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罪人の孫  作者: レム
第1章 『災厄、再び』
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第16話 『蘇る悪夢』

 いつも通りの学院の帰り道。

 デューク、ディラン、マナークは揃って近くの市場に顔を出していた。この辺りでは一番大きな市場で学院からも近いのでよく利用していて、他の学院性も見える。


「何か買うのか」


「買い食いは学生の特権だからね」


「無駄な出費は抑えた方がいいのでは」


「そんな事ばっかり言うと小さい人間になるぞ」


「誰がですか」


 少々ディランは金遣いが荒い面があるが、それでも、気持ちよく使っている光景にはこっちまでよく分からない満足感を得る事が出来る。

 露店が数多く並んでいる光景にディランが目を奪われてあっちに行って、こっちに行ってとにかく買いまくっていた。

 その手にたくさんの商品を抱え、口には串焼きを咥えて戻ってくる。


「たくさん買ったな」


「おう」


「計画性と言うのを――」


 マナークの小言は長いので無視して先に行こうとすると、さっきまで笑顔の化身になっていたディランの表情が消えて、軽やかなステップを刻んでいた足もすっかりと止まってしまった。


「どうしたディラ……ン……」


 問いかけつつその方向に目を向けてみれば答えは簡単に転がっていた。


「あ~」


「ぐぬぬぬ」


 歯噛みしているディランは向けている視線の先には買い物を楽しんでいるエミリアの姿があった。周りに同じ制服を着た生徒どころか人がいないので一人で買い物に来ている事になる。いや、よく見れば遠くに取り巻きがいる。あんな性格だけど、――あんな性格だから引き寄せられる人もいるのだろうか。


「ふん、あんな態度を取っているから誰も一緒いないんだよ」


「まだ根に持っているのか」


「そう簡単に忘れてたまるかってんだ」


「禍根は深そうだ……」


 元々、エミリアは座学こそ一緒になる事が多いが適正的には白制服なので魔術分野に秀でているのだ。何かトラブルを起こさない限り接点を持つ事はない。

 大きな道を挟む様にして露店が並んでいるため、ここでも注意しておけばいちゃもんをつけてくることはない。多分、これも自意識過剰で向こうとしては他の生徒なんて羽虫程度しか思ってない。


「あれで成績が悪ければ笑ってやるのにな」


「逆だろ、優秀だからこそ鼻を伸ばせるんだと思う」


「でも、それで周りから浮いていたらどうしようもないじゃないか。俺としては何でもかんでも平均なデュークの方がいいともうぜ」


「それは褒めているのか」


「当たり前よ」


 ここで、小言で話しているよりもずっと大きなプレッシャーの中に彼女はいる。高飛車に振る舞っているのは自分を守るため、そうしないと偉大過ぎる祖母の重さに耐える事が出来ない。

 ――まあ、俺には関係のない事だ。


「そ、俺は友達で良かったと思ってる」


「この人は恥ずかしい事を平然と言ってきましたよ」


「俺でも無理だな」


 思いっきりが良い所がディランの持ち味だが、さすがに男同士でこれは恥ずかしい。と言うよりも変な噂が立ってしまうそうだ。

 

 それからも適当にぶらぶらとする。次第に集まって来る生徒も増えてきて市場には生徒で溢れていた。

 誰もが目的を持って来ているわけではない。ほとんどの生徒はウィンドウショッピングを楽しんでいる。デューク達もあの後、買い食いはいったん収まって目的もなくフラフラとしていた。

 きっとそれは端から見れば何も面白くない日常のワンシーン。女子にもてるわけでもなく、成績が優秀ともいえない男子学生が送るただの日常。

 しかし、日常と言うのは緻密に計算された盤上に上に成り立っている。一つの駒でも、一つのピースでも欠けてしまえば簡単に崩壊してしまうトランプタワー。

 さらに言えば、崩壊の瞬間は何の前触れもなく唐突に訪れるものだ。


 キィイイイイイイイイイ――――――――――――――――――――――ッ!


