第24話 ご報告
緊張感のない再会。
嵐のような結婚式が過ぎ去ったあと、自分の部屋で己の軽率を恨んでいた俺のもとに、フローリアがステラを連れてやってきた。
「わっ、広いわね」
開口一番そう驚いてみせたステラは健康そのもので、特にひどい扱いを受けたような痕跡は見受けられなかった。
とりあえず全員ソファに腰掛けてから話を始める。
「無事で何より」
俺が言うと、ステラはきょとんとして首を傾げた。
「無事? どういうこと?」
「いやお前、拉致されておいて身の安全を心配しなかったってことはないだろ」
「……拉致?」
ステラの首がさらに傾く。
……なんか話が噛み合ってないな。
「フローリア一味に連れ去られたんだろ? 図書館で」
「一味って響き、悪くていいですね」
「うるさい」
茶々を入れるフローリアを手で制す。
「連れ去られた? 私は普通に魔導書のたくさんあるところを紹介してあげるって言われて、ここの地下書庫に連れて行ってもらっただけよ」
ステラはなぜそんな話になっているのか、という風に手を振る。
……って、ここの地下にいたのかよ。なんか騙されたみたいな気分になるな。
「まあ、行くのが王都だって馬車の中で聞いたときはびっくりしたけど、あとからベルガも来るって言ってたしいいかなって思って」
俺はフローリアを半眼でにらんだ。フローリアは片方の口角をつりあげた。
「ステラさんのように単純……もとい、純真で可愛らしい方は、素直に『ご招待』した方が成功の確率が高い上にリスクも低くなりますし」
「ふふ、純真だって」
ステラが頭をかいて照れ笑いする。
すみません、みなさん。信じていただけないかと思いますが実を言うとこの人魔王なんです。ああ、大丈夫です。そもそも俺が懐疑派の筆頭ですから。
「純真なステラちゃん」
俺は大きなため息を飲み込んで呼びかけた。
「な、何? いきなりちゃんづけとか気持ち悪いわよ?」
皮肉だ。わかってくれ。
「俺はお前の居場所を教えてほしければ言うことを聞けと脅されたんだ。この腹黒……いや、腹ドス黒女に」
「ドス黒なんて照れます」
お前ら2人とも照れるタイミング勉強してから出直してこい。
「えっ……どういうこと?」
「だから、お前がホイホイ軽率について行ったせいで、いろいろ厄介なことに巻き込まれたって言ってるんだ」
何度かまばたきをしてから、ようやく申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「そ、そういうことだったの? じゃあ私、騙されて利用されたってこと?」
「騙してはいませんよ。魔導書は堪能なさったでしょう? ちゃんとベルガさんもここに来ているわけですし」
すまし顔で言うフローリアを見つめてから、ステラは真顔で俺の方を向く。
「騙されてはなかったみたい」
「……そうだな」
頭痛くなってきた。これ以上追及しても疲労が蓄積していくだけのような気がする。体をいじめ抜くのには慣れてるが、精神を酷使するのには耐性がない。
俺がさっき飲み込んだため息を吐き出す傍ら、ステラはなぜかそわそわと落ち着かない様子で俺の方を見ていた。
「なんだ?」
「う、ううん。ただ、その……迷惑かけておいて言うのもなんだけど……私のこと心配してくれてたんだな、って思って……」
「……まあ、否定はしないが」
心配して損した、と後悔に沈んでいるときにかけられて嬉しい言葉ではない。
「えへへ……」
そんな俺をよそに、ステラは少し頬を上気させてはにかんでいた。
「……はあ」
まあとにかく無事でよかった、ということにしておこう。
なんか甘すぎる気がしないでもない……というか絶対甘すぎるんだろうけど、それには目をつぶって話題を変えよう。あまり深く考えると自我に崩壊の危機が迫る気がする。
「で、魔導書を堪能したって? 魔術は覚えられそうなのか?」
俺が問うと、ステラはポンと手を打って満面の笑みを浮かべた。
「ええ! 早速1つ覚えたわ」
「ほう、どんな魔術だ」
「転移魔術! 目を閉じて頭の中で特定の何かをイメージして、自分がその近くにいるところを強くイメージするとそこに瞬間移動できるの」
「ん、それ結構高度な魔術なんじゃないのか?」
「そうですね。1日で覚えられる魔術ではないはずです」
フローリアがうなずくと、ステラは得意げに胸を張った。
「まだすぐ近くにしか移動できないけどね。でもよかった。この調子で魔術を覚えていければ魔お――」
慌てて口をつぐみ、氷漬けになったように固まるステラ。セーフ、アウトの判断を仰ぐように俺をちらりと見る。俺は厳重注意処分として軽くにらんだ。
