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罪人の孫  作者: レム
序章 『異世界転移』
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第1話 『結人と結奈』

 曰く、人の上には人はいないらしい。また、人の下にも人はいないらしい。つまるところ人間は平等であると主張したいのだろう。しかし、それはきっと偽善。

 例えば、努力は必ず報われると言い張る人がいるとしよう。結果論としてはそうなのかもしれないが、その言葉を口にできるのは努力を実らせた成功者だけだ。言い換えれば、努力をしても報われない下っ端の人間を見下す文言として捉える事も可能だろう。

 元に戻って、人には上下がないと謳っている事についてもある意味人間と言うランク付けで頭一つ抜け出ていて俯瞰出来ているからこそ言える言葉であって、こんな言葉が残っている時点で人間は平等ではないと証明している様なものだ。

 何が言いたいのか察しがついているかもしれないが、人間にも無数のランクが存在して越える事の出来ない壁として存在しているのだ。

 そうだな……一つ例を挙げるとすれば出来のいい妹に比較される兄、ほら、よくある話だろう?


 ――こんな事を考える俺はきっと腐っているのだろう。


 雲がない青空。

 届いてくる陽の光はほのかに暖かい。まるで、凍り切った体の芯をじんわりと暖めていく、そんな感じがする。それもそのはず季節は夏をとっくにすぐ去って秋に移り変わり、それすらも跳躍して冬の足音が聞こえているのだ。

 気温自体はそこまで低くないのだが、指先から伝わる冷気に十一月という季節から来る印象でなんとなく体が冷えている。


「はあ~」


 息を吐いてみれば白く染まっていて、鏡がないのでよく分からないが頬も心なしか紅潮している事だろう。

 朝、街の中を通勤通学の老若男女が闊歩している。私服にスーツ、まばらな防寒具。同じ様に町を歩いている彼の装いは黒のブレザー。つまり、制服だ。

 防寒具は着ていなくてパンツにカッター、ブレザーにネクタイと言うどこにでもある様な目新しさは一切感じない普通の制服。それをかっちりでもなくだらしなくでもなく、それを適度に崩しながら着ている。

 本音を言えば少し肌寒いのだが、どこか眠っている体をたたき起こすにはちょうどいい気温でどこか安心する。顔も寒いのだが、ぼさぼさ一歩手前まで伸び切っている髪が頭を守ってくれていて、特に鼻先まで伸びている前髪がフロント部分をガードしてくれていた。

 彼――東雲結人にとってはこの時間が最も好きな時間で永遠とこの時間があればいいとすら思っている。

 東京の空の下はとても寂しい。

 家にも学校にも居場所がない彼にとって街の中は一番心が落ち着く。東京人の気質は傍観者だ。大阪人の様に下手に干渉してくる事が無い。そっちの方がいい。助けてもらえるんじゃないかと期待するよりも誰も助けてくれないから自分で何とかする。そう考えた方が楽だからだ。 

 自分が関わっていなければ干渉する事もされる事もない個人至上主義の町。全都市で最も人口がいるのに、最も寂しい都市。

 昔はどこか思うところがあったのだが、今になって見ればどこか愛おしい。しかし、そんな時間も長くは続かない。もうじき学校に着いてしまうのだ。そうなればまた肩身の狭い思いをしないといけない。


「サボろっかな」


 結人は中肉中背の平均的な体格をしている。ひょろっとしているわけでもガチムキと言うわけでもない。しっかりと意識をして影を消してさえいれば警察に見つかっても補導されずに済むんじゃないのだろうか。


「兄さん、ダメですよ。そんな事言ったら」


「おわっと!」


 ふいに声が聞こえてきた。

 結人がこんなにも驚いたのには理由がある。彼はいつもスマホから伸びるイヤホンを耳に入れて登校している。お気に入りの音楽を流してぼーと歩くのが好きだからだ。

 さっきまでの考え事も頭の片隅で考えていたにすぎない。音量自体はそこまで大きくなくて街頭に選挙カーでも現れて演説を始めれば十分に聞こえてくる。だからと言って一個人の声がはっきりと聞こえるはずもない。それに、そんなに驚きもしないはずだ。

