第10話 『番外なる血統』
何とか授業開始の時間に滑り込むと、担当教師からもお咎めはなく始まった。半円形の段々になっている机に生徒が座っている。特に座席指定はされていなくて適当に座っていればいい。こんな時は後ろから埋まっていくような気もするが、ここでそんなやる気のない生徒はいない。最前列から席は埋まっていて後ろになればなる程不真面目な印象すら与えてしまう。
「ちょっとしくったな」
「間に合っただけよかったと思っとけ」
ギリギリになった二人は最後尾の座席しか残されていなかった。いつもは真ん中あたりなので少し残念。
「それでは皆さん。今日は先日行ったテストの返却を行ってから講義を始めたいと思います」
教室内の温度が二度くらい下がった気がした。ここで騒ぐ様な行儀の悪い生徒はいないが、誰もが思春期真っただ中の敏感な時期。テスト返却はその中でも類を見ない程に緊張するイベントなのだ。
「平均点は七十点です。皆さんならもう少し点数を伸ばせると思います。これからも頑張ってくださいね」
それだけ言うとテストの返却を始める。当然、デュークも試験を受けたのでテストが帰って来た。答案を渡される時に「時間には余裕を持って行動しましょう」と言われてビクッとしたがそれだけで終わったので胸を撫ぜ下ろした。
「あ――! 俺八十かよ。デュークはどうだったんだ」
「ん、七十」
「お前いつも平均だよな」
「すごいって言ってくれてもいいんだぜ」
「誰が言うかっ!」
今も授業中なので私語は慎むべきなのだが、ちょっとだけ会話を重ねる。教師もテストが帰って来たこの時だけは黙認してくれている。しかし、一分を超えると雷が降ってくるかもしれないのでみんなすぐに静かにする。
「テスト結果についてはきちんと自分で復習をしておくようにしてください。やりっぱなしで終わる事が無い様にしてくださいね」
手早く答案をしまうと本格的に授業が始まった。
「今日の内容は……『番外なる(ス)血統』ですね」
「――!」
形だけは真面目に聞いているデュークの眉がぴくんと反応した。それはデュークにとって切っても切り離せない内容だからだ。
そんなデュークの様子に気付く事もなく教師は話しを進める。
「エクストラ。またの名を番外なる血統と言います。今更皆さんの前で説明する事でもないと思いますので、復習感覚でおさらいしていきます」
授業のやり方については教師に一任されている。誰も優秀な人ばかりだが、同じやり方をしている人は少ない。この教師も基本的に講義タイプなのだが、一方通行で話をする事はせずにこうして相互の話し合いを重視している傾向にある。
「まず、エクストラの概要だけこっちから説明させてもらいます。一般常識として周知されている物と大差はなくいつ、どこで、誰に現れるか不明の突然変異。その能力は多岐に渡って同じ物は現在確認されていません。そうですね……出席番号五番の人、エクストラの人数とその特徴について答えてください」
「はい」
あてられたのは真面目そうな女学生。隣でディランが息を漏らしている。ストライクゾーンの広い彼の事だ、間違いなく射抜かれている。
「現在確認されているエクストラは四十二種。その内死亡が確認されているのが三十六種。残りの六種についてはそれぞれの国家の監視下に収まっています」
監視下と言うのは地下牢か、または役職についている者を指している。
「しかし、未確認のエクストラを含めれば百種に上ると推定されています。特徴についてはエクストラに共通性はないと言う事です。血統でもなければ先祖返りでもありません。何より魔力を消費しないので長時間の使用が出来ます。しかし、欠点としては当代限りとされています。これまでエクストラが遺伝した例は報告されていません。以上です」
「はい、ありがとございます。そうですね。エクストラの事については分かっていない事が多いです。しかし、皆さんは知っておかないといけません。私達はエクストラによって滅ぼされかけて、エクストラによって助けられたのです」
