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降嫁おとめと守護ぎつね  作者: 遊森謡子
第3章 刀研ぎと第二の妃
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第7話 研師選抜

 翌日から、冴数貴は輝更義の狐牙刀を研磨し始めた。

 刀を研ぐには何種類もの砥石を使うが、狐牙刀にも専用の砥石がいくつかある。部位によって、また行程によって石を変えていく。


 ヤエタ石は、仕上げに使うことになっていた。それまでの間、冴数貴は石を白尾城の最上階、望楼に飾った。

 研ぎの腕を上げたい者は、冴数貴に断った上で次々と、石参りにくる。まるで、見えるように置かれたヤエタ石――箱に布をかけた上に置かれている――が御神体であるかのように。


 七日の間、輝更義は素氏の狐たちと武術などで交流し、また水遥可も芸事で交流した。レイリやるうなも、それぞれ城で同じような仕事をしている者たちと親交を深めた。


 一方、火鈴奈は迷い続けていた。

 ヤエタ石を手に入れたい思いはある。そして、同年代の女の研師の中では実力者であると自負してもいる。

(立候補していたあの子たちに、石を持つ資格があるとはとても思えない。あの子たちの誰かが石を持って、私は持てないなんて……そんなこと、許せるのか? でも、輝更義殿との婚姻に話が動いてしまったら……)

 稽古で刀を振るう腕にも、迷いが出る。


 そうこうするうちに七日が経ち、冴数貴はヤエタ石を使って輝更義の刀を研いだ。残すところは、磨き上げるだけとなる。

 研ぎ初めの済んだヤエタ石は、所有者が決まるまで、再び望楼に飾られ――


 そしてついに、次期狐ヶ杜駐在の研師の選抜が行われることになった。



 選抜は、まずは研ぎの腕を見ることから開始されることになった。

 作業場に、若い女の研師が数人、集う。今日は作業場の戸が全て開け放たれ、見学の者たちが大勢のぞき込んでいた。

 輝更義と水遥可も、特別に作業場の中に置かれた床几に腰かける。


 そこに、火鈴奈が現れた。

「……お前も参加するのか?」

 輝更義が尋ねると、火鈴奈は「いや」と硬い表情で答えた。

「私は頭領の手伝いを。前任者の私も審査に加わることで、ひとつの基準にするということです」

 候補の女たちが、まるで火鈴奈を敵視するかのように睨む。

 るうながこそこそと、レイリの耳元でささやく。

「ねぇ、あれって、『私より下手な人が玄氏に行くなんて恥』ってこと? 怖っ」

「そこまでは言っていないのでは」

 わくわくした様子のるうなに、レイリは淡々と答えるにとどめた。


 若い研師たちは、一心不乱に刀を研いだ。

 研師は、研ぎに使う道具で自作できるものは自作する。砥石を抑える自作の踏木(ふまえぎ)を、膝を立て、力を込めてしっかりと踏みしめながら刀を研ぐ彼女たちの姿は、どこか勇ましい。

