第12話 『英雄の孫』
例外ももちろんあるのだが、基本的に授業は午前中に座学を行って昼からは実習になる事が多い。この場合、黒制服は体術関連。白制服は魔法実習となっている。
逆にしない理由は分かると思うが、そうすれば疲労感から昼の授業で寝てしまうのは確定だ。誰もそんな事はさせない。
そんなこんなで今は四時間目。授業時間も佳境に差し掛かって正直な事を言えば最もお腹が空いて眠くなると言うよりは無気力になる時間だ。しかし、この時間に限って、そして、デュークが選択科目の内、文系の教科を選択している限りこの時間を無気力なままですごく事はあり得ない。
使われている教室は段々教室で生徒に数に対して椅子の数が同じになっている。だからこそ、空席の数を数えれば欠席者の数が把握できるメリットがある一方、他人に代返を頼む等の抜け道が使えない。
しかし、真面目な学生しか通わないと言われているユーナ学院に置いて卑怯な手を使って休む人間はいない。空席があると言う事は体調不良や家の都合で止む無く欠席しているだけで逆に周りから心配されるのだ。
現在も前側の席に座っているデュークのずっと後ろ、最後方の先が一つだけ空席になっている。誰もその責について言及する事無く担当教師もどこか辟易した様子でちらちらとその椅子を眺めている。
きっとこの教師は新年度、あの生徒が自分の授業を履修する事になったと知るや大きく落胆した事だろう。一種の差別につながる行動だが、きっと周りの教師も大いに同情してくれたに違いない。
授業終わりまで残り十五分の所で事件は起こった。
ガラガラ! と教室と廊下を隔てている扉が勢いよく開けられる。当然授業中の入室はやむを得ない時だけで、それも周りに迷惑をかけない様にひっそりと行うものだ。こんなふうに大きな音を立てれば周りの迷惑な目線だけでなく教師の喝が飛んでくるところなのだが。
「ご機嫌いかがかしら、皆さん。あら嫌ですわ。そんなにわたくしを注目して如何に美しいと言っても不用意に近づけば怪我をしますわよ」
きっと今頃自分のバックには一面の花でも舞い散っている。と本気で思ってそうな一人の女生徒。
べちゃくちゃと話を続けているが、どうやら自分を薔薇に例えているらしい。たったそれだけの事にたっぷり一分を使っている。
「あの~、エミリア様……もう少し早く来てくださいとこの前言ったと思うんですけど……」
「あなたがわたくしに命令していいと思っているのですか。わたしく、怒らせたら怖いですわよ」
「も、申し訳ありません!」
肩を擽るクリーム色の髪。キュキュキュなとても省エネな体躯。身長も百五十センチくらいの小柄な少女。しかし、振る舞っている態度は傲岸不遜としか言えない。ある意味の傑物であり、この学院一の問題児でもある。
曰く――英雄の孫。
「さ、わたくしの事はいいから早く授業を再開してくださいですわ」
「は、はい」
歳の差、生徒教師の関係。それらすべてを飛ばして彼女――エミリアが命令を下す。本当の所彼女には一切の越権行為は許されていない。貴族の台頭を禁止している学院規則などで禁止されていないが、ユーナはそう言った態度を嫌うためユーナの前ではおとなしくしているのが専らの噂で、その事に気付いているが本人の問題だとしてユーナが無理やり介入してくることはない。
――つまりは俺の六等親。なんだかね。
自分もあれと多様なりとも似ている存在だと思うとどこか思うところがある。まだ、自分はましだと思いたい。
彼女の登場で時間を取ってしまい実質残り十分の授業が終了してそれぞれは、それぞれの昼食の時間を取る。
この学院では低所得者や、身寄りのない子供でも適正さえしっかりと確認できれば入学する事が出来る。かかる費用が学院持ちとして生活を送る事が出来るのだが、やはりと言うか当然と言うか支給される額は微々たる物。あくまでもベーシックインカムの感覚で、ほしいのもがあれば自分で努力をするしかない。
だからこそ、食事も最低限度が保証されているに過ぎない。
「その点すごいよな……俺には出来ない」
「右に同じ」
「ふん、こんなの余裕って奴だよ」
貴族のマナークはともかくディランも金銭で困っている事はない。デュークを除いてだが、デュークに身よりはいない。だから、学院の援助に頼っているが彼はただでさえ最低金額しか保証していないそれを、さらに半分まで削ってしまう。
こんなに援助はもらえないと言う事と、他に優秀な生徒に回してほしいと言う気づかいだった。
本音を言えば借りたくなかったのだが、さすがにそれをしてしまうと命の危機にさらされてしまうので泣く泣く半分だけ支給してもらっている。
なのでデュークの昼食は基本的に硬いパンだけだ。
「よくそれでいいよな」
「慣れればそうでもない」
学院の生徒は併設されている食堂に足を運んでご飯にしている。ここは生徒の数よりもずっと大きく作られているので窮屈感なく食事を楽しむことが出来る。
「それにしても今日もやらかしたみたいですね」
「あれの事か」
「あれね~」
既に固有名詞を使わなくても浸透している辺り彼女の奇行ぶりが学院内に広がっているのだろう。
「なんで教師は頭が上がんねえんだろうな。学院長直々に平等に扱えってお達しが来ているんだろう」
「それで平等に扱えれば人間苦労しないって奴だよ」
「なんだよそれ……」
「例えばだ。とある研究発表会で顔の知らない人とグループになったとして、互いに年齢や出身地が違う中、第一声から敬語抜きで話す事が出来るのかって事。敬語じゃなくてもいいと言われていても最初の内は自分よりも年下でも絶対に敬語にするだろ」
「ん、ああ……言われればそうかも」
この辺りは礼儀に関わって来るので正確に比較は出来ていないがこんな事を言っておけば勝手に納得してくれるだろう。
「まあ、常識で考えれば無碍にできるわけがないでしょう。仮にも大英雄の孫、エクストラは当代限りで遺伝しないとされていますけど、それは別に研究結果によって確立されている理論ではなくこれまでのエクストラの子孫を見る限り、と言う事です。彼女が受け継いでいる可能性はゼロではないのです。むしろ、大人の大部分は受け継いでくれていれば、と思っているはずですよ。それだけ『聖光』には価値があります」
少し高めのランチを食べているマナークが口を開く。この辺は貴族の血が騒いでいるらしくて人目を気にしているのか礼儀正しくナイフとフォークを扱っているが、口元にソースがついている辺り少し抜けている。
「あ~あ、俺もなんか覚醒しないかな」
「エクストラになりたいのか」
「だってそうだろ。どんな能力でも国から手厚く保護されてお金とかも貰えるんだぜ。噂じゃ一生養ってもらえるそうだぜ」
「それ男としていいのか」
「俺は男女平等主義者だぜ。男だから絶対に汗水流して働いて家族のために尽くさないといけないとは思ってないからな。楽が出来ればそれが一番」
胸を叩いて最低な発言をしているディランを冷たい目線で見つめる二人。
「なんだよ~。二人共」
「この程度の視線で動揺している様では立派なヒモにはなれませんよ」
「べべべべべ、別にそんなんじゃないし!」
「動揺しすぎだっての」
不純な動機からは何も生まれない。
ディランは何か言いたそうに口をごもごもさせているが、結局言葉が見つからなかったのかバンと机を叩きながらその場を立ち上がるとどこかへ行こうとする。反論できない悔しさとどこかにぶつけに行くのだろうか。
マナークとデュークが声をかける前に立ったばかりのディランが振り向いて歩いた瞬間、ドンと何かに当たって後ろに飛ばされて机に手をついた。