表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/109

須賀涼太(警察官)【2】

 そう、事情はわからないでもない――チャイルドシートを嫌がる赤ん坊、狭い車内に響きわたる泣き声、子供の涙を無視することのしのびなさと、授乳のためにいちいち停車することのもどかしさ。けれど、「このぐらいの距離なら」「このぐらいの時間なら」がすこしずつ延びてゆき、やがて事故の瞬間まで引き延ばされることになるのだ。

 だが須賀には、同僚の野元のように、あの事故を引き合いに出して嫌みったらしく脅すようなことをするつもりはなかった。違反者への苛立ちや事故へのやりきれなさは、「規則ですから」の乾いた一言で包みこんで、淡々と事務的な処理を進めるだけだ。

「いちおうですね、チャイルドシート使われてないと、違反点数が1点加算になります。罰金はありませんので」

「あ、はい、わかりました」

「では、調書つくらせてもらいますので、お名前おうかがいしてよろしいですか?」

 須賀は男が口にした「こうせ、のぼる」をフリガナ欄に記入した。

「どういう字を書かれるんですか?」

「光る『光』に、瀬戸内海の『瀬』。のぼるは昇竜拳の『昇』です」

 唐突な有名格闘ゲームの技に表情を崩すまいと努力しながら、「昇竜拳の『昇』ですね……」とぼそぼそ繰りかえす。語尾が笑いですこし揺れるのは抑えられなかった。

「ご職業は?」

 どこからか近づいてきた救急車のサイレンがかぶさり、須賀はすこし声を大きくしなければならなかった。光瀬と名乗った男は答えたが、だんだん大きくなってきたサイレンでよく聞き取れない。須賀は繰りかえした。

「もう一度よろしいですか?」

 ぽかんとした表情で見つめ返され、須賀はもうすこし声を張りあげた。

「すみません、聞き取りづらくて――」

 そのとき、須賀は男の視線が自分を素通りして、背後の何かに注がれているのに気づいた。救急車のサイレンが背中のすぐ後ろを通っており、タイヤが路面を猛スピードで捉える音も聞こえた。サイレンのあまりの近さ、そして駅前広場を通るにはあまりに猛烈な走行音に、須賀は不審に思って首をめぐらせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