崎山優城(高校生)【6】
「どう? あんまない?」
こちらに視線を戻して、羽島さんがもう一度ささやいた。崎山も心なしか身をかがめ、声を落とした。
「あー、いや、たまにするね、言われてみれば」
「えっ、えっほんと? どんなどんな?」
一層ぐいっと羽島さんが身を乗り出してくる。崎山はこめかみのあたりが熱くなるのを感じた。きらきら輝く瞳をほとんど見ることができず、前を向いたままでしかいられない。
「宇都さんかわいいよなーとか」
「えー!」
「タイプかもーとか」
「ほんとー!」
そんなふうに声をひそめて話していると、やたらと彼女との距離が縮んだような気がして、心が浮き立った。同時にそんな自分が、羽島さんとの可能性をどうしても考えてしまう自分が、恥ずかしいような、嘲笑いたくなるような気持ちも陰を差すけれど。
羽島さんはオクタホテルの奥にいる二人に向きなおり、嬉しそうに「あらら~!」やら「まあまあ~!」やら、なんとなくおばちゃんっぽい嬌声などあげている。
そんな彼女の横顔を見ながら、崎山の頭はぎこちなく、しかしめまぐるしく回転していた。なんと会話を続けたものだろう? 「大里の好きな子が気になるん?」とでも訊こうか――いや、気になるのはいまの質問から明らかだし、そんな軽い口調で訊けるほど近しい仲じゃないはずだ俺たちは(俺と羽島さんは)。「嬉しそうだね」とか「良かったね」がいいか?――キモいだけだ。「羽島さんのほうがかわいいと思うけど」――絶対にダメだ、言ったら終わりだ。むしろまったく関係ない話題にすべきだろうか――「そういえば、たしか羽島さんのお兄さんってここでバイトしてるんだっけ?」とか……
完璧なコミュニケーションはいつも遅れてやってくる。いまの崎山は黙りこみ、彼女の横顔を眺めるしかなかった。
しかしそうだったからこそ、崎山は、彼女の表情の変化を見逃さなかった。
ほとんど一、二秒のことだった。楽しそうにきらめていた瞳が曇り、眉が怪訝とひそめられた。不審のうかがいはすぐに驚愕のひきつりへと移る。頬の筋肉がこわばり、瞼が大きく見開かれ、上唇がぶるっと震えた。そのただならぬ様子に、崎山も彼女の視線の先を追う。彼の目が窓の外のそれを捉えたのと、羽島さんの叫びが響いたのとはほとんど同時だった。




