塩屋雅弘(警備員)【6】
ビルから出るまでは声をかけないのだろうか? このプラザ本館には、二階に鹿児島中央駅に直結する通路がひとつ、一階には四箇所、地下にも出口がいくつかあったはずだ。老人はどこから出るかわからない。気づかれないように距離を保って、あとからついていくのだろうか? 塩屋がそう思ったとき、御倉が首をめぐらせて、「行こうか」と低くつぶやいた。
御倉が小走りに老人のほうに向かい、塩屋も慌ててあとに続いた。御倉が「おじいちゃん」と呼びかけながら老人の肩に手を置いたのは、紀伊國屋書店の三つ先、ラフィネ――塩屋も一回だけ利用したことのあるマッサージ屋――のまえでだった。
「その鞄のなかのものね、お金がまだだと思うんだけど」
老人はぼんやりとしたような顔で警備員を見あげていたが、その両肩からふっと力が抜けたのは塩屋にもわかった。
「ここだとなんだからさ、ちょっと事務所まで行こうか。いい?」
老人は目を伏せて、従順にうなずいた。
紀伊國屋書店の事務所は、店の中央通路をいちばん奥まで進んだ突きあたりにある。老人の歩調に合わせて三人でゆっくり歩いた。周囲の客たちから控えめな好奇の視線が注がれるのを感じる。塩屋がそちらを向くと、誰もが礼儀正しく目を逸らした。
「店長さん呼んできて」と言われた塩屋がひとめぐり書店内を捜し、写真集のコーナーで見つけた店長をともなって事務所にはいったとき、御倉は腕組みをして壁にもたれかかり、老人は椅子に浅く腰かけてうなだれていた。事務机のうえには本が一冊置いてある。『きょうの料理ビギナーズ』。素朴な料理の写真とアニメのおばあちゃんのイラストが載った表紙と、万引きという行為がすぐには結びつかず、塩屋は眉をひそめた。
「御倉さん、お疲れさまです」
事務所に入るなり、店長の枕崎は何度も頭を下げた。御倉はうなずきながら壁から身を離した。
「お疲れさまです。これ一冊だけみたいです」
「おじいちゃん、どうしてこんなことしたの~」
大仰な抑揚をつけて言いながら、枕崎は机のうえの料理本を手に取った。深いため息と左右に振った首、力を抜いて落とした肩で、あきれかえった態度を示してみせる。