 オーバーな反応をしてしまったわけはカナル型のイヤホンを抜き取って少し大きめの声で話しかけられれば嫌でも反応してしまう。今の結人は自然に溶け込んで自分以外に興味がない東京人の視界に映るはずもないと思っていた。実際はそうだ。足早に過ぎている人は、一瞥はするのだが、すぐに興味がなさそうに目を逸らしていく。


「もっとしっかりと歩いてください」


「結奈……」


 肩を擽る程度の伸びている黒髪にこう見えて百七十五センチはある結人からつむじが見える程身長差がある小動物の様な妹――結奈。

 少し着崩している結人に比べてしっかりと着ている制服。スカートが全国平均よりも短い気もするが校則的にはそこについて触れられていないので問題ないらしい。夏は普通のソックスなのだが、この時期はニーソになっていてスカートとニーソの間の柔肌が眩しい。

 ちなみにもっと寒くなるとタイツに変わる。最初は小さい数字のデニールから始まって厳冬になれば真っ黒なタイツになって完全に足を防御している。そこまでするのなら男子みたいにパンツにすればいいと思うのだが、女子のプライドが許さないらしい。


「なんでいるんだよ、結奈」


「兄さんが先に行くからですよ。待っててって言ったのに……」


 頬を引きつって言う結人に対してこっちは頬を膨らませている。リスが食べ物を口に咥えているかのようで微笑ましいが、今の心境的にもそうは思えない。


「俺の勝手だろ。それに、高校生にもなって一緒とか恥ずかしいじゃん」


「私はそう思いませんよ。兄妹の仲がいい事はいい事なのです」


「うぅ……」


 まっすぐに純真な目でこっちを見られると自分が汚れている様な気がしてならない。


「だとしてもだ……」


「だとしても? だったら私達は双子じゃないですか。離れる理由を探す方が大変ですよ」


「間違ってないけど、だからと言って……」


「いいえ、これは決定事項ですよ」


「くぅ……」


 いつも妹には言い負かされてしまう。

 そう、寂しい街の中、声をかけてくれた結奈と結人はただの兄妹ではない。双子なのだ。それも貴重と言われている一卵性双生児による双子。この場合、ほとんどが女×女か男×男になるのが普通なはずなのに極僅かな確率論の下で結人と結奈は男×女で生まれてきたのだ。

 しかし、きっと周囲からは一卵性どころか双子としても認知されていないだろう。それ程に二人との差は大きい。それがまた結人を苦しめる原因でもあるのだ。


「兄さん、ちゃんと勉強しましたか。予習復習は大切なんですよ。きちんとやっていればテスト前に慌てる事が無いですからね」


「大丈夫だよ。きちんと、やっている……から」


「そう言って、昨日もゲームばかりしていたんでしょう」


「やる時にはやるから……」


「もう、いつもそう言って」


 ぷりぷりしている妹の横で兄は気付かれない様に奥歯を噛む。最近やりすぎているせいなのか歯が少し欠けた事もあった。

 同じと言って遜色ない遺伝子を持っているはずなのに二人は天と地程の差が現時点で存在している。

 学業優秀、スポーツ万能、人柄もよくて驕った態度を示さない。加えて贔屓目なしでも抜群のプロポーションを誇っている。多少身長と胸が無いのは愛嬌として受け流されていて、学校、いや、どこの誰が見ても出来た子、としか見る事が出来ない。

 反対に結人は酷い。

 出来ないわけではないのだ。性格だって根暗ではないし、挙って言ういじめられ体質ではない。学業だってスポーツだって平均より少し上くらい。容姿は結奈レベルではないとはいえ悩むレベルではない。

 普通。

 一介の男子高校生として普通なのだ。結人と同じスペックの高校生は山程いる。しかし、比べられるのだ。結奈がすごければすごい程周りが勝手に期待してくる。兄妹と言うだけでも厄介なのに双子、それも一卵性と知ればその期待値は上限を突破してしまう。そして、誰もが絶望するのだ。

