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5 大工、剣を作る

 数日後。

イジャスラフは、持ち帰った木材を手に、作業場で一人悩んでいた。

「持ち帰ったのはいいが、これをどうすればいいんだ?」

 頭の中で、完成図を思い描いてみるも、形すら見えてこない。

「まいったな……」

 赤い頭をぼりぼりと掻き、彼は腕組みをした。


 一方、寝室では。

窓を開けて、イリヤーは外の景色を眺めていた。

「また降ってる」

 灰色の空から降るのは、白い雪だ。

ひらひらと、風に吹かれて舞い散る様は、さながら花びらのようだった。

「イリヤー、寒いから閉めてくれよ」

「あ、ご、ごめん」

 ぱたりと窓が閉められた。

セルゲイの傷は、思ったほどではなく、しばらく寝ていれば治るものであった。

「まだ、痛い?」

 イリヤーが、ベッドの上のセルゲイに聞いた。

「少し、な」

 気まずい空気が、部屋に満ちる。

ケガをしたのは、イリヤーも同じであった。

 だが、彼のケガは、セルゲイにやられたもの。

自分のケガを思えば、気遣いなど出来るわけがないのに、イリヤーは。

 そう思うと、セルゲイの顔が熱くなった。

「イリヤー、私を殴れ」

「えっ」

 突如、セルゲイがそう言った。

「な、なんで、いきなり?」

「いいから、殴れ。それで、おあいこになる」

 分からないとばかりに、イリヤーは頭を振った。

「私なりの、けじめの付け方だ、つべこべ言わずにやってくれ」

「う、うん……」

 ぺちん、と音がして、小さな手が、セルゲイの頬にぶつかる。

「平手じゃない、握り拳でやれ」

「え、えええ?」

 戸惑うイリヤーに、彼は睨みを飛ばすと、目をつぶった。

「セルゲイ、ごめん」

 そう、断って、拳が彼の頬にめりこんだ。

「わああ、ごめん、痛かった?」

「大丈夫だ、これぐらい、お前が受けた仕打ちに比べたら……」

「あ……」

 二人は、押し黙ってしまった。

イリヤーが、幼い頃から受けていた仕打ちを、彼は知っていた。

知っていた挙げ句、自らも率先してやっていた。

 その罪の重さに、セルゲイは今更気づいていた。

「なあ、イリヤー」

 重たげな声で、セルゲイは語り出す。

「なんで、私たちの態度がああだったか、お前、知っているか?」

「……知らない」

 イリヤーが、答えた。

「教えてやるよ、その理由」

 ベッドに腰掛けて、イリヤーは彼の話を聞いていた。


 それは、昔の話だった。

セルゲイが、村長の息子として誕生して間もなく、一人のシャマンが村に招かれていた。

 その時のシャマンは、村の行く末を占うために、来ていたのだが、彼は、村長の家を指して、こう言ったのだという。

『この家から、選ばれし子供が出る』

 その言葉に、村長は大層喜び、子供はセルゲイのことだと、疑いもしなかった。

 さらに数年が経ち、村長は、近くの森でイリヤーを拾った。

選ばれし子供の、よき従者となるよう、しつけをしろと家の者に命じて。

 従順こそ、よき子供。言うことを聞かない子供は、冬の精霊にさらわれる。

その昔話の如く、彼らは、イリヤーを暴力で支配した。

 暖かな籠から引きずり出され、抱きかかえていた剣も取り上げられ、幼い子供は恐怖に震えるしかなかった。

 それから時は過ぎ、今度は違うシャマンが、村に立ち寄った。

そのシャマンも、村長の家を指さして、言った。

『選ばれし子供は、赤い髪だ』

 村人は笑った。

村長の家の子供は、黒い髪だと。でたらめだと、そう言った。

 だが、村長は何かに気づいた。

シャマンは、子供と言った。村長の実子とは言っていないことに。

 それから、イリヤーの存在は隠された。

