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大里浩一(高校生)【8】

 ――どれだけ気を失っていたのか。

 浩一は床にうつ伏せに倒れている自分に気づいた。うっすらと開けた瞼の向こうでは、ガラスや木材――テーブルや椅子の残骸だろうか――の破片、散乱した服やバッグなどが転がり、夕陽に照らされ朱に染まっている。両手を突いて起きあがろうとしたところで、後頭部に激しい痛みを感じてうめいた。おそるおそる頭に触れ、その手にべっとりと血がついているのを愕然と認める。

 何があったのか。どうしてこんなところで倒れているのか。彼は一時的な記憶喪失に陥っていた。確か今日は史織や宇都さんたちと一緒に遊びにきていて……?

 そのとき、いまだ混乱の極みにある彼の頭に、常ならぬ悲鳴が響いてきた。甲高い女の子の声。だがそれはほとんど絶叫というべきもので、しかもすぐに、うがいのようなごぼごぼ濁った叫びに変わった。身体を持ちあげることができないまま、顔だけを叫び声のほうに向ける。

 滲む視界にまず飛び込んできたのは、横倒しになった白い車体だった。――救急車だろうか。なぜこんなものが屋内にあるのか一瞬わけがわからなかったが、ではつまり、これがさっきの爆発のような音の正体――ガラスをぶち破って飛び込んできたものだろう。徐々に記憶がよみがえる。ではこの後頭部の痛みは、あれに轢かれたものだろうか。わからない。救急車が弾き飛ばした何かに激突したのかもしれない。ゆっくりと焦点が合ってゆく。車の前面がぐちゃぐちゃに壊れているのがわかる。フロントガラスが砕け、そこから上半身だけ突き出した男が――

 浩一は目を細めた。

 上半身だけ突き出した男が、両腕で女の子を羽交い絞めにしている。今も続く絶叫は彼女のものだ。

 途端に意識が覚醒した。宇都さんだった。男から逃れようと必死でもがきながら叫んでいるのは彼女だった。痛みも忘れ、弾かれたように立ちあがる。強い眩暈に襲われてふらつき、壁に手を突いてこらえた。視界が再びぼやける。彼女のほうへよろけるように駆けだしながら、浩一は拳を握り締めた。

 宇都さんはただ男に摑まって悲鳴をあげているのではなかった。男に後ろから嚙みつかれていた。信じられないほど強く、深く。それは彼女の首筋から溢れ出し、制服を見る間に朱く染めていく流血の多さからすぐにわかった。男は自分の顔を血まみれにしながら、宇都さんを放す様子はまったくない。むしろ彼女の抵抗が弱まると、いっそう強引に彼女の身体を引き寄せ、そのうなじに喰らいついた。正気じゃない。頭のいかれたやつだ。

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