第7話 『夢』
「はっ!」
ベッドから一人の少年が勢いよく跳ね起きた。荒れた呼吸に心臓はずっとどくどくと耳に聞こえるまで大きく動いている。暑い季節でもないのに額には寝汗――いや、冷や汗が流れていた。
「くそ……またか……」
ランタンに灯りをつけて壁に備え付けられている時計で時間を確認してみるとまだ午前三時。眠りについたのが、日付が変わったあたりなので全体の半分くらいしか眠っていない。
灯りを消して再びベッドに潜るが、冴えてしまった目に睡魔が宿る事はない。幸い、ここはワンルームの個室。他に誰もいないし隣室とも分厚い壁で遮られているためさっきの声が聞こえていないだろう。
「これで何度目だ……」
ベッドの上で仰向けになって右腕で両目を隠す。さっきまで見ていたのはただの悪夢ではない。本当にあった事、いや、当事者の記憶をなぞっていると言った方が正しい。
「今から五十年前にあった真実か……随分と今と湾曲しているけどな……」
ここでようやく呼吸が落ち着いてきた。まだ陽は登らない。深く呼吸をしながらぼんやりと見える天井を眺めた。
五十年前にあの出来事は脳裏に強く焼き付いて離れてくれない。多分、これでかなりのキャパを占められているから正直これを忘れて違う知識で頭の中を埋めたい。
たった数時間で見たとは思えないとある男の半生。
裏切りから始まって、憎しみ、殺意、憤怒。徐々に人としての心は無くなっていった。最期、一撃で逝かせてくれたのは意外にも人として死なせるという優しさだったのかもしれない。
さすがに他の誰が何を思っていたのかまでは測れないが今になってそんな事を思っている。
「喉乾いたな」
汗をかいたためだろうか、喉が水分を欲していた。むくりと起き上がるとベッドを離れて流し台の方へ行く。ここは寮なのだが、部屋の中にもほどほどなキッチンは備わっている。
コップに水を入れて一気に飲み干した。常温の水だったためすんなりと飲む事が出来た。
手早く片づけるとくるっと回ってベッドの戻ろうとしたが、不意に足がふらついて壁に激突してしまう。鼻を強打してしまい痛みによって更に眠気が飛んで行ってしまった。
「痛たたたた……」
鼻頭を手で擦ると、指先に何か液体がついた。舌で舐めるまでもなくつーと鼻血が出てきたのだ。
「やべっ」
灯りをつけてタオルと取ると鼻に押し当てて簡単に止血する。これでしばらくすれば止まるだろう。きちんと止めておかないといけない。もし誰かに血を見られれば自分が全世界から居場所を失ってしまう。
目線が指に行く。
その指先は真っ黒な血によって染められていた。
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カーテンの隙間から朝日が差し込んできて目に直撃している。熱を持っていてそれ以上に眩しい。
「なんか……スッキリしないな……」
時間は朝の七時。
昨日、と言うか四時間前に悪夢で起きて鼻をぶつけて止血してからやっとベッドに入って寝付くまでたっぷり一時間はかかった。お陰でいつもは六時には起きているはずなのに一時間の寝坊だ。
「朝ご飯は……自分でいっか」
少し眠気が残っていて眦を擦りながらベッドから出る。ん~と背中をいっぱいに伸ばしてカーテンを開けて朝日を目いっぱい浴びておく。
次に流し台まで行くと水を流して顔を洗う。横に鏡があったので自分の顔を映す。ナルシストとかそんな意味は無くて数時間前に負傷した鼻の様子を確かめているのだ。万が一にも血が付着していれば人生を一発退場しないといけない。
「大丈夫、みたいだな」
それを確認できれば朝食の準備に取り掛かる。戸棚から乾パンとベーコンを取り出す。後、戸棚の上に置かれている箱の中から卵を取り出した。キッチンに向かってマッチで火をつけた。
手早く調理をしてベーコンエッグに乾パン。これが今日の朝食だ。一人しかいない部屋、徒に時間を潰す事も勿体ないので早めに完食してしまうと慣れた手つきで片づけをして着替えていく。
黒を基調としたブレザー型の制服。奇しくも記憶の中の服装と似ているのが毎回頭のどこかに棘を刺している。
時間を見れば既に八時だ。
「おっとっと」
少しゆっくりし過ぎたと反省して慌てて部屋を後にしていく。しっかりと鍵を閉めて走って学校に向かう。