村長の家の子は、セルゲイだけ、セルゲイこそ、選ばれし子供。

 その偽りの事実が、家の中を支配していた。

 だが、それも破綻を迎える。

ドラゴン退治の託宣を行ったシャマンは、とうとう逃げられない言葉を放った。

『村長の家の中に、赤い髪のイリヤーという少年がいる。その子が勇者である』

 村人は詰め寄り、村長の家に押しかけた。

セルゲイではない、イリヤーという子を出せと、わめいた。

 シャマンが指名し、村人が欲した勇者、そして秘されたイリヤー。

 村長は最初のうちは、そんな子はいない、と強気であったが、連日のようにやってくる村人たちに観念し、イリヤーを勇者として、認めざるを得なかった。


 窓から、軽い音がする。

外の雪は、次第にあられとなり、家の壁を軽快に叩いていた。

「シャマンは、最初から、お前を見つけていた」

 うつむくセルゲイの目から、涙がこぼれた。

「お前が、我が家に来たのも、全ては、シャマンの言葉通りだった」

「セルゲイ……」

「父さんは、よく私に言っていた。私が選ばれし子供なんだと」

 幼い頃から、特別な子として、扱われていたセルゲイ。

それが、全て否定され、真の勇者がイリヤーだと判明した時の、彼の気持ちはいかばかりか。

「イリヤー、私は、お前に消えない傷をつけてしまった」

 あふれ出る涙を、彼は隠そうともしなかった。

「ごめんという言葉じゃ、全然足りない。私は、どうしたらいい」

 恐怖の対象だった、彼が、有り得ない醜態を晒している。

「お前を殴ってしまった、捨て子と罵ってしまった。イリヤーが妬ましかったんだ」

 絞り出すように、その言葉が吐かれた。

嗚咽を上げながら、彼はひたすらに泣き続けていた。

「でも、セルゲイや村長さんは、僕をここまで育ててくれた」

 ぽつりと、イリヤーが語る。

「殺そうと思えば、殺せたはず。いくらでも機会はあった」

「そ、それは……」

「僕を殺せなかったのも、シャマンの言う運命、だったのかな」

 セルゲイは、分からないとばかりに、首を振った。

「僕は、村長さんに、育ててもらった恩がある」

 イリヤーは立ち上がり、荷物袋から、あの剣を取り出した。

「だから僕は、この手でドラゴンを倒す。それが恩返しだから」

 それは輝く剣。セルゲイは、家の物だと思っていたが、それは間違いであった。

この剣は、最初からイリヤーと共にあった剣だったのだ。

「セルゲイも、僕と一緒にドラゴンを倒そう、それで一緒に勇者になろう」

「イリヤー」

「僕も勇者、セルゲイも勇者だよ」

 イリヤーが、そっと手を差し出した。

「イリヤー、ごめん、今まで、ごめんよ」

 彼の手を握り、セルゲイは再び涙をあふれさせた。

「もういいよ、これからは協力しよう。セルゲイ」

「やっぱり、お前が勇者だよ、イリヤー」

 涙と鼻水を垂らし、セルゲイは、そう微笑んだ。


 作業場にて、イジャスラフは、一人唸っていた。

「ああでもない、こうでもない。だめだな」

 部屋の片隅には、山と積まれた材料がある。

それに全く触れることなく、ただ時間だけが過ぎていく。

「少し、気分転換でもするか」

 そう言うと、彼は毛皮を羽織り、外へと出て行った。

 表には、雪がうっすらと積もる、村の景色が広がる。

降り続くそれは、いつしかあられに変化していたらしく、肩や背中をパラパラと叩いていた。

「聖なる、剣。か」

 強度を考えれば、堅い樫がいいのだろうが、それでは棍棒と変わりがない。

「大体、イリヤーに棍棒のような剣は似合わない。もっと、こう……」

 何かが出てこようとするが、引っかかって出てこない。

「あー、もうここまで出かかっているのにな」

 さくさくと、雪を踏みしめて、彼は歩く。