ここまで説明すると途端に目の色を輝かせる生徒と、敵を見る様に厳しくなる者と極端に分かれた。
「世界最悪の大罪人ユートのエクストラ『狂血』によって私達は滅ぼされかけて、大英雄ユーナ様のエクストラ『聖光』によって助けられたのです」
ユーナに向けては尊敬と憧れの目線が、ユートに関しては怒りと憎しみの目線が飛び交っている。それだけ嫌われているのだ。
「先生!」
「はい、どうしましたか」
「ユーナ様のエクストラはどんな能力なんですか」
「それについてはほとんどの人が知らないんです。賢者様なら知っていると思われるのですが、ユーナ様はユート討伐の際に聖光を使われてそれっきり一度も使っていないとされています。理由は分かりませんが、噂では強すぎて周りの地形も変えてしまうから容易に使う事が出来ないとされていますね」
賢者とはユーナと同時期にこっちの世界にやって来た異世界人の事を指している。
――ふっ。
表情を変えずにデュークは鼻で笑う。品格に欠ける行為だがバレなければそれでいい。
それからも教師は淡々と話していくが、デュークにとって価値のない話と言い切れる。
まず、最初にユーナやユート、賢者たちが異世界人であると言う事はここの誰も知らない事だ。教師すらもその事は知らないはず。
混乱を避けるため当時の各国の王たちが話し合って事実の隠ぺいを図ったのだ。と言ってもユートの所業を隠す事は出来ない。隠したのは異世界の存在と、犯罪者ユートの誕生の一端を作ったヘルブン王国の詳細についてだ。
元々ヘルブン王国は偶然の産物であるエクストラの安定的な発現の研究をしていた。そこで目を付けたのが仲間内で戦わせて生命の危機から覚醒してもらおうと言う作戦。
蟲毒を行うにはたくさんの人が必要。しかし、この世界でそれだけの人を集めるとなれば時間も労力もバカにならない。だから、並行して進められていた異世界召喚についての研究を進めて、あの日、彼らを召喚してエクストラの実験を行ったのだ。
結果としては成功した。
追い詰められて憎しみと怒りが変化し殺意によってユートは『狂血』を。
仲間と協力して困難を乗り越えたユーナは『聖光』を。
アプローチの仕方は正反対だったが、それでもこの実験で一定数の結果を出せる事が証明された。しかし、彼らに一つ落ち度があるとすればそれは強制覚醒させたエクストラ、特に『狂血』の力を侮りすぎていた。
蟲毒の周りにはしっかりと防御魔法を仕掛けていた。しかし、全く意に介する様子もなく魔法を打ち破ると主要な研究員はその場で殺人鬼と化したユートに殺されてしまう。その後国も全部、何もかもがユートによって壊されてしまい世界で最初の犠牲になった国でもある。
エクストラの強制発現についてはこの世界の倫理バランスを崩壊させてしまう可能性を秘めているので主導していた国も滅んだこともあって王たちによって完全に廃止された。
そして、歴史もユーナが如何に活躍したのか、その辺りを重点に改竄されてしまう。本人的には不本意かもしれないが、今後世界から戦争の芽を摘むには仕方がない事でもあった。
奇しくもユートの存在で、体力的にも魔法的にも優れていなくてもエクストラをしっかりと扱えれば世界の半分を手中に収める事が証明された。
一般の人は誰も知らない世界の裏の歴史。それをデュークは知っている。
「エクストラの発言条件は未だに解明されていません。この中の誰かが明日覚醒するかもしれませんが、畏れないでくださいね。その人も、そして、君達も同じ人間なのです。覚醒した人も落ち着いて国の指示に従ってくださいね。もう二度と世界を壊す様な事件が起きてはいけないのです」
どこか口調に感情の起伏が見られた。彼女も大人だ。誰にでも悟られる様なボロの出し方はしていないが、それでもデュークの目にははっきりと見えた。
狂血を宿している者として誰かの視線、変化には敏感なのだ。