……魔王としての自覚が芽生えてくれて何よりだよ。
俺が呆れる一方で、フローリアはその様子を怪訝そうに見つめていた。
「どうしました? 魔術を覚えていけば……なんですか? まお?」
「あ、いや、ちがっ……違うの」
ステラが顔の前に上げた両手を慌てて振り乱す。
「違うというのは?」
「えっと、その……うん、噛んだの。そう、ただ噛んだだけ」
「そうですか」
うなずくフローリアに、俺とステラはそろって安堵の息を漏らす。
「てっきり、魔王になれるかもとでも言い出すのかと」
「へっ!?」
息を吸い込んでいる途中だったせいで妙に甲高い声で驚きを露わにするステラ。
「……どうかしましたか?」
「い、いいいいや、いやいや、あんまり突拍子もないことを言うからびっくりしちゃっただけで……あは、あははは……」
挙動不審を絵に描いたようなステラに、またも怪しむような目になるフローリア。
ステラはちらりとフローリアを見て、怪訝な瞳と目が合うとすぐにそらす。
数秒経って同じように眼球だけを動かし、またフローリアと視線を衝突させた。
繰り返す度フローリアの不信感はあからさまに増大していく。
……これは多少無理にでも話題を変えてやった方がいいな。
「でもなんで転移魔術を? 護身用に戦闘向きの魔術とかでもよかったんじゃないか?」
ステラはその助け舟に嬉々として飛び乗った。
「あ、うん。それは本当にただの思いつきでね。ベルガの顔見られなくて寂しいなって思ったから、転移魔術でもやって――」
フローリアの追求から逃れた安心感に緩んでいたステラの頬が急に紅潮する。
「――やって……みよう……か、な……って」
「……どうした?」
俺がそう尋ねたときにはステラの首から上はもはや爆発寸前だった。
「な、なし!」
「……は?」
「今のなし! 聞かなかったことにして!」
「なんだそれ。……別にいいけど」
今なんか聞かれたらまずいようなこと言ってたか? そもそも魔王であることを知ってる俺に聞かれてまずいことなんてステラにあるのか? うーん、まったくわからん。
「ふむふむ、愛の力が不可能を可能にしたと」
「――聞かなかったことにしてってばぁ!」
フローリアがニタニタ笑いながら言うと、ステラが悲鳴を上げた。
「愛の力?」
「はい。こっちに来てからずっと、口を開くたびに『ベルガはまだ着かないの?』とか『ベルガは何してるの?』とか――」
「わー! あーあーあー!」
フローリアの声をかき消すように、ステラが必死に叫び声を上げる。
……なるほど、そういうことか。
「はは、それは愛ではないだろ」
「え?」
なぜかステラが眉間に深いしわを刻んでにらみつけてくる。
「あれだろ? 親元を離れた子供とか、飼い主と離れた犬みたいな不安」
「ち、違うわよ!」
「じゃあなんなんだ?」
「だからそれは私がベルガのことを……」
「俺のことを?」
「私が、ベルガを……」
そこまで言って黙り込んだステラは、喉に何か詰まったように顔をしかめて黙り込む。そしてがっくりと肩を落とした。
「……私の臆病者」
臆病……? 1人で生きていくっていう決断ができないことがか?
じゃあやっぱり聞かなかったことにして欲しかったのは、転移魔術を覚えたことが俺に頼ってる証拠みたいに思えたからか。子供っぽいと思われるのが嫌だった、と。
まあ確かに他者を頼っている状態というのは、胸を張れるようなものではないからな。隠しておきたい気持ちもわかる。
「はあ……。もう私の話はやめましょう。ベルガは昨日何してたの?」
ステラは陰鬱な表情でため息を吐き出してそんなことを聞いてきた。
「俺か? こいつとやりあってただけで、これといって何かをしてたわけではないからな……」
ああ、でも1つ明らかな変化があったか。
「まあ強いて言えば結婚式?」
俺がそう言った瞬間、ステラの眉がぴくりと上がった。
「……結婚式? 誰の?」
「フローリアの」
引きつった笑顔で首を傾げるステラ。
「フローリアさんが、誰と?」
「え? 俺と」
ステラの顔が表情を失う。
「念のため聞くけど、そのオレっていうのは『オレ』って名前の人? 『オレ』さん?」
「いや、俺。ベルガさん」
視覚的に説明した方が手っ取り早いかと、左の手の甲をステラに向けてやる。俺の横でフローリアも同じように左手の薬指を見せた。
ステラはその場で硬直し、微動だにしなくなる。
「おい、ステラ?」
俺が声をかけた瞬間、ステラは石像が倒れるようにソファの上に倒れ込んだ。半開きになった口と白目は、世界の終わりを告げられたかのような絶望感を醸し出していた。
……なんだ? どうしたんだ、一体?
この人でなし!




