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萬福博吉(農業)【3】

 娘夫婦はなかなか子供に恵まれなかった。夫婦のどちらにどのような問題があったのかは聞いていないが――妻は知っているようだったけれど――、不妊治療に金も時間もかなり費やしたらしい。結婚してすぐのころは、博吉も何気なく「子供はまだか」などと聞いたものだったが、五年も経つとなんとなくその話題はタブーになり、十年経つころにはほとんど忘れかけていた。

 由実が妊娠したという報せを妻から聞いたときは、だから、嬉しさと驚きとおなじくらい強く心配したものだ。三十代も終わりに差しかかっての妊娠――それも初産――が母体にどんな負担をかけるか、テレビや雑誌で見たことがないわけではなかった。もちろん本人たちが一番よくわかっていただろう。妻からの口づてに、出生前診断という不穏な選択肢が聞こえてきたりもした。実際にそのような診断をしたのかどうかは、博吉は知らなかったけれど。

 やはり安産とはいかず、丸二日間かけてついに孫娘の顔をみることができたときは、博吉もさすがに涙をこらえることができなかった。

 夫婦の長年の夢が実ったこと、そしてまたいつか抱くであろう自分の夢を同じように実らせてほしいということで、小さな赤ん坊は「みのり」と名付けられた。由実の旦那の仁成くんも穏やかで優しい人だった。みのりは二人の愛情を受けてぐんぐん成長しているようだ。すべてが順調に、幸せを絵に描いたような日々が続いているように思える。

 博吉自身の小さな罪悪感のようなものを除いては。

 いや、それは罪悪感というほど刺々しいものではなくて、すこしうしろめたい気持ち、本当ならこうあるべきじゃないかと思う自分になれない後悔の、その影のようなものだった。

「おかあさんもいっしょ?」

 手をつないだみのりが、仰向くようにこちらを見上げる。たい焼きが楽しみでぐいぐいおじいちゃんの手を引っ張るのだが、博吉がそこまで急ごうとしないため身体が斜めに傾いでいる。むしろ博吉に急ぐつもりがない――彼女に合わせるつもりがないというべきか。

「いやあ、ちがうよ。お母さんはね、ほら、あそこ」

 そう答えて、廊下の先にみえる喫茶店を指差す。看板には「オクタホテル」とあった。

「お母さんはあそこでお友だちと会ってるからね。みのりちゃんとおじいちゃんで、二人でたい焼き食べようね」

「えー」

「あ、おじいちゃんはたこ焼き買うんだった」

「たこやき? みのりも食べる!」

「たこ焼きまで食べちゃうとご飯が入らないんじゃないかな」

「えー、食べたい! えー!」

 空いたほうの手で顔を覆い、天井を見あげて叫ぶみのりに、思わず頬がほころぶ。だがいつものことながら、かすかな疑念が心をよぎった。自分は本当に孫をかわいがれているだろうか? ほかの人のように、この子をじゅうぶん愛せているだろうか?

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