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崎山優城(高校生)【8】

 それは異様な光景だった。数人の男女が入り乱れている。一人は崎山の通う高校の制服を着ている女子――後ろ姿だから誰かはよくわからない。彼女の腕をつかみ引っ張っている男、あれは――大里? そうだ、大里だ。そしてもう一人、横転した救急車の割れたフロントガラスから上半身だけを突き出している男。そいつは女子の頭と肩をがっちりと摑まえていた。そして、その首筋に――か、嚙みついて……?

 あの考えが、ふたたび、電光のように崎山の頭で弾けた。嚙みつく者。死んで甦る者。生きた屍。――ゾンビ。

 だがまさか、そんな。あれは、ゾンビは、元はブードゥーに伝わる甦った屍体のことで、映画監督のジョージ・ロメロがホラー仕立てに脚色した創作物のはずだ。現実に存在するはずがない。またぞろ自分の妄想癖が、こんな切迫したときに頭をもたげてきただけだ。

 とにかく何とかしなければ。誰か(まさか宇都さんか霧島さんだろうか)が謎の男に襲われている。大里がその男の顔をぶん殴っている。羽島さんが大里を助けに走っている。自分も何かをしなければ。なにか――、

 な、なにか……、

 だが崎山の身体は動かなかった。竹刀を握り締める手に力が籠もるばかりだった。

 それなのに、頭のなかは猛烈な勢いで回転している。連想が連想を呼ぶのを止められない。嚙みついてる。あれだけの事故、割れたフロントガラスを突き破るくらいの衝撃に見舞われた男が、ゾンビみたいに。ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ。

 ゾンビ、それじゃ嚙まれたあの子もゾンビになるんだろうか。どれぐらいでそうなってしまうんだろう。お説は実にさまざまだ。数日から数時間というのをよく観る。『ウォーキング・デッド』だと、たしか最短3分。『ワールド・ウォー・Z』だと12秒。個人差はあるのか? どうしよう、逃げたほうがいいだろうか。いやまさか、だから、本当にゾンビであるわけがないのだ。それはわかっているのだけれど、どれくらいの移動速度なんだろう? 古き良きゾンビ、足を引きずりながら歩くやつだろうか。それとも、『28日後…』型、全力疾走するタイプだろうか。待て、待て本当に、考えるのをやめないと、なんでもいいから動かないと、大里たちのところに走らないと。だが実際、知性のほどはどうなんだろう? 人肉に喰らいつくことしか考えられないのか、それとも、そうだ、ロメロの描くゾンビは少しずつ知性を獲得していっていた。道具を使い、集団を率いる、ほとんど指導者のようなゾンビが登場していたのは『ランド・オブ・ザ・デッド』だったか。どのタイプのゾンビが相手なのかで対処のしようも変わるというものなのだけれど、いい加減にゾンビから離れなければ。

 崎山が棒立ちのまま思考をぐるぐる回転させているあいだに、羽島さんが大里をひきずるように店外に連れ出していた。大里の腕には血だらけの女の子が抱えられている。あれは――宇都さんだ。がくりと伏せられた顔でよくは見えないが、首から激しく出血しているようで、上半身の制服が真っ赤に濡れていた。

 あ、やばい、と直観した。

 嚙まれたんなら、もう終わりだ、と思った。嚙まれた人間はすべてゾンビになる。それがセオリーなのだから。

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