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降嫁おとめと守護ぎつね  作者: 遊森謡子
第2章 狐ヶ杜の新婚夫婦
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第6話 占い花の行方

 水遥可や侍女たちを本家の離れに送った輝更義は、玄氏の者に離れを見張らせておいて、狐ヶ杜の捜索を始めた。

 いったん古い堂まで戻り、そこから阿幕佐の匂いを追ったものの、匂いは池で途切れている。

(飛び込んで匂いを消したのか? それからどこへ……)

 池を眺めわたし、狐の耳を立てて音を探してから、彼は池に沿って注意深く痕跡を探した。

 しかし、阿幕佐の姿はどこにも見当たらない。


 空が茜色に染まり始め、鳥の黒い影が狐ヶ杜の上を横切った。

(水遥可さま、不安がってはいないだろうか)

 輝更義はひとまず離れに戻ることにした。

 二人で話をするのに使っている居間には、水遥可の姿はない。

(どこに行かれたんだろう。俺を待ってはいないのかな。なんて、少しがっかりしたり。……待てよ。さっき、『我が妻に触れるな!』なんて口走ってしまったけど)

 にわかに、輝更義は焦り始める。

(契約結婚なのにあんな、まるで水遥可さまは俺のもの的なこと言って、図々しいと思われたんだろうか。いや、だって阿幕佐には、俺と水遥可さまは夫婦だって、こう、ビシッと言わないとまずいし。水遥可さまだって、契約とはいえ結婚したことには変わりないっておっしゃってたし!)

「だよな、矢立!?」

 いきなり同意を求められた矢立は、輝更義の横に浮かびながら斜めに傾いだ。


(でも……あんな気持ちになるなんて。俺だけのものにしたい、いや、俺だけのものだ、と……)

 首をブンブンと横に振り、雑念を払ってから、輝更義は声を上げた。

「……誰かいないか!」

 すぐに、るうなが姿を現した。人の姿で、居間の外から胸に手を当て頭を下げる。

「輝更義さま、ご無事でお戻りでしたか!」

「あ、ああ。また出るがな。水遥可さ……み、水遥可は?」

「奥方さまは今……あ、お戻りです!」

 廊下の奥に目をやってそう言ったるうなは、道をあけるように脇に退いた。

 すぐに、水遥可とレイリが入ってくる。

「あ」

 水遥可は輝更義を認めるなり足を止め、恥ずかしそうにうつむいた。レイリは水遥可の持ち物を居間の棚に置き、下がっていく。


 輝更義は、ごくり、と喉を鳴らした。


 しっとりした気配をまとった水遥可は、濡れ髪を背中で布に包み、頬を薄紅色に上気させていた。湯を使っていたらしい。

「ご、ごめんなさい、はしたない格好で」

「ゆあがりみはるかさまたまらん」

「え?」

「い、いえ!」

 輝更義はハッと我に返る。

「そうですよね、あんな埃だらけの古い堂に連れて行かれたのですから! すっきりなさいましたか?」

「ええ、はい。それはもう。ですが」

 水遥可はうつむいたまま視線を泳がせ──


 そして、輝更義を上目遣いに見上げる。

「わたくし……においますか?」


「えっ」

「阿幕佐殿の、におい」

 彼女は再びうつむく。

「玄氏は匂いに敏感でしょう? わたくしの身体からは、わたくしを担いだ阿幕佐殿の匂いがしていたはず……夫の前で失礼なことと思って、すぐに湯を使ったのですが……」

「水遥可さま」

「どうですか? もう、匂いはしませんか?」

 水遥可は申し訳なさそうにしながら、彼の返事を待っている。


(は、早く安心させて差し上げねば)

 輝更義は思い切って足を踏み出し、水遥可の肩に触れた。

 はっ、と彼女が顔を上げる。

 輝更義は水遥可に顔を近づけた。首筋のあたりを、くんくんと嗅ぐ。そのまま、肩、そして胸元へ。

(……心臓がバクバクする……)

「……あの……輝更義」

「え」

 ささやくような声に身体を起こすと、水遥可は真っ赤になっていた。

「そんなに近くで、確かめなくても……」

「!」

 がばっ、と、輝更義は飛び離れた。

「も、申し訳ありません!」

「そこからは……匂いませんか?」

「大丈夫です! いい匂いです! 死……最高です!」

「よかった」

 水遥可は微笑んだ。


 二人は卓を挟んで向かい合った。水遥可か心配そうに眉根を寄せる。

「阿幕佐殿は、見つかりませんか」

「はい。池に飛び込んで匂いを消した後、池から上がってはいるんですが」

「上がった場所がわかったのですね?」

「わかりました。ただし、複数」

「え?」

 首を傾げる水遥可に見とれつつ、輝更義は答える。

「要するにあいつは、水を浴びては上がり、水を浴びては上がりしているんです」

「まぁ、どうしてそんなことを」

「欲念を払うためじゃないですか」

 呆れている輝更義は、投げ捨てるように言って続けた。

「一体、何年も何を修行していたのやら。欲の固まりですよね」

 スコンッ。

「痛っ」

 輝更義が頭を押さえて振り向くと、矢立が一枚の紙とともに浮かんでいる。

『同』

「同じ? 俺と同じか!? どういう意味だよ!」

 かみつく勢いの輝更義。


 水遥可は口元を隠しながら微笑んだが、すぐに笑みを消して立ち上がった。そして、隅の棚の上に置かれている折り畳まれた紙を手に取り、戻ってくる。

「あの……阿幕佐に、これを最初に渡されたのです」

「手紙、ですか?」

 受け取った輝更義は、すぐにそれを開いた。


 とたん、ひらり、と小さなものがいくつか、机の上に落ちる。

 くすんだ紅色のそれは、花びらだった。


「押し花……?」

 輝更義がそれを手のひらに乗せて見ていると、水遥可はためらいがちに言った。

「わたくしの、占い花だと言っていました。川を流れてきたのを拾って、押し花にして……ずっと持っていたのだと」

 元々は別の名前があった花だが、祈乙女が占いに使うため、今では占い花と呼ばれているものだ。

「…………」

 輝更義は考え込んだ。


 ふと、彼が顔を上げると、水遥可が宙を見つめている。その黒い瞳の奥に、青い炎のようなものが見えた気がして、輝更義は息を呑んだ。

 水遥可はささやく。

「……花畑が見えます」

「花畑?」

 輝更義はハッとした。水遥可は千里眼の力を使っている。

「阿幕佐が、花を見ています。占い花だわ。薄紅色の花弁……八重の花です。阿幕佐は今、そこにいるみたい」


 輝更義は花を紙に戻して畳むと、水遥可に返した。そして、黙って立ち上がる。

 水遥可は心配そうに、彼を見上げた。

「あの、何か、気を悪くさせましたか……?」

「え、いいえ! 全然! 思いついたことがあって」

 輝更義はあわてて説明する。

「阿幕佐が行ったかもしれない場所に、心当たりが。ちょっと、見に行ってきます」

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