第2話 『訪れた時』
よく言われる事だ。それはつまり学級内でも社会を構築されている事に繋がる。スクールカーストはどんな学校にだって存在していて、クラス内で完結している事も多い。
『おはよう』
『おはよう』
がらがらと教室の扉を開く。そこには時間ギリギリと言う事もあってほとんどの生徒の姿が確認できた。今いないのは欠席者か遅刻組くらいだろう。
耳を突いてくるのは喧騒。
クラス内は一瞥しただけで誰がどの階級に属しているのか大体分かる。自他関係なく机に座って四、五人で話しているのはカースト最上位。そこに男女が入り混じっていればリア充組確定。同性だけなら半リア充。周りと関係なく読書やスマホを弄っているのは中間層。そして、隅の方でおどおどしているのが底辺。
中間と底辺はごっちゃになる事も多いが、ホームルーム前に大声で話しているのは上位の生徒で結人は中間層。
「おはよう」
「おう、おはよう」
挨拶をすれば返って来るが、積極的に話しかけられないし、話しかけようとも思わない。
結人が下手な行動をして問題でも起こせばそのまんま結奈に評価が跳ね返ってしまう。劣等生な兄だからこそ、せめて迷惑をかけないようにしないといけない。
つつがなく、それでもっていじめやその他疎まれる行動はしない様に心がけていた。
ちなみに結奈はここにはいない。
結人は二年一組であるのに対して結奈は八組だ。
一から四までが文系で、五から八までが理系のクラスになっていて、一から三までは特に関係ないが、四組は成績上位者で固められている。理系にも同じことが言えるので、結奈は理系のハイクラスと言う事になる。
勉強が出来ないわけではない結人もその気になればハイクラスに入る事も出来たのだが、それこそ結奈と文理は違えど同じ土俵に上がってしまえばまた比べられてしまう。それだけは勘弁してほしかった。
廊下側の一番後ろの席。
そこが結人の根城だ。扉が開け閉めされるたびに風が入って来て鬱陶しい席なのだが、意外にも気に入っている。
鞄を置いて椅子を引いて席に着いた。ここでようやく一息つける。相変わらず周りはうるさいが、誰も期待の目や嫉妬の目で見ないだけましだと思っている。
「おはよう、結人君。今日もギリギリだね」
「そうだな、出来れば学校に来たくないし」
「そう、楽しいじゃん」
「どこか」
「う~ん、確かに東雲さんと比べられると思うとちょっと……」
「分かってんじゃん」
話しかけてきたのは隣の席の西城沙織だった。活発系の女子で実際陸上部に所属している。スポーツによって鍛えられている体は程よく引き締まっていて冬も近づいているのに周りの女子と比べるどことなく肌が焼けていた。それもまた健康的で可愛らしいと思う。
「大変だね~」
「あはは、そうだね」
同情するなら金をくれ。
憐憫な目を向けられることは珍しくない。
こう見えて沙織と付き合っている。何一つ結奈に秀でているのがないのでせめて青春を謳歌したいのだ。実際、沙織は親身になって考えてくれるしさばさばとした性格と重なって悩んでいるのがばかばかしくなってしまう。
それからも沙織と世間話をしていく。別に結人は嫌われていないし、女子からの好感度は高くはないが低くもないだろう。むしろ、高嶺の花である結奈に話しかける足掛かりとして結人に接触してくる生徒もいる。
沙織は違うが、ほとんどの生徒にとって結人は結奈の劣化版であって、結奈が存在して初めて価値を見出す事が出来ているのだ。
こうしている間にも時間は過ぎて、元々ギリギリで登校していたため時刻は早くも八時三十分を指した。その時間はホームルーム開始のチャイムが鳴る時間。担任は一分遅れて教室に入ってくるのが通例になっていた。
――しかし。
ピンポンパンポーン。
聞こえてきたのはチャイムではなく放送を始める時に使われる電子音。いつもの少し音痴なチャイムじゃなくて何人かの生徒がきょとんと上を見上げたが大半の生徒は興味がない。そもそも担任が来るまでは騒いでいるクラスなので仕方がないかもしれない。
電子音が聞こえてから十秒後、ガサガサとマイクに息でもあたっているのか雑音が聞こえてきた。そこだけ音量が大きく騒いでいた生徒も静かになって一斉に上を見た。
『えー、初めまして皆さん。どうにかこうにか準備も終わってようやく繋がりました。儀式の用意も済んだので早速こっちに来てもらいたいと思います。あ~、一応言っておくと拒否権はありませんから。まずは選別ですね』
