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塩屋雅弘(警備員)【2】

 半年間の研修を経て、塩屋は三月一日付けで、ターミナルビルの警備部門への配属が決まった。とはいっても、もちろん、塩屋本人がこれからずっとビル内を巡回してまわるわけではない。

「塩屋くんは、各警備会社を管理する側になるわけだけどね」と、直属の上司になる西浜邦子に先日いわれていた。「まずは二週間、警備する人の目線で、施設内を歩いてみてください。現場を知るのが基本っていうのはわかるでしょう」と。

 そしていま、彼はひとつだけ支給された制服を着込み、指導役としてあてがわれた警備員のあとについて、地上七階地下一階建て駅ビルのショッピングプラザ――アミュプラザ――の廊下を歩いている。

 その警備員は五十代くらいで、「御倉です、よろしくね」と名乗った声は、制服の襟を押しあげる太い頸からは想像もつかないほどソフトだった。四年以上ここで働いているベテランだ。

「塩屋くんはさ、今日から半月、警備に就くんだっけ?」

 六階の観覧車入口と映画館のまえを、降りエスカレーターに向かって歩きながら、御倉が訊ねた。

「あ、はい、そうですね。よろしくお願いします」

「まずはひとまわり巡回してみるから。だいたいどんな感じか摑めるように」

「はい」

 アミュプラザの五階は飲食店のテナントが並ぶレストランフロアになっている。いまは夕方で、夕食で賑わうにはまだ時間が早いものの、それでもカフェなどにはそれなりの客の姿が見えた。御倉は特別なにかに気を払うふうでもなく、廊下をすたすたと歩いていく。塩屋は右斜め後ろをついていきながら、お酒の時間でもないし、そんなに注意するもないのだろうと思った。

 塩屋もよく訪れる黒豚料理の店――“ひいふうみい”――のまえを通って、さらにもう一階下へ。エスカレーターに先に立った御倉が、振り返って彼を見あげた。

「さっそくだけど、次は、特に注意しなくちゃいけないところのひとつです」

 塩屋が御倉の肩越しに五階に目をやると、そこには紀伊國屋書店のフロアが広がっている。

「本屋さんですか」

 御倉はうなずくと、周囲に人がいないのを確かめてから、声を落とした。

「本屋はね、多いんだよね」

「多い?」

 わからないかな、これを口に出して言わせるのかな、というように、御倉は鷹揚な、すこしだけ困った大人の笑みを浮かべた。塩屋はこめかみのあたりに恥ずかしさと苛立ちがちらつくのを感じた。

「万引き」

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