寒い雪の降る村は、風が吹き、雪の音と混じって、それは子供の声にも聞こえる。

「……もう、何年になるのか」

 忌まわしい記憶が、彼の心に蘇る。

激しい雪の降る日に、大事なものを失った、あの日の事を。

「雪は、嫌なもんだ」

 あの時を思い出して、イジャスラフの胸が痛くなる。

 それは、彼の未来であり、彼の希望でもあった。

その腕に抱いたそれを、彼は無くしてしまった。

 小さな、小さな希望の火を、彼は吹雪の最中、見失った。

彼は当てもなく、それを探し続け、雪の森を彷徨い続けたが、それはついに見つからなかった。

冬の精霊が、連れ去ってしまった。

 あれから、長い月日が流れた。

あの時と同じ、どこまでも白い雪の世界、その白一色に、赤い炎が、一つ灯る。

 それは、あの日に消えた、彼の大事なもののようで。

「……消えないでくれ」

 ゆらゆらと、炎は声に反応して揺らめいた。

思わず、それを捕まえようと、イジャスラフの足が動く。

「待ってくれ!」

 手を伸ばし、それがもうすぐ触れそうになった、その時。

「イジャスラフさん?」

 目の前で、赤い髪の少年が、彼を見つめていた。

「……イ、リヤー」

 きょとんとした顔をしているイリヤーを、彼は抱きしめた。

「あっ、あの」

「見つけた、俺は、見つけたぞ」

 うわごとのように、言葉を繰り返し、彼はイリヤーの赤い髪を撫でていた。


 それからさらに数日が経った。

作業場に篭もり続けるイジャスラフは、その姿を全く見せなくなっていた。

「おばさん、本当にほっといていいの?」

 心配顔のイリヤーは、そう、スヴェトラーナに話しかけるも、彼女も、いつものことだから、と、作業中は邪魔をしないように言うだけ。

 暇を持てあましたイリヤーは、ケガの治ったセルゲイと共に、魚釣りへと出かけていた。

 川縁にて、魚を釣っていると、一隻の小船が、そばの桟橋にやって来ていた。

「いやー、酷い目にあったな」

 船から下りた男が、そう言う。

「あのドラゴンめ、またデカくなって、参ったなあ」

 数人の男たちが、口々に何かを言い合っていた。

「あの村長も、もうすぐ退治できるからって、時間がかかりすぎだろう」

 思わず、イリヤーとセルゲイの身体が震えた。

「腹が減ってるのか知らんが、暴れて、俺たちの船まで沈めやがって」

「早いとこ、退治してもらわないと、商売上がったりだぞ」

「まったくだ」

 大声で会話を続ける男たちは、そのまま村の方へと、歩き去っていた。

「ドラゴンが、また暴れ出した?」

 ひそひそと、セルゲイが話し出す。

「ちょっと待って。僕たちが村を出て、どれぐらい経ったっけ?」

 イリヤーの問いに、セルゲイが指折り数えて、顔を青くさせる。

「一ヶ月、ちょっと、かな?」

 そう答えて、彼の顔が、引きつった。

「け、結構経ってる……」

 イリヤーの顔にも、冷や汗が流れた。

「まずいな、早く退治に戻らないと」

「でも、イジャスラフさんは、まだ僕の剣は出来てないって」

「そうなんだよな。剣がないと、いけないんだよな」

 二人は困っていた。

 聖なる剣なしに、退治が出来るものなのか。

シャマンの導きから、外れた方法で、果たして正しいのだろうか。

 導き通りならば、彼らには、加護が。

 外れるならば、彼らには、死が。

 生と死、どちらを取ると言われれば、当然、生であるのは明らかだった。

「とりあえず、剣が出来るまで、待とうよ」

「だよな」

「それに、セルゲイも、弓を作らないと」

「そうだ、すっかり忘れてた」

 二人は、顔を見合わせて、くすくすと笑っていた。


 その日の夜。

夕飯を済ませた二人は、寝室にて、今後のことを話し合っていた。

「イリヤー、剣が出来次第、急いで村に戻ろう」

