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萬福博吉(農業)【2】

 彼は廊下の脇のベンチに腰かけ、手にしたペットボトルのお茶をひとくち飲んだ。店のおもちゃのまえで楽しそうにうろうろしている小さな姿から目を離さぬよう気をつけながら、背もたれに身体を預けてぐったりする。

 娘と孫といっしょに、自宅の近くの商業ビルに来ていた。娘がここの喫茶店で友人と会うというので、そのあいだ孫娘のみのりを預かることになっていたのだ。

 一時間ぐらいなにも気にすることはない、と博吉は娘に請けあった。いつも仕事に育児にで、友だちと会う時間もとれないだろう。みのりももう四歳になるんだから、おじいちゃんと二人でも大丈夫、たまにはゆっくりしてきなさい。そう言って笑ったときの気持ちは本物だったけれど、十分前に別れたばかりだというのに、もう博吉は娘に戻ってきてもらいたくてたまらなかった。

「おじーちゃん!」

 子ども向けの服やおもちゃが並んだ店――入口のうえにまるっこい字でKPと書いてある――から、みのりが呼びかけた。棚から顔をななめにのぞかせた孫娘が、期待にみちたまなざしでこちらを見つめている。博吉は眉根を寄せ、瞳を上に向けると、唇をとがらせて、両手で頬を挟んで押し下げてみせた。おじいちゃんのしわくちゃな変顔にきゃっきゃと笑い声をあげ、みのりはすぐに棚に隠れる。しかしすぐまた反対側からこちらをうかがうと、半分笑みにゆるんだ顔で待つのだ。これがさきほどからしばらく繰り返されていて、いいかげん博吉も恥ずかしくなっていた。

「みのりちゃん、なんかおやつ食べにいこうか」

 ベンチから腰を浮かせながら腕時計をみる。五時半過ぎ。いつもなら間食は控える時間だが、今日はとくべつに娘の許可もとれていた。

「おやつ!?」

 ぱっと顔を輝かせ、みのりが店から飛びだす。廊下の買い物客のあいだを器用にすりぬけて、あわてるおじいちゃんの脚に体当たりするように抱きついた。

「あぶない、あぶないよ、みのりちゃん」

「おやついいの?」

「いいよ、下でたいやき買おうか」

 確か地下へのエスカレーターを降りたところに、たいやき屋があったはずだ。“銀のあん”とかいう名前で、みのりはそこのカリカリした薄皮たいやきが好物だった。タコ焼きも売っているので、自分はそれでも買おうかと思った。

「やったあ! たいやき好き! みのりね、たいやき好き!」

 たいやきくらいで気を逸らしてくれるなら安いものだ。みのりは博吉の手を握り、はやくはやくと引っ張るように進んでいく。髪飾りの揺れるその小さな頭を見下ろしながら、四年経つのも早いものだとあらためて考えた。

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