第18話 『力の片鱗』
やれる事はなんでもしないと。
「努々忘れるなよ。俺はお前らの無責任の悪意によって殺された。俺は被害者だ。お前達のくだらない価値観――弱者が善人、強者が悪人の方程式によって俺は排除される。俺がこれからするのはただの自己防衛だ。世界が敵に回ると言うなら――俺が世界を殺してやる」
「そんな事、わたくしの目が黒い内はさせないですわよ」
声と共に何かが急接近してきた。目ではなく感覚で相手の位置を探ると、瞬時にその場から引いた。ドンッと爆発音がしてさっきまでデュークがいた箇所から煙が立っている。
その中から出てきたのは巨大な戦斧を持っているエミリアだった。
その瞳は獲物を見つけた捕食者の様。肩に乗せている戦斧は本物ではない。彼女の潤沢と言える魔力で再現したものだが、刃こぼれがしない分本物よりも性能が良いかもしれない。
「まさか、狂血が生き残っていたとは。つまりなんですの? あなたはわたくしのは又従妹でいいのかしら?」
「そうなるか、不本意だけど」
「それはこっちのセリフですわ。おばあ様に続いてわたくしまで血縁者を殺さないといけなくなるとは」
「へえ、あんたに俺が殺せるのか」
その問いかけに答える事なくエミリアが再度肉薄してくる。魔力で身体能力を底上げして戦斧を振るって来る。合理的な戦法と言える。魔法が得意だからと言って考えなしにぶっ放してくれば周りにいる野次馬を巻き込んで大惨事になってしまう。英雄たる者、善良な市民を傷つけてはいけない。
そこがエミリアとデュークの違いだ。
「そんなものか」
巨大な戦斧を振りかざしてデュークに襲い掛かったが、瞬時に狂血で右腕を覆い、すぐに固めて血でコーティングすると、その一撃を掌だけで受け止めてしまう。
「え……」
「英雄の孫、あんたは海を知らない蛙だ。世界は広いんだぜ」
パキィンと綺麗な音を立てて戦斧の刃の部分を握りつぶしてしまう。具現化している武器は一部でも欠損すればイメージと相反するので霧散してしまう。
「くっ」
「遅い」
すぐに違う魔法で対処しようとするが、本気のデュークの速度についてこられるはずがない。素早く腹に一撃入れると昏倒させて倒れた頭を足で踏みつける。
「英雄を見下すっていうのもいい気分だな」
「なんで……あなたはそんなに目立つ成績は残していなかったはずですわ」
「能ある鷹は爪を隠すもんだよ。下手に目立ちたくないだろ。だけど、これだけは言える。本気の俺、結構強いよ。少なくともあんたよりは、な……」
踏みつけている頭にもう少しだけ力を加えてみる。
「ああああああああ!」
ミシミシと軋む音が聞こえそうだ。
こんな事をやりながらだが、抵抗なく出来る物だと驚いている。世界の半分を飲み込んだユートの記憶を引き継いでいるため今更一人を嬲る事に特に思うところはない。
殺しを特別にしないために殺していたのだから。
「そこを通してください」
人海を割って出てきたのは四人の治安維持部隊。特に優秀な人間ではないと就くことが出来ないエリートで、人よりも優れている分取り締まりもスムーズに行う事が出来る。
「通報を得てここに参りました。あなたが狂血を発現した学院の生徒ですね。国で保護をいたしますのでご動向を願います」
「それで、俺の体を使って実験をするんだろ」
「そんな事は」
「誤魔化すなよ。後、一緒にはいけねえよ。気が変わった。こいつらが俺を受け入れてくれれば考えなくもなかったが、それを拒絶された今、憂さ晴らしに世界を壊してやるよ」
「!」
普通なら戯言だと斬り捨ててもいいのだが、世界の半分をたった一人で飲み込んだ以上、嘘だとは思えない。その気になれば出来てしまうのだと理解してしまう。
「だったら、無理やりにでも」
手に持っているのは魔法による加護が施されている槍。一級品だと分かる輝きを放っている。
「そんな物騒な物をこっちに向けないでほしいな」
液体状の血を切り取ると素早く針の形にまとめて、それを四つ用意すると特に殺気を出す事もなく四人の体に向けて放った。咄嗟の事で反応できずに体のそれぞれ違いはあれば腹部に刺さって体内に潜った。
「何を……」
「ここで簡単な質問をしよう。自分の血液型とは違う型の血が体内に混入した場合、どんな現象が起きると思う? その答えは自分の体に訊いてみてよ」
四人の治安維持部隊の人が、その言葉の意味を理解するのはたっぷり十秒かかった。正確に言えば理解するよりも先に理解させられてしまう。
『あぁああああああ―――――――――――――――――――――――――――――ッ!!』
全身を突き刺すような激痛。
まるで地獄の刑でも受けていると錯覚する程に痛い。もはや痛いなんて簡単な言葉で片づける事が出来ない。
血管の内部から針で刺されているかの様なきっと人生で体験できない痛み。死んだほうがましだと思える。加えて、風邪のような症状に寒気まで、お試し体験でもやりたくないレパートリーだろう。
「安心しなよ。俺には嬲る精神は持ち合わせていないから。少し激痛を我慢すればすぐに楽になれるから」
