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罪人の孫  作者: レム
第1章 『災厄、再び』
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第14話 『狂気』

 放課後は生徒に与えられた自由時間。

 学院の生徒として恥ずかしくない行動をとればどんな事をしていても大丈夫。まあ、生徒らしさに欠ける行動はそのまま犯罪に関する行為や品格を問われる行為に分類される事も多いのでほとんどの生徒には無縁の話と言える。

 この国は狂血が滅ぼした国に、賢者たちが新しい国を作った事が始まりとされている。その際にできうる限りの事をしたらしくて国の至る場所には監視用の魔法陣が展開されていて他にも防犯に関する仕掛けがとにかく多い。

 しかし、デュークは知っていた。

 賢者と呼ばれている人も少し前までは自分とあまり変わる事のない学生をしていたんだと。慣れない環境や境遇で戸惑ったのはよく分かるし、実際治安の維持に関してはどの国よりも真剣に取り組んでいてほとんど死角がない程に厳重に張り巡らされていて、しかも巧妙に隠しているので普通の人が発見できる可能性は少ないし、誰にとっても暮らしやすい国と言える。

 だが、これだけは覚えておかないといけなかった。

 物事に置いて完全とか、完璧と言う言葉が存在しない事を。

 共和国の中心から程近い様々な実験場を抱えている工業地帯。

 街が街の形をしているのなら必ず光が差している場所もあれば陰で隠れている場所がある。これを覆す事は出来ない。どれだけ整備された法にも抜け道がある様に綺麗な国にも汚い部分は存在する。

 二十歳付近の女性がその場所を足早に過ぎ去っている。目的地に向けてここを通るのが一番早いのだが、立ち入りは禁止されていないけど誰もしない静けさに、途中で廃棄された数々の実験場が目に入る度にぎょっとしてしまう。

 ここでの嫌なうわさは知っていたがまさか自分が引っ掛かるとは思っていなかった。そして、大概そういう時は実際に引っ掛かって後悔するのが定番と言える。


「キャッ!」


 満足に悲鳴すらあげさせて貰えずに背後から紐で口を塞がれた後、抵抗する間もなく首裏に衝撃が走り意識を失った。

 別名、犯罪地帯。

 国の発展やまだ半世紀の歴史しかない新興国として外交に徹さないといけないため国内から置いていかれた負の場所。監視の目がないそこは無法地帯となっている。

 最初に気付いたのは痛みだった。

 目を開ければそこには複数の男たちがいて自分を取り囲み荒い息を立てながら暴力を振るっていた。


「いや! いや!」


 抵抗しても遅い。

 四人の男が自分を襲っている。暴力に慣れている女性はほとんどいないだろう。彼女も初めての激痛に身を捩り、涙を振り払って必死に抵抗して見るがそれぞれ左右の手を男が抑え抵抗すらできない。

 よく見れば地面には赤い血が溜っている。気付かない内に多くの血を流し過ぎていた。

 女性を見る男の目は、まさに野獣だった。同じ人として見ていないその目には恐怖しか感じる事が出来ず、ただただ怯えるだけだった。

 悲しい……そんな感情ではない。絶望。

 抵抗する元気すら奪われていく。


「はははっ、どうしもっと抵抗してみせろよ。そっちの方が燃えるんだけどな」


「げげげっ、でも声を出したところで誰も助けに来ないけどな」


 その言葉は正しい。

 急いでいなければ自分だってここを通らなかった。共和国は法治国家で暴力関係の罪は重く設定されているのだが、見つからなければどうってことはない。そしてここは見放された場所。

