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迫洋子(市役所臨時職員)【4】

 洋子は夫をうかがった。ふだんからさほど血色のいいとは言えない顔が、いまではほとんど青黒く見える。額には脂汗がびっしり浮かび、色を失った唇は細かく震え、何かを言おうと開いては閉じを繰り返している。允人さん、と囁くように呼びかけながら、洋子は夫の腕に手のひらを載せた。夫はびくりと大きく一度震えると、ほとんど泣きそうな、すがるような目で洋子を見た。

 そんな顔しないで。洋子はほとんど叫びそうになるのを懸命にこらえた。夫の腕にかけた手に力がこもる。そんな怯えきった姿を見せないで。いつも通りの落ち着いた声で、なんでもないんだって言って。たいしたことじゃないんだって言って。

 何度か浅い呼吸を繰り返したあとで、夫はようやく、蚊の鳴くようなか細い声を、自分の膝にぽとりと落とした。

「ごめん……」

「なに――なん、なんなの?」

「ごめん、洋子……」

「なにがあったの?」

「本当にごめん……」

「允人さん、話して、なにが……なにがあったの?」

 夫の目からついに涙がこぼれた。洋子は気が遠くなりそうだった。腹の底で不安が渦巻き、喉の奥で恐怖が引きつっている。声が荒くなるのを抑えられなかった。

「なにを……なにをしたの!?」

「ああ奥さん、少し落ち着いてください」

 声をかけたのは助手席の若い男――八房という名前だった――のほうだ。彼は振り返って、後部座席の二人に顔を向けていた。真っ青になって震えている允人をしばらく見つめてから、運転席の別府という警察官にお伺いを立てるような目線を送る。別府は後ろもみずに小さくうなずいた。八房はあらためて身を乗り出すように、洋子のほうへと振り向いた。

「まだ報道などはされてませんのでご存じないかと思いますが、ご主人がお勤めの銀行で横領事件が発覚しました。この二年で二千万円のゆくえがわからなくなっているとのことです。捜査の結果ですね、この事件、ご主人の――ええと、関与がですね、あることがわかったんです」

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