激痛から失禁すると、その尿の色が茶色になっていて体の色もどんどん黄色に近づいている。溶血が進んでいる証だ。彼の血は他の血と根本的に異なっている。体内に入れれば通常の輸血反応を起こすが、その進行速度が洒落にならない。
僅か数分に死に至る。
「俺が思いつく中で最も低コストで痛みを与えて殺す方法だ。気に入ってもらえたかな」
四人は既に死んでいる。
地面に横たわって穴と言う穴から体液を漏らして必死に生にしがみついたのか、伸ばした腕は天を向いていた。
狂血が最恐と言われ続けた由縁はこれである。
ユーナの人を助ける『聖光』と異なってユートの『狂血』は差別する事無く全員を殺すために使われた。つまり、一体多数を想定しているので、とにかく相手を傷つける事を最優先に構築されている。
仮にユートに仲間でもいれば、フレンドリーファイアを防ぐためにも一気には使えなかった。彼が一人だったから成し得た事でもある。
「なんて事をしたの。この下郎!」
「俺の身を守るためだ」
「ふっ、そうやって正当化していればいいわ。悪は必ず正義に屈するもの」
「それがどうも! だけど、俺は対話を望んだのに拒んだのはそっちだろ」
「あぁああああああ!」
更に踏んでいる力を強めてやる。ここで重要なのは強め過ぎない事だ。死んでしまえば楽になれる。絶妙な力加減で踏み砕いてしまう四分の五で押さえておけば最も痛い実を与えつつ生かしておける。
なりふり構っていられないのだ。出来る限りの事をしてここから一旦逃げて体勢を立て直す必要がある。
「ん……?」
少し考え事をしてそれの発見が遅れてしまった。群衆の中から何かが飛び出してきた。丁度両者の中間地点まで来たところで日中の辺りを光で覆い尽くしてしまう。
「閃光弾ッ!」
咄嗟に目を瞑るが遅かった。余りに突然の事でデュークを始め誰もが目を潰されてしまいここで動けるのは投げた本人くらいだろう。
「――ッ!」
目が見えなくても気配を感じ取る事は出来る。何かが急接近してきて、それは明確な殺意を持っていた。本能的にデュークは体を横にずらした。すると、左胸の下に深々と何かが突き刺さって来た。
「エミリア様を離してください!」
徐々に回復していく視力が映したのは同じ制服の女子だった。曲がりなりにも英雄の孫、それはビップ待遇が約束されていて取り巻きだっている。彼女はその一人。っていうか、さっき見ていた一人だ。
心臓には突き刺さってはいないが左の肺は直撃を食らい彼女も確かな手ごたえを感じている。
「ミーナさんっ、なんでここにっ! いけませんわ!」
「私がお助けいたします!」
「いいね、涙涙の友情物語」
「!」
ナイフから彼女の手の震えが伝わって来る。心臓とは言わなくても肺を貫いているのだが多少の動揺や反撃があってもおかしくないのにデュークは落ち着いている。そして、気付いた。ナイフで確かに刺しているのに血が一滴も流れていない。
「俺の意識下において血は全部制御する事が出来る。まあ、そんな事はどうでもいいか。俺はね。ついさっき裏切られたんだよ。別にそれに関してどうこう言うつもりはないけど、そうだな~、今は他人の友情が妬ましい」
「えっ――」
踏んでいた足を移動させてミーナに一気に迫ると何もさせる暇も与えずに、その首筋に噛みついた。全身が震えているのに動くことが出来ない。見る見るうちに血の気が無くなっていき白くなっていく。
狂血を宿しているため、他の人間が持っている血なら血液型に関係なく体内に入れても問題ないし、他の血を自分の血にして急速に回復させることが出来る。別に、口からじゃなくても吸収できるが、効率的に口が一番なのだ。
ぺっと吐き捨てて口元に流れていた血を指で掬う。
「ミーナさん!」
自由になったエミリアが駆けつけてみるがその体は冷たい。それはそうだ。全身の血を抜かれたのだ。動く事も無ければ息もしていない。
「どうして、どうして……」
涙を流し、拳で大地を殴る。その声には怒りが含まれていて、その目には憎悪が滲み出ている。ここでようやく他の人の視力も回復して、一瞬して変わってしまった光景に息を呑んだ。それでも逃げないのは、どこか夢見心地な所があるのだろう。
「どうして、こんな事が出来るのよ。どうして、こんなに人を傷つける事が出来るのよ! どうして、ミーナさんがっ! 同じ学院生にすら手をかけるあなたはもう人間ではないわ。この化け物が!!」
「お前だって同じ学院生の俺を殺そうとしたのに都合のいい事を言うんだな。まあ、そっちがどう思っても知らんけど、俺に言わせてみれば俺等は進化した人類だ。進化を諦めて地べたで蹲っている連中に何を言われても興味がない。俺はそんなに暇じゃないんだ」
温度を感じさせないその目は、本当に人間を辞めてしまったとしか思えない。
「どうしてわたくしが負けるんですの……。わたくしは英雄の孫でしてよ。こんな事があっていいわけが――」
「自分の弱さを人のせいにするな。でも、強いて言えば英雄とは無垢なる子供に資格を与えられる。お前は欲望に塗れ過ぎているんだよ。どっちかって言うとあんたはこっち側の人間だと思うけど。力を得たいのなら、一途に何かを思い続けてみればどうだ。何かが変わるかも、しれないぞ」