堕落竜、王都へ
俺は慣れない人混みに酔い、噴水の脇に腰かけた。
噴水の真ん中でドラゴンの首を切り落としたという伝説の真剣を意気揚々とかかげ、憎たらしい顔をさらしているのは勇者シドラー・アボットの石像。
ここはグルダリア大陸の南に位置する国、サンルカ王国。もともとは人間だけが住んでいた土地で、魔力も特殊能力もない脆弱な人間が快適に暮らすため発展した大陸きっての先進国だ。
その上、一年を通し比較的温暖な気候で植物も良く育つ肥沃な土地。豊かな都会暮らしに憧れて多くの種族が移り住み、今では多種多様な種族が入り乱れる人種のサラダボウルと化している。
そういうわけで俺の目の前を行きかう人々の容姿は様々だ。やはり一番多いのは人間だが、その髪色も黒や茶、赤茶に金など個性を放つ。
次に多いのは獣人。全身毛に覆われた者や、下半身が蛇の者、耳や尻尾だけ生やした者。獣具合も種類も様々。
そしてごく稀に小人や妖精がいる。
だが、俺と同族の者。竜族は一人としていない。まぁ、いたとしても大っぴらに出歩くわけないか……。当の俺だって巧みに竜族である証拠を隠している。
なにがそんなに楽しいのか、俺の前を通りすぎる人たちは、みな弾けんばかりに生き生きとしている。
その一方で、俺は人酔いからくる吐き気と戦っていた。サンルカに入る前に食べたバジリスクの目玉焼きがせり上がって来る。
「ぎもぢわる……」
この世界に生を受けてから二十年、前世も計算に入れると引きこもり歴五十年。半世紀にわたり引きこもっていた俺が、こんな人の多い都会に来ること自体無謀だったのかもしれない。あまつさえ結婚相手を見つけるなんて夢のまた夢だ。
こんな引きニートの俺がサンルカに来た理由。それは一カ月前に遡る。
一カ月前のある晩、いつものように悠々自適な引きこもり生活を謳歌し、自作の小説を執筆していた俺に父親が突きつけてきたのは無常な宣告だった。
『結婚相手を連れてこい。でなければ財産は継がせない』
とある事故をきっかけに、俺に甘々だった父がこんなことを言い出すとは思ってもいなかった。
遥か昔、ドラゴンがグルダリア大陸を支配していた時代に築き上げた膨大な財産を当てにし、世界一の自宅警備員になることを夢見て暮らしていた俺は絶望のどん底に突き落とされた。
まさか引きニートの俺に結婚相手どころか彼女すらいるはずもない。
一体どうすればいいのか。俺は三日三晩悩んだ。悩み過ぎて知恵熱まで出した。
とはいえ解決方法はただ一つ。結婚相手を連れてくるのみ。
とにかく俺と結婚してくれる女を探そう。世界は広いのだ。下半身魚の人魚や体長十五センチほどのピクシーは物理的に無理だとしても、女はたくさんいる。
そして俺は思い出した。昔、風のうわさで聞いたサンルカにあるという結婚相談所の存在を。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
吐き気に耐え俯いていた俺は幼い声に顔を上げた。目の前には頭にピンと犬耳を生やした幼女。栗色の瞳と巻き毛が可愛らしい。夢にまで見たケモ耳ロリ。
「あ゛、あぁ――」
俺はにっこりと微笑んでありがとうと伝えようとしたのだが……。普段使い慣れていない頬の筋肉は思うように動いてくれない。
途端、ケモ耳ロリの耳がぺたんと頭に貼り付く。
「あ、悪魔―!!」
ケモ耳ロリは泣き叫びながら一目散に逃げていく。
「な……、うっ――」
子ども特有の甲高い声が体調不良に拍車をかけた。限界を突破したバジリスクの目玉焼きが胃の中で暴れまわる。
もう我慢できん――。
俺は噛み砕かれ、消化液と混じり、もはや原型を留めていないバジリスクの目玉焼きをアドラー・アボットの石像に向かって勢いよくぶちまけた。
ゴボッロロロロロロロロロロ――。
いろいろな意味ですっきりとした俺は噴水の水で口をすすぎ、軽い足取りで目的の場所、結婚相談所を探すべく歩き出した。