 優秀な妹に一つも勝てていない出来損ないの兄として。

 周りだって結人と同じスペックなのに同じである事を周りが許さない。妹が優秀ならば、兄は普通ではいけない。妹以上に兄は優れていないといけないと勝手に決めつける。

 家では家族が期待して、絶望した。今では妹の付属物または妹に全部を絞られた残りかすとしか見ていない。学校では先生が、生徒が期待してため息をついた。

 結人の被害妄想が入っている事は否定しないが、それでも八割は当たっているだろう。

 極め付けが――


「兄さん、早く行かないと遅刻しますよ」


「先に行ってもいいけど」


「ダメです。兄さんが少しぼーとしてるところがありますからね。私がしっかりしないといけないんです」


「――――」


 悪意は全くない。こっちに向けられてくる笑顔は弾けていて無関係の男子ならば一撃で胸を撃ち抜かれてしまって当然。しかし、それすらも結人の重しになっていた。

 結奈は決して結人を見捨てない。自分が優秀で不出来な兄を斬り捨ててくれればいささか楽だったろうと思うのに、結奈は甲斐甲斐しく面倒を見てくれる。勉強は当然として、こういった通学だって一緒に居ようとする。

 結人にとって苦痛でしかない。彼女に含む感情がない事はよく知っているのだが、それでも、人がうわさをしている様な気がしてならない。


『なんで、あんな兄に良くしているんだ』

『お兄さん、妹さんを縛っているのかしら』


 全部妄想だ。でも、似た様な事は絶対に考えている。それを避けるためにも結奈が朝食後身だしなみの時間の時に先に家を出ていた。しかし、いつも追いついてきて並んでいる事になっている。 

 優等生の妹に劣等生の兄。

 創作物で兄が妹の事を好きな作品があるが、あれはきっと妹がいない作家が書いた願望妄想垂れ流しのポエムだ。現実はもっと厳しい。

 兄が妹に恋をするなんて事、時計の針が右に回り出すくらいにあり得ない。


「兄さん、顔色が悪いですよ。どうかしたんですか」


「何でもないよ。それよりも今日は生徒会がないのか」


「はい、放課後はあるんですけど、朝はあまりないんですよ。だから、今日は一緒に帰れません。ごめんなさい」


「は、ははは……いいって」


 もっと高飛車に振る舞ってくれた方が割り切れたのかもしれない。

 きっと結奈は優しい。

 その優しさは全方向を向いている。

 その方向にただ結人がいただけだ。

 ――違う。

 結奈は兄妹として、双子として心配してくれているけど、劣等生の兄はそれを認めたくない。劣っている事は今更だ。だけど、それを飲み込めない。飲み込んだらきっと何でもかんでもがどうでもよくなる気がする。


「今日も授業まじめに受けてくださいね」


「善処するよ」


「分かりました」


 このままのペースで歩けば後五分で到着する。既に校舎の一部が見えている。この先の曲がり角を曲がればすぐだ。


「じゃあ、結奈先に行ってくれ」


「――いつも思うんですけど、ここまでくれば」


「いいから」


「――はい」


 周りには同じ制服に身を包んだ生徒がちらほら見える。徒歩通の結人なのだが、主な駅は反対側にあるので残り五分の場所でもこっちは比較的に生徒が少ない。いつもここで別れる様にしている。

 一緒に学校の正門をくぐれば嫉妬を羨望、そして、憐憫の目線が飛んでくる。決して劣っているスペックではないのに優秀な妹と比べられて憐れむ。

 かわいそうだと。

 何も知らない、何も分かっていない人間が送って来る無責任な同情。勝手に価値を決め付けて来る傲慢。大丈夫だよ、と声をかけて来る、いつか追いつくよ、と勉強を教えてやった気になっている偽善野郎。

 そのすべてが嫌いだ。


「兄さん、先に行きますね」


「ああ」


 一礼すると結奈が先を行く。結人がその場で立ち止まって五分後に歩き出す。そうすれば一分でも教室内に留まっておかなくて済む。

 本当なら、結奈とは別に学校に進みたかった。しかし、この世界はどこまで行っても実力主義。要望を果たすにはそれなりの評価が必要だった。今通っている高校は公立で家からも近い。偏差値も高くて親としては申し分ない。そこに結奈が通うと言い出せば彼女よりも劣っている結人が我儘を言って私立で遠くて偏差値の低い高校へ行かせてくれるはずもない。

 いつでもどこでも比べられる運命なのだ。


「行くか」


 乗り気ではない。

 しかし、今は耐えるしかない。妹は確実に大学に行く事だろう。だったら自分は就職してしまえばいい。ここばかりは親も口を出せないし、自分で生活さえできれば家を出てもいい。


 早くしないと優秀な妹が憎くて俺は……。


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