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迫洋子(市役所臨時職員)【8】

 電話口で言われたことを考える。事件を知ったマスコミがやってくるということ。すでに実家に移っているから、しばらくは私たちの行方もわからないだろうけれど、じきにここにも押し寄せるだろうということ。別府はなんと言っていたか? 友達の家かホテル? 友達――あてがないわけではないが、家族三人、いつまで続くかわからない(……ほとぼりが冷めるっていったいいつ?)避難生活で厄介になるわけにはいかない。だがホテルはもちろんお金が問題になる。費用を両親に頼めるだろうか。父は退職して年金暮らし、実家のローンもつい昨年終えたばかりだ。それほど余裕があるわけじゃない。

 いや――と、洋子はうっすらと目を開ける。この際、子供だけでも……。

 上体を起こすとアドレス帳をフリックし、阿蘇由実の番号を呼び出した。


 ――そして、いま、彼女との待ち合わせ場所に向かいながら、洋子は鹿児島中央駅の改札をのろのろと通り抜けている。由実には電話で事情を話すことができなかった。それでも、中学からの友人は、「お願いがあるの」という声の調子から何かを感じとったのか、すぐに会って話そうと言ってくれた。

 約束の場所は駅ビル――アミュプラザの一階、オクタホテルという名の喫茶店だ。二人が会うときはよく待ち合わせに利用しているが、今日はひどく遠く感じた。人の流れに逆らって壁際まで行き、手をついて頭を振る。眩暈がするのは寝不足だからなのか、精神的に参っているからなのか。

 鹿児島中央駅と隣接する商業ビルとは、二階の連絡通路でつながっている。セールのドーナツを買う人の列を通り過ぎ、混雑した波に乗るようにエスカレーターに足を乗せる。一階に降りて右手にすこし歩けば、目的の喫茶店だ。店は手前が雑貨をあつかうスペースになっており、そこを抜けた奥――外に面した側にカフェが併設されていた。なじみのアルバイトの女の子に窓側の席を案内される。

 青とクリーム色を基調にした店内の爽やかな雰囲気にも、つつみこむように暖かな夕陽の光にも、むしろ気分が暗く沈められるように感じる。耳に届くたくさんの声――楽しそうな声が、心をかたくなにしていくのがわかる。ひとりでテーブルについているのは自分だけだ。洋子はまわりの世界と自分とが、見えないけれどはっきりとした壁で仕切られてしまったような気がしていた。テーブルに肘をつき、両掌に顔をうずめる。ちらりと見えた腕時計は、五時十五分を指していた。約束の時間まであと十五分。

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