「何だか、見入ってしまいますね。集中する力に引き込まれそうになります。これを何日も……」

 水遥可は息を呑むようにして、作業を見つめる。

「ああ……刀が、色を変えた……?」

「まるで刀が、少しずつ目覚めていくようですね」

 輝更義もつぶやいた。

「皆、才能ある研師なんだな……」

 冴数貴は黙って、作業の様子を見ていた。


 昼の休憩があって(のち)、冴数貴は皆の前でこう言った。

「素氏の研師たちは、皆、大きな可能性を秘めている。一人を選び出すことは、なかなかに難しい」

 一同は、静まりかえって彼の言葉を聞いている。

 冴数貴は続けた。

「技はもちろん、大事だ。しかし、『縁』も大事なものであると、わしは考える。男女の結婚しかり、そして研師と研石、しかり」


 皆がざわついた。

 輝更義と水遥可も、どういう意味なのかと顔を見合わせる。輝更義は火鈴奈にも目をやってみたが、彼女も戸惑いの表情を浮かべていた。何の話かわからないようだ。


 水遥可のすぐ後ろで、レイリがささやく。

「あの……。素の頭領さま、顔には出ないけれど、酔っておいでなのでは」

「え?」

 隣にいたるうなが、まじまじと冴数貴を見つめる。その会話を小耳に挟んだ輝更義と水遥可も、冴数貴の様子をじっと確かめた。

 ……まっすぐ立っているはずの身体が、少しだけ左右に揺れている。


 冴数貴は、声を張った。

「そこでだ。この白尾城のどこかに、ヤエタ石を隠した!」

 ざわっ、と皆が驚く。冴数貴は面白そうに続けた。

「言っておくが、わし自ら隠したからな。誰かに聞いても無駄だぞ。日没までに石を見つけた者が、次期の狐ヶ杜担当だ! さぁ、探せー!」


 わあっ、と素氏の者たちが沸き立った。

 候補の娘たちは、すぐさまその場でくるりと狐の姿になって、広間から飛び出していく。


「はあ!?」

 輝更義は呆れかえった。

「頭領、いくらお祭り好きだからって、ちょっとやりすぎです! 俺も探しますよ。見つけたらもう、こんな審査は終わりにしてもっとまともな……」

「おっと輝更義、お主は参加してはならぬ。お主の嫁御になるかもしれない者を選ぶのだから、お前が見つけてしまっては困る。まだ狐牙刀は渡さんぞぉ?」

 冴数貴の言葉に、そうだった、と輝更義はげっそりした。

 まだ、輝更義の狐牙刀は彼の手元に戻ってきていない。そのため、狐に変化して匂いで捜し物をすることが、今の彼にはできないのだ。

 もちろん、自分の半身である刀がどこにあるかは感じ取っているのだが、仕上げの終わっていない刀を研師から奪ってしまっては、さすがに素氏との関係が悪くなる。

「ああ、くそっ! ……水遥可にも申し訳ないです、こんなの」

「ふふ。いいのです、縁が大事というのは、わたくしもその通りだと思いますから」

 水遥可は袖で口元を隠し、微笑んだ。

 二人の後ろから、るうながそっと近づいて尋ねる。

「あの、私、こっそり探してきた方がいいですか? 別に輝更義さまのお妃さまになりたくはないですけど」

「お前な」

 輝更義は呆れ、 

「いいえ、大丈夫。結婚が決まるわけではないのです、あくまで候補を決めるということですから。様子を見ましょう」

 と水遥可はささやいた。


 ふと彼女が横を見ると、広間の隅で火鈴奈が立ち尽くしている。

 水遥可と目が合うと、火鈴奈は気まずそうに視線を逸らした。そして、やはり狐の姿になって庭へと跳躍し、姿が見えなくなった。


「やれやれ。酔っぱらいのやることは」

 輝更義はため息をつきながらも、素氏なら仕方がないと割り切った。レイリが淡々と意見を述べる。

「貴重な石です、誰かが先に見つけて盗むということはございませんか? 城にはガラカイの者も出入りしているようですが」

「それでも石は、島の中だ」

 輝更義が答える。

「今朝早く、ヤエタ石が望楼に飾られているのを見たから、その後に頭領がどこかへ隠したとして……。ガラカイの者は海の道しか行き来しないし、日が昇っている間は船の出入りがあったり、泳いで島を出たりすれば、見張りが気づく。さすがに日没までには、誰かが見つけるだろう」


 ところが、ヤエタ石はなかなか発見されなかった。

 石はわずかながら、白檀(びゃくだん)のような香りを発する。はじめのうち、候補者たちはその香りを探して、まずは城の中を隅々まで駆け回り、つぎに庭、周囲の森へと探索の範囲を広げていった。しかし、見つからない。

「香りで簡単にわかるようなところではないのでは?」

「じゃあ、何かの中に封じられて隠されているのかしら?」

「埋められているとか?」

「頭領は力持ちだから、何か重いものの下敷きになっているとか」

 候補者たちは、どこかに微かな香りでも残されていないかと、衣装を入れる長櫃や庭石の下まで嗅ぎまわりながら探した。しかし、出てこない。

 大広間で花茶の酒を飲みながら待っている冴数貴は、脇息にもたれてウトウトしている。


 城を取り囲む壁の四隅、物見櫓から見える景色が、少しずつ夕暮れのそれになりつつあった。

 櫓に登った火鈴奈は、狐の姿で夕日に目をやる。

(いったい、どこを探せば良いのか……。いや、そもそも、私が見つけるべきものなのか)

 思いをさまよわせたままため息をつき、とにかくもう一度探そうと櫓から庭に飛び降りたとたん、声がした。


「火鈴奈殿」


 廊下の角に、水遥可が立っていた。

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