 遠くから何か音が聞こえた。気になったデュークはそっちの方を見てみれば大きな客車を引いている二頭の馬が大暴れをして市場の道を爆走している。トン単位の質量を持つ馬二頭に同じかそれ以上の客車。掠りでもすれば大けがは免れない。

 御者を務めているおじさんは必至に宥めようとしているが一向に効果が現れない。


「ディラン! マナーク!」


「ちょ、これやばくないか」


「やばいのです」


 一直線にこっちに向かって来ていた。よく見れば片方の馬の目には何か赤い物が付着していて両目の視界が塞がれている。恐らく売られている野菜の何かがふとした事で目に当たってしまい吃驚した馬が暴れ出して、つられてもう一頭の馬も暴れ出したのだろう。


「逃げ――」


 余りの唐突なイベントに反応するのが少し遅れてしまう。


「ちぃ!」


 舌打ちを一回するとディランとマナークの背中を押して横に押し出した。これで二人は暴れ馬の攻撃範囲から脱しただろう。多少ぶつかっても男なら耐えてほしい。次にデュークも逃げ出そうとしたのだが、一歩遅かった。物色していた露店の店主ごと纏めて馬と客車に撥ねられてしまう。


「――――ッ!」


 馬の蹄が鳩尾を強襲し、掃かれる埃の様にぐちゃぼろになりながら暴風雨が去っていくのを待った。その間、頭を蹴られ、車輪で体を轢かれ、砕けた露店の木片がいくつも体に突き刺さっていく。

 しばらくして馬は足を粉々になった木片にとられてしまい大きくこけて推進力を失った客車も大破損をしているが何とか止まった。

 辺りは騒然となった。

 ここを通る馬は気性のおとなしい種類に限られるのに人通りが多い時間帯に暴走して、それに学生と店主が巻き込まれたのだ。密集地帯で二人しか巻き込まなかった事を僥倖と受け取る者はいない。誰もがわかりやすく表情を暗くして事の成り行きを待った。

 時間にして十秒にも満たなかっただろう。はっと我に返ったディランとマナークは大きな声で呼びかけた。


「デュークッ!」


「返事をしてください!」


 二人も完全に無傷とはいかずにかすり傷で済んでいるが負傷をしているが、そんな事にかまけている余裕はない。

 御者のおじさんは客車の中にいただろう客の身を案じて最優先に救出している。自分も腕を負っている様だが、形としては突っ込んだ方になっているので片腕の骨折程度で済んでいる。中にいた客も客車がクッションになってかすり傷で済んでいるが、巻き込まれたデュークと店主はそれどころではない。


『誰か治安維持隊を連れてこい!』

『誰か助けてあげて!』


 様々な悲鳴が交錯する。 

 誰もが声を上げて助けてあげて欲しいと叫ぶが、誰一人として助けに行こうとはしない。あくまでも傍観者に徹して自分の目の前で起きている一番近くて遠い映画を見ている気分になっている。


「だぁあああああああ―――――――――――――――――――――ってくそがぁあああああ―――――――――――――――――――――――――ッ!!」


 変な掛け声と共に藻屑と化している木片の中からデュークが出現した。辺り一面の木片を吹き飛ばして虫の息ながらその場に立ち上がる。隣には気絶している店主の姿も確認できる。

 最初、皆は共通認識で巻き込まれた学院生が生きていた事を喜んだ。しかし、その一秒後には誰もが息を呑んだ。さっきまで野次馬も含めて騒然としていた周りの時間が止まってしまったと錯覚してしまう程に急速に確実に音を消してしまう。

 理由は簡単だ。

 肩で息をしながら木片の中立っているデュークは全身から血を吹き出していた。止めどなく流れるそれはまるで異物の体内への侵入を拒んでいるかの様で重傷には違いないのだが、この沈黙は他に理由がある。


「黒い血……」


 それは最大の悪夢である。


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