 誰も助けには来ないし、仮に人が通りかかっても自分を助ける理由が存在しない。見て見ぬふりをして通り過ぎた方が賢明の判断と言える。


「おらおら、もっと抵抗してみせろよ」


「はははは、こいつ漏らしてやがる」


 もう、自分がどうなっているのかが分からない。どこを殴られて、どこを蹴られて、どこを怪我をしているのか分からない。

 いや、分からなくていいだろう。きっと、分かれば自殺したくなる。


「ははははははっ―――――――――――――――――――――!!」


「もっと、もっと、もっとっ!!」


 男達のテンションが最高潮に迎えようとした瞬間。


「こんな時に邪魔をされるって最高に最低の気分だよな」


 陽も沈みつつある人気のない路地。

 この男たちだって堂々と道の真ん中で行為をしているわけがない。万が一の発覚を恐れて入り組んだ路地でやっていたのに、そこに若い男の声が響いた。

 大きく膨らんだ男のそれが急速に萎んでいく。出したわけではない。雰囲気を壊されたことによって一時的な賢者タイムに突入しているのだ。


「なんだ。てめえは! 勝手に邪魔しやがって」


「はははっ、それは悪かったね。謝るつもりはないけど、謝っておくよ。ごめんね」


 目にかかる深蒼色の髪。

 十代後半くらいの中肉中背。豪快とは言えない普通な体型。


「この女に知り合いか」


「違うよ。ちょっとここに用があったんだ」


「用だと」


 男たちはお楽しみを邪魔されて随分と怒り心頭の様だ。荒れ狂って鼻息が隠す事無く漏れている。


「ガキィ! あんまり大人を舐めると痛い目を見るぞ」


 近づくと、右手を伸ばしてそのままネクタイになっている首元を持つと片手で持ち上げてみせるが、デュークは一切動揺を見せない。


「用があるんならさっさと済ませな。そして、早く立ち去れ! ここの事は他言すんなよ。いや、信用ならねえ。殺した方が良いか」


「安心しろよ。俺も長居はする気がない。人生で求められているのは合理だからな。無駄な事に時間をかけるのは愚の骨頂。今日来たのはただの八つ当たりに過ぎない」


「なに――?」


 次の瞬間。

 デュークの首元を掴んでいた男の視界がぐるっと回った。そのまま高度を下げていきやがて地面と後頭部がぶつかった。最初は何かの体術で体を投げられたのだと思ったのだが、男は自分の目を疑った。なぜなら、転がる頭の視界の端にはデュークの首を掴んでいる自分の姿があったのだ。正確に言えば頭のない姿の自分が。


「――――――――――――――――――――ッ!!」 


 声を出そうとするが、声帯と切り離されている以上出るわけもなく無情に口が開くだけ。それらにかかった時間一秒足らず。次の一秒後には目の前の視界が真っ暗になって彼の意識は消滅した。


「――っと」


 首を飛ばされ遺骸と化したそれはバランスを崩して倒れた。しぶとく首元を掴んだままだったので一緒に巻き込まれそうになったがなんとか振りほどいで両足で着地した。


「なかなか使える様になってきたな」


『――――』


 そこにいた誰もが目を疑った。特に男衆は一気に顔色が無くなっていく。それは意識して恐怖を覚えたわけではない。本能的に恐怖を感じて体が震えている。

 それもそうだろう。

 彼は同じ人間とは思えないのだ。

 デュークの足元には陽が落ちて伸びている影に加えて血の池があった。すべてが自分から流れた血で、そこから二本の鎌の形をした血が伸びて来ていてそれが男の首を一撃で落としたのだ。

 影が変化している様にも見えるが紛れもなく血。


「どうした? なんで震えてんだ」


「お、おおおおおおおおおお前、自分が何をしたのか分かっているのか」


 事を楽しんでいた男が声を震わせながら訊いてくる。


「何って、お前らと一緒の事だろう。いつ自分達が完全なる捕食者だと錯覚したんだ? 誰かを食っていいのは誰かに食われてもいいってことだよな。そんな覚悟も無くて誰かを襲っていたのか? とんだ、腰抜け野郎ども」


「――――!!」


「これまで散々食ってきただろう。なら、今日は俺に食われろ。幸い俺は悪食だ。くそ不味そうだけど我慢して食ってやるからさ」


「――ひっ、だ、誰か助けてくれ!!」


 恐怖に負けて声を出すが、デュークは口止めはせずにくすくすと笑っている。


「何情けない事をしてんだ。お前達が言っていた事だろう。ここでは誰も助けに来ないってな。後学のためにいい事を教えといてやろう。誰かを襲う時は誰かに襲われてもいい空間に限定するんだな。じゃないと、こんな時に逃げ場がなくて自分達を追い詰めるだけになるぞ」


「あ……あ……」


 明らかに男達よりも年下なのに迫りくる恐怖は本物で、自分達が如何に驕っていたのか今更痛感した。


「メインディッシュを頂く前にもう少し準備運動をしておいた方がいいな」


 鎌の形をしていた血がただの液体に戻ったかと思うと今度は人の手になった。約三十の手になった狂血は首のない男の遺体に殺到していく。そして、そのまま掌で男の肉を掴んでいく。


