。


「嫌ですね。私も耄碌してきたのでしょうか。歳は取りたくないですね。兄さん……あなたが今ここにいれば私を見て何というのでしょうか」


 返ってくるはずのない問いかけを虚空に問いてから「ふっ」と少し笑むと近くにあった階段を下りてこことは別の建物にある学院室に行く事にした。生徒は立ち寄らないためずっとそこにいる事が多いのだが、今日は野暮用がってこっちに来てみた。

 幸いと言うかどこか懐かしい思いをさせてくれたので来てよかったと思う。


「早く行かないといけませんね」


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