【三題噺】硝子玉の中の壊れた関係。
きっと世界はもう壊れかけていた。
扉を開けた瞬間にむせ返るような薔薇の香りが、私の体を包み込む。
暗い部屋の中、引き裂かれたカーテンの傍らに彼女は佇んでいた。
「……ビー玉みたいだわ」
そう彼女が囁く。それが独り言だったのか、私に向けられた言葉なのかはわからなかった。
日に翳した硝子球が、彼女の頬に涙のような影を落とす。
無意識に踏み出した足が何かを踏んだ。目を向けたそこには薔薇の花束。深紅の花弁は醜くひしゃげていた。
それが意味するものに、私はとうとう自分の罪を自覚させられた。
顔を上げた私を待ち構える世界は、もう幸せな昨日には戻れない。
「私たちの生きる世界は、こんな風にちっぽけ」
ふっと彼女の指からビー玉が転がり落ちる。
やっとこちらを見た彼女の瞳は暗く澱んでいた。
「ねぇ、教えて頂戴」
「…………違うの」
思わずかぶりを振った私に、彼女は人形のように首を傾げる。
さらりと肩口から頬へと流れ落ちた髪で、彼女の表情が見えなくなった。
「ちがう?」
「違うの、私はただ、」
「ただ?」
うまく息が吸えない。
わかっている。わかっているわかっているわかっている。
それでも、むせ返るような薔薇の香りが思考を酔わせる。狂わせる。
「そんなつもりじゃなかったの……! あなたを傷つけるつもりなんてなかった!」
絞り出したその言葉はなんて、醜いんだろう。
ゆっくりと彼女が瞬きをする。
次の一言を私は祈るような思いで待って、そして、
「それでも、あの人は私の婚約者だったのよ」
彼女の瞳から零れ落ちた雫の、その美しさ。
彼女が損なわれていくその様を見て、私は今更に思い知る。
『君は彼女を壊しても良いと、そう思っているのかい?』
抱きしめるその腕を振り払えなかった代償は、なんて。
伸ばした手に身を翻した彼女は、引き裂かれたカーテンの向こう。
もう、帰らない。
一時間で三題噺を書く企画で書いたおそらく3作目。
お題は、薔薇、ビー玉、雫。