「さすがに人の肉を掴む程になると、この数はきついか……」


 まさにこの世の光景とは思えない。

 夢なら覚めてほしいと思う。


「なんだ、なんなんだよ! それはッ!! その黒い血はッ!!」


「教育が行き届いていないぜ。どんな学校だって習うだろ。最悪のエクストラの事は」


「あれが討伐されたのは四十年も昔の話だ……ここにいるわけが……」


「誰が言った? 誰が証明した? エクストラが遺伝しないと。そして、それを使いこなそうと練習をしている奴がいたって何もおかしい事はない」


 理不尽な発言には例外がある。それは圧倒的強者から向けられる理不尽は現実となって襲い掛かって来るのだ。


「さあ――練習を始めようか」


『う、うあぁあああああああああああ!!』


 一目散に逃げてしまいたいが、ここは路地。それも奥は行き止まりで両側は高い壁に阻まれている。逃げるにはどうにかしてデュークの脇をすり抜けて行かないといけないが、そんな事が出来れば苦労しない。


「おとなしくしていてほしいな。じゃないと手元が狂う」


 今度は掌と鎌と両方の形を同じ数だけ出して異なる形状の動作がうまく行くのか、そんな実験を行う。


『ぎゃあああああああああ―――――――――――――――――――――――――ッ!!』


 肉を斬られ、肉を剥ぎ取られた男三人はすぐに事切れて、ただの肉塊となってデュークの足元に転がった。


 あっけないな。これじゃ満足行く実験にもならない」

 嘆息すると血をただの液体に戻して体に回収していく。回収しながら襲われていた女性に向かって行く。女性はこれまでの光景からデュークに恐怖しか覚えていなくて、遥か高位の存在から向けられるプレッシャーに抵抗する事すらなく空笑いをしながらおもらしをしている。


「やあ、あんた大丈夫だったか」


「あ、……はい」


「それは良かった。とんだ、災難だったな。それに運が無かったな。ここは通るなって言われなかったのか」


「――それは急いでいたから」


 全身は変わらず痛いが、心なしか心が軽くなった気がした。危機的状況に参上した彼がまるで英雄に見えたからだ。だからこそ、彼の血が黒かった事は些細な事に過ぎない。


「それにしても、血が流れたな」


「でも、生きているので……」


「そうだな、これ以上、血が流れるのは……もったいない」


「え……今、なんて――」


 その言葉を最後まで言い切る事は出来なかった。デュークは一瞬で肉薄したかと思うと、血を使って彼女の体を持ち上げるとその首筋に噛みつく。そして、全身が干からびるまで血を吸い尽くしして地面に吐き捨てた。


「同じ血でも男よりも女の方が甘美に感じるのはなんでだろうか。いよいよ俺も化け物の仲間入りでもしたって事かな」


 口の奥に残っていた血をぺっと吐き出す。

 これで目撃者は全員消した。

 彼はただの練習をしているだけで自分の存在を公にするつもりは一切ない。出来ることならこのまま穏便に済んでくれれば何より。


「だからこそ、後片付けは重要」


 ここで一回呼吸を整える。

 狂血は使うたびに量に応じて体を引き裂き血を流して利用する。当然、身を引き裂く激痛に耐える必要性がある。


「がぁああ……」


 腕から、足から、全身から血が噴き出して彼の足元に広がっていき、なおも出血は止まらずに路地全体を覆ってしまう。正確には今日実験に使った男を補給にために血を吸った女の周りに血を広げる。


「『(ブラッド)(スワンプ)』」


 一回何もないのに血が波打ったかと思うとその上にあった生物だったものを飲み込んでいく。


「くっ……」


 自分の中に異物が入って来る感じには慣れないが被害があるわけではないので耐えて全部を飲み込むと血を回収していく。傷口から全身に戻っていくとそこは急速に治癒していく。

 これも狂血の能力なのだが、裂傷と治癒を高速で行っているため彼の寿命はかなり縮まっている。それを回避するためや、失った血を回復するためにも血を吸う必要がある。


「自分で言うのもあれだけど、ほどほど人間とは思えないな……」


 苦笑すると学院の制服を翻してその場を去っていく。

 あっという間に五つの命が失われたというのに、その場所が信じられないくらいに静かなままだった。


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