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須賀涼太(警察官)【1】

               鹿児島県鹿児島市

               4月28日(木) 


 先輩の野元一哉巡査長がその通報を受けたのは、須賀涼太が青のコンパクトカーを交番の駐車場に誘導しているときだった。先輩はけだるげに肩をまわしながら外に出てくると、いつものように力のない声で呼びかけた。

「いつもの。今から行ってくるから、あとから来てよ」

 車の運転席のほうにまわりながら、須賀は「はい」とうなずいた。いつもの、とはつまり、駅ビルの書店からの万引きのことだろう。紀伊國屋は中規模の書店だが、駅ビルにあって人の出入りが激しいせいか、万引きの被害は市内でも一、二を争うのだという。店長や警備員から溜息まじりの電話がはいるのは、週に一度や二度のことではない。鹿児島中央駅前交番に配属になってまだ数ヶ月だが、須賀もそこからの通報には慣れっこになっていた――ましてやここに二年勤めている野元はなおさらだ。犯罪の通報には――程度の差がどうであれ――本来、二人以上で対応しなければならないところだったが、紀伊國屋からの電話のときには、とりあえず一人が向かうことも珍しくはなかった。

 調書をはさんだバインダーを手にした須賀は、控えめな笑顔をつくりながら、駐車した車の窓を覗きこんだ。

「お忙しいところすみません。チャイルドシート、お使いじゃなかったみたいで」

「いえ、いえ。こちらこそ、ほんとすいませんでした」

 パワーウィンドウを下ろしてそう謝ったのは、黒縁の眼鏡をした線の細い男だった。後部座席にはまだ小さな子供を抱えた母親がいて、やはり申し訳なさそうに頭を下げてきた。隣に据えられたチャイルドシートにちょこんとおさまっているのは、子供ではなく、大きなリュックサック――おそらく子供用のおむつだの着替えだのが入っているのだろう――だった。彼らはさきほど、駅の立体駐車場にはいろうとしたところを取り締まりの警官に見咎められ、交番まで誘導されてきたのだ。

 事情はわからないでもない。けれどその事情というのは、つい一週間まえ、この駅前の交差点で起こった悲惨な事故の原因でもあった。

 あのとき、事故の音を聞きつけて最初に駆けつけたのは、ほかならぬ須賀だった。軽トラックの鼻づらが軽自動車の後部にめりこんでおり、双方からふらふらと数人が降りてきているところだった。子供が乗っていたのは追突された側の軽自動車で、車体こそ無残にへこんでいたが、乗っていた人たちにさほどの怪我はないように見えた。けれど、チャイルドシートでなく母親の腕に抱かれていた一歳の女の子だけが、両親の呼びかけに答えることがなく、その後も二度と開けることがなかった。両親の当惑した表情が徐々に驚愕や絶望に浸されていくのを、須賀は間近で見つづけた。

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