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須賀涼太(警察官)【3】

 音のせいで振り向いた須賀は、しかしその一瞬、景色から一切の音が掻き消されたような気がした。白地に赤いラインが一本だけ走った救急車が、頭に載せたサイレンを点滅させながら、目のまえ十メートルくらいのところを右から左へ滑っていくところだった。車道は少なくとも車体一台分以上は向こう側で、それはまさに須賀の目が救急車を捉えた瞬間、路上の女性が撥ね飛ばされたことからも明らかだった。下顎が落ち、口がOの字にぽかんと開くのが自覚できた。女性の身体が空を舞い、いびつな卍を宙に刻む。さらにその向こう、救急車の進行方向から、なにかをわめきながら野元が駆けていくのが見えた。顔のひきつり具合や血走った眼もはっきりと見えたが、声は聞こえなかった。そして救急車が彼を轢き潰す音も。

 白昼夢のような光景をまえにして思考はやけに明瞭だったが、身体はまったく動かず、それもまた夢のなかの出来事のようだった。須賀にできたのは、顎をすこしだけ震わせてなにか声を出そうとすることくらいで、両手は交通違反の調書に光瀬なにがしの職業を書きこもうとする姿勢のまま、ぴくりとも動かなかった。

 轟音が須賀の意識へ叩きつけるように戻ってきたのは、救急車がそのまま駅ビルの外窓をぶち破った瞬間だった。ガラスが砕ける音や金属のひしゃげる音に重なって、悲鳴があちこちで上がっている。突っこんだ車は横倒しになって、尻だけを外に突き出したかたちで停止した。あそこは確か、ちょうど喫茶店のテナントが入っていたところだ。

「なんですか、あれ……」

 光瀬が呆然とつぶやくのが聞こえた。須賀は事故現場から視線を外せないまま、右手を彼のほうに向けて小さく上下させた。ここで待っててくださいね、と伝えたつもりだが声にはならず、光瀬が了解したかどうか確認することも頭になかった。

 交番に戻った須賀を迎えたのは、こちらもようやく夢から醒めたように動きだしたばかりの上司や同僚たちだった。休憩中だった同僚があわてて上着のボタンをかけ間違える横で、巡査部長が電話口で怒鳴っている。奥から険しい顔でやってきたのは上司の松尾だった。松尾は「須賀、来い!」と短く命令すると、すれ違いざまに肩を叩いて彼を促した。やっと正気に戻った気分で、須賀は交通違反の調書をはさんだバインダーを机に投げると、すでに駅ビルに向かって走っている松尾を追いかけた。

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