ざわざわと後ろでノイズが響いている。電波の入りが悪いラジオみたいだ。しかし、誰もがそんな些細な事気にしていない。その声は抑揚がなく原稿を読んでいるだけの棒読みで、真意が全く探れない。
曲がりなりにもここは進学校。学校の、それも就学時間中に行う悪戯にしては品格を著しく欠いている。騒いでいた生徒も不良ではない。きちんとした教育を行っていてオンとオフの切り替えが著しいだけ。
誰もが頭に「?」を浮かべる。
嫌な沈黙の時間が流れた。それはまるで嵐の前の静けさの様。
結人も他の生徒同様に目をぱちくりさせて状況の把握に努めていた。しかし、分からない。
「うわぁああああ――――――――――――――!!」
そんな静寂を破ったのは男子生徒の悲鳴だった。この生徒は寒いのにはしゃいでいたためブレザーを脱いでシャツだけになって袖を捲り上げていた。
『――ッ!!』
席から立ち上がって慌てて震えている男子生徒。しかし、その動揺はすぐに他の生徒に伝染していった。
「なんだ、あれは……」
目を疑った。
男子生徒の捲り上げている左腕には肘から先、ぐるぐると巻きつく様に蛇の痣が刻まれていた。その色は真っ黒で今にも動き出しそうな威圧を感じた。
「いや――――――――ッ!」
今度は別の生徒が腕を捲ってみるとやはり左腕に蛇の痣が刻まれている。しかし、こっちのヘビは白色をしている。形は同じだが、色は違う。
それからも教室中で悲鳴が交錯する。
同じ蛇の痣に白と黒のバリエーション。共通点は分からない男女でもなければ、スクールカーストでもない。
「俺もか……」
この流れでは当然と言えるのだが、結人の左腕にも蛇の痣がいつの間にか刻まれていた。朝、着替える時にはこんなものなかったと言い張れる。いつの間に? 考えるだけ無駄だ。
さっきの放送が何かしらの鍵になったのは明白。
「あ……結人君もなんだね」
「沙織……お前も黒か」
「これ何……? 一体私の体で何が起こったの」
腕に刻まれた黒い蛇。こうして自分の腕に刻まれていると胎動しているかの様な感覚に襲われている。
「いや、いやだぁああああああ!!」
最初に痣を見つけた生徒が発狂でもしたのか、精神を壊されたのか理解不能な状況で正常な判断力をなくしてしまい窓を開けようとするが開かない。鍵を開ける事すらも出来ていない。
それがわかると余計に顔を蒼くして結人の後ろにある廊下との扉に駆け寄ると必死に開けようとするがびくともしない。まるで、扉であった事を忘れて扉の姿をしている壁に手をかけている様に見えた。
「なんなのこれ……私たちどうなるの……」
沙織も混乱しているのか息が荒い。教室内誰もがそうだ。いつの間にか腕に痣が刻まれていて外には出られない。しかし、結人は比較的に落ち着いていた。それでも、心拍数は正常時に比べるとずっと上がっていたのだが。
――皮肉だね。
思わず息を漏らす。
結奈と比べられた日々に感じていたストレス。今になって見ればそのストレスが色々と耐性をつけてくれていたらしくこんな理不尽な状況に陥っても動じにくくなっている。
ピンポンパンポーン。
再び放送の音が聞こえると、騒いでいた生徒たちが一気に静かになった。原因はこの放送だと誰もが理解して、解決策もこの放送からでしか得られないと本能的に察したからだろう。
『少しタイムラグがありましたが、ようやく選別が終わりました』
抑揚のない声。だからと言って機械とも思えない。誰もが固唾をのんで先の言葉に耳を傾ける。この蛇は何なのか。何より痣のはずなのに蠢いている様な感覚を覚える時がある。
『それでは皆さん、こちら側でお待ちしていますね。是非とも我等一同を楽しませてくださいね』
バシィイイとテレビの砂嵐の様な音を立てて放送が途切れた。
今思えばきっとここが最終地点だったのだろう。これから始まる地獄を体験する事無く、色々と覚悟を決めて自殺する事が出来たのは。
「な、なんだ!?」
物音を立てる事なく教室の床に幾何学な円形の模様が浮かんできた。最初は小さな円だったが、一気に大きくなって教室全体にまで広がった。その模様は健全な男子高校生なら一度は目にした事がある。
同じではないが、似ている物ならば。
「魔法陣……」
誰かがそう言った。