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阿蘇由実(会社員)【2】

 どうすれば言うことができただろう、不妊の原因が自分ではなく夫にあるかもしれないなどと? 自分たちには子どもができにくいかもしれないことが徐々に明らかになってきたとき、夫は穏やかな態度で、不妊治療という選択肢を挙げた。しかし彼にとって、それは由実ひとりに関係のあることだった。自分のほうは、精液という魔法の液体をふりかける仕事をしっかりやり遂げているのだから、問題があるのは子を宿す機能、受精や着床のプロセスのはずであり、したがって治療の必要があるのは母体だけのはずだった。

 だが実際に問題があり、治療の必要があったのは夫のほうで、それがわかったのは甲斐のない治療を続けて五年後、それまで敬遠していた人工授精へのステップアップをしぶしぶ了承した直後のことだった。提供された精子に異常な所見が認められるだのなんだのと説明を受けたとき、由実はなんとなく、やっぱりと思っている自分に気づいた。低ゴナドトロピン性精巣機能低下症――ホルモン異常のせいで精子が充分につくられない――というそっけない判決を突きつけられた夫は、信じられないといった表情で、診断書を机に放り投げたものだ。彼はこちらに目を向けず、いささかぶっきらぼうな口調でこう言った。

「で、どうしたらいいの?」

 もちろん、夫が治療を受ければよかった。

 ホルモン注射を始めて半年後、これまでの不妊が嘘のように赤ん坊を授かった。妊娠というものには男女双方の役割があるのだから、不妊の原因が女性だけにあるわけでないということは、由実ももちろん知識として持っていた。だが今になり、彼女はその考えをなんとなく斥けてきた自分に気づいていた。

 必要なのは勇気だったのだ。一緒に不妊外来に通ってほしいと言いだす勇気。あなたの側もちゃんと確認してほしいと頼む勇気。夫に不快な思いをさせることへの気後れはもちろん、いざ調べた結果、夫の精子にはなんの問題もなく、やはり悪いのは自分なのだという事実を突きつけられるのを恐れて、胸にある疑念からつとめて目を逸らしながら、なんとなく治療を続けてきてしまった。夫としっかり話し合う心の強さを持てていれば、五年もの歳月を無駄にすることはなかったろうに。そして――否応ない現実として――重ねてしまった年齢のせいで、次の子どもは諦めるということも。

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