「うん」

「これ以上、引き延ばしたら、村も、交易路も、無くなってしまうしな」

 この時代は、交易路と言えば、主に河川や湖沼が中心であった。

陸地の街道は、よっぽどの奥地か、川のない地域ぐらいにしか重要と思われず、人々は船を使い、都市同士を繋いでいた。

 そして、川の交易路を失うということは、その地域の繁栄を失うのと同義で、町や村の長は、なんとしても交易路を維持させようと、努力を惜しまないのであった。

 二人が、小声で話していると、不意に寝室の扉が叩かれた。

「はーい、どうぞ」

 イリヤーが返事をすると、そこには、何かをやり遂げた顔のイジャスラフが立っていた。

「おう、イリヤー、待たせたな」

「イ、イジャスラフさん、どうしたの、その顔」

 イリヤーの指摘通り、彼の目の下には、大きなクマが出来ていた。

「なあに、少し疲れただけだ。それよりな」

 そう言いながら部屋へと入り、背後から、それを出す。

「見ろ、ついに出来上がったぞ!」

 その手に、完成したばかりの聖なる剣を持ち、彼は自信満々に笑っていた。

「うわあ、すごい!」

「さあ、持ってみろ、イリヤー」

 イジャスラフの手から、イリヤーの手へと、剣が渡される。

 それは、とても軽く、金属の剣とは、全く違う重さであったが、冷たさは感じられず、むしろ温もりさえ伝わるような作りであった。

 持ち手の柄の部分は、滑り止めの彫刻と、しっかり握れる、ちょうどいい太さ。

鍔の部分は、彼の手による、白樺を用いた見事なベレスタ彫刻だ。

 刀身も、樫をベースとした、刃先と、これまた白と茶の白樺樹皮が彩りを添える、まさに、ベレスタの美術品と言っても、おかしくない程の出来であった。

「この刃のところのベレスタ、まるでお前の頭みたいだな」

 剣を指し、イリヤーの頭をも指して、セルゲイは言った。

 その白樺の文様は、うねりを伴った迫力のあるデザインになっており、鍔から沸き立つ炎のようにもなっていた。

そしてイリヤーの赤い髪は、短髪だが、ほんの少しだけクセがあり、さながら剣と同じ炎にも見える髪であった。

「そこはな、わざとそういう風にしたんだ」

 ヒゲに細かい木くずをつけて、イジャスラフは語った。

「イリヤーの髪を見て、思いついたんだ。赤毛は火だが、ただの火じゃないぞ、とな」

「僕の髪、強い火……。ありがとう、イジャスラフさん」

 イリヤーの目は、ベレスタの剣に釘付けであった。

「それと、セルゲイにも、これをやろう」

 イジャスラフは、また背後から、なにかを出した。

「セルゲイ用の弓だ」

「えっ、私にも?」

 驚くセルゲイに、彼は黙ってうなずいた。

「弓、壊れただろう。俺からの贈り物だ」

「あ、ありがとうございます」

 それは、イリヤーと同じ、木と白樺で出来た弓だが、少し様子が違っていた。

「ちょっと弦を引いてみろ」

「はい」

 いつものように、弦を引こうとするが、あまりの強さに、彼は引き切ることすら出来なかった。

「なんだこれ、強すぎる」

「だろうな、これは今までの弓とは違うからな」

「違う?」

 その問いかけに、彼は大あくびで答えた。

「ああ、詳しく教えたいが、続きは明日だ。眠くてかなわん」

 イジャスラフの身体が、フラフラと揺れ出した。

「とりあえず、渡すもんは渡したからな。おやすみ」

 そう言って、彼は部屋を後にしていた。

残されたのは、イリヤーと、セルゲイと、真新しい武器が二つ。

「イリヤー」

「セルゲイ」

 二人が、お互いの顔を見つめ合い、にこりと笑った。

「やったな」

「うん!」

 嬉しそうな笑い声が、部屋を埋め尽くしていた。

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