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須賀涼太(警察官)【7】

 勢いあまって廊下でたたらを踏んだ須賀の目に飛びこんできたのは、にわかには信じがたい光景だった。

 血の海に男が一人倒れている。ここの警備員だろうか――仰向けに倒れたその姿は凄惨なありさまで、身体のいたるところが引き裂かれ、秘められた中身が毀れだしていた。顔の半分が荒々しく抉られ、血と肉と脂肪が覗く傷痕は、白々とした照明を受けてむしろ瑞々しいほどだ。年齢は須賀と同じくらいだろうか。一目見ただけで、手の施しようもないことはすぐにわかった。須賀は目を背け、抑えようもなくせりあがってくる吐き気と戦おうとしたが、一秒と耐えきれず床に嘔吐した。

 涙で滲む視界の端には、しかし、はるかにおぞましい眺めがちらついていた。その姿を網膜ではっきりと捉えながらも、須賀はしばらくその現実を理解するのに時間がかかった。高校生ぐらいの少年と少女が、老人に襲いかかっている。押し倒された老人は弱々しい悲鳴をあげているが、四肢は力なく床に伸び、声もすぐに途切れて聞こえなくなった。少年少女は四つんばいになって、老人の肩や下腹部に顔をうずめていた。彼らが細かく顔をふるたびに、赤い血飛沫があたりに跳ねる。須賀がぼんやりと見守るうちにも、老人を中心にした血だまりがゆるゆると床に広がってゆく。

 ドラッグ、幻覚、心身喪失、暴力的な衝動――若年層にまで広がる薬物乱用、人の理性を完全に失わせるほど強力な覚醒剤……。本能的にあとずさりながら、警察官としての須賀がなんとか摑み取ったのはその可能性だった。だがポップ・カルチャーにどっぷり浸かった二十代の若者として、ほとんど反射的に連想したのは、はるかに映画的で非現実的な存在だった。

「ゾンビ……」

 そのささやきは須賀の舌のうえで泡のように弾けただけで、声は自分の耳にさえ届かなかった。だが哀れな老人を喰い散らかしていたふたりの子供は、銃声でも聞いたかのように激しくこちらを振り向いた。まず少女が、そして少年がゆっくりと起きあがる。頭のてっぺんに重心が移動したみたいに不安定な歩き方で、二人はゆらゆらと須賀に歩み寄りはじめた。まだ遠い須賀をはやく摑もうと、両腕は可能な限り前に伸ばされており、はやく啖いつこうと、その口は既に大きく開かれている。

 少年の口からこぼれ落ちた赤黒い肉の塊は、老人のどの部分だったのだろうか。

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