始まり
2019年4月30日
「誕生日おめでとう。
白音と出会ってからもう9年が経つ
いつの間にか時間が過ぎ自分が思っている以上に白音のいないことに
慣れてきているのかも知れない。君と過ごしたひと月とひと月の時間が、
俺にとって白音がいない3年間の方が短く感じるほど楽しかった。
いつも素っ気ない文章しか書けなくてごめんなさい。
また逢えることを願ってます。
追伸
白音の妹に会ったよ。元気にしてるから妹の事は心配するなよ。
そのうちここに手紙出しに来ると思う。では今回はこの辺で
白音にこの手紙が届いていますように。
蒼人」
そう俺は誰もいない森の奥深く浅葱色の花を咲かせた桜の下にあるポストの前で、
手紙を読み終え、手紙をポストに入れた。
「また春が来たら来るよ。」
そう一言呟いて俺は森をあとにした。
2019年4月21日
4月も終わりに差し掛かってきて冬の寒さを忘れ始めてきた頃、
俺は今日の講義が終わり一人キャンパスの中をうろうろと歩き回ってた。
俺、如月蒼人が通う大学 私立星ヶ丘大学は守川市の中心部あたりにあり、とても穏やかな場所にある。そして正門から駅までの一本道の商店街は学生や地域の方々でとても賑わっていて、とても活気にあふれている。
そんな和気あいあいとした様子は人の少ないキャンパスの中まで伝わってくる。
相変わらず変わらない。この街は昔と何も変わらない。変わったのは自分の周りだけかもしれないと感傷に浸っていた。
なんとなく行きいつけの喫茶店にいきたいと思い、俺は正門の前まで立ち止まりパーカーのポケットから携帯を取り出し、電話をかけようとした瞬間
後ろから大きな声で俺の名前を呼ぶ女の子の声がした。俺は軽く舌打ちをした。
こいつに見つかる前に夜明と合流して店に行こうと思ってたのに・・・
「先輩ー。おはです。」
「お、おはよう。」
後輩とは思えないほど軽く話かけてくる。
こいつはいつも何かと俺にちょっかいをかけてくる
お茶をしようと誘ってこれば会計は全て俺持ちになったり
俺を見つけると大声で名前を呼びながら駆けよってきたりする。
しかし友達がいないのかいつも見かける時は一人なのでほっといてはおけない。
だがなぜ明るくて、可愛い子なのに誰ひとりと友達がいないのか気になっている
そんな普通とは何か違う感じの部分に俺は惹かれているのかも知れない。
「で、今日はどこ行くんだ?カラオケか?それともこの間行った美味しいケーキのお店にでも行くのか?」
いつもと違い自分から誘ってみた。
しかし今日はいつもと様子が違った。
さゆりから唐突に切り出された話に俺はとっさに返す言葉を失った。
「教えてください先輩。3年前に先輩たちに起こった出来事を。」
「・・・・・・」
俺は無言で携帯を手に持っていた携帯で夜明に短文のメールを送った。
この無言の時間はさゆりにとって不快だったようで、すぐに言葉を挟んできた。
「シカトですか最低ですね。もういいです。この話はなかったk...」
「いいよ。話してやる。」
「えっ......。」
さゆりはこの返答には思ってもいなかったらしく、動揺が隠しきれていない。
「本当にいいんですか先輩?誰だって自分の過去は詮索されたくないのに...
やっぱりいいですこの話は。じゃあ行きましょう!あの美味しいケーキのお店に!あそこのミルフィーユ大好物なんですよ」
『なかったことにしてはいけないんだっ!!』
いつもと違う様子の俺を見てさゆりは驚きを隠せない。
俺だってこんなに普段からは大声を張ることはしない自分でも驚くほど動揺している。そしてひと呼吸おき話を続ける。
「どっちみち俺たちの過去を知っている時点で直接的ではないにしろ間接的には関わっているんだろ。」
「はい.......」
「じゃあいくぞ」
「どこにですか?」
「こんな場所であの長い話を全部話していたらいくら4月の終わりでも風邪をひいちまう。だから俺のいきつけの喫茶店で話す。ついでに当の本人たちがいたほうがいいし。」
「分かりました。じゃあ先輩ごちそうさまです。」
『結局俺のおごりかよ!!』
さゆりはクスッとと笑った。
気が緩んだのだろうか先ほどよりもさゆりの表情が柔らかくなった。
「先輩早く行きましょう!」
俺はおう、と軽く返事をし目的地へと歩き出した。
大学から徒歩三分しかも大学と駅との一直線に続く商店街にあるので立地はいいのだが、モーニングで有名な大規模チェーン店の喫茶店が向かい側にあるせいか、あまり繁盛していない俺のいきつけの喫茶店アリス。だが俺みたいなあまり人のいない所でゆっくりくつろぎたい人にはうってつけであるため、常連客も少なくはない。いわゆる町の喫茶店である。
現在、喫茶店アリス前。
「なんだぁ、喫茶店アリスのことだったんですね。」
「知っているのか?」
大学から駅までの一本道にあるここの喫茶店を電車通学している
さゆりならば一度は見たことはあるだろうと、言ったあとにその言葉
の選択を間違えたことを感じた。
そしてさゆりは間もなく俺の言葉に返答を返してきた。
「もちろんです。」
ですよねー。やはりこの質問は失敗した。
そしてなぜか、さゆりはぷすーっと頬を膨らませ少し不機嫌そうな顔で
言った。
「緋菜さんが働いている喫茶店です。知ってて当然ですよ!」
「ん?」
思ってたのとは違う返答が返ってきた。
そしてそこにはさゆりの言葉からは聞くはずのないと思ってた人名が挙げられた。
「なぜ緋菜の名前を知っている......?」
「あれ?言ってませんでしたっけ?私、緋菜さんとは知り合いですよ」
「そんなことは聞いていないが.......」
「そういえば気になってたんですが、先輩は緋菜さんの彼氏ですか?あ。でも先輩モテなさそうだからありえないか」
「ちげーよ。あいつには他に彼氏いるし。というかさらっと俺をディスるn..」
「さぁ先輩、お店に入りましょう♪」
「無視かよ....」
店のドアを開けると軽快なベルの音と明るく元気な声が店内に響き渡る。
「いらっしゃいませ」
「よっ!」
「ひーなーせんぱいっ!」
俺は手を挙げ軽く挨拶し、さゆりは一人の女性店員のもとへ駆け寄った。
「どうしたの?この二人で来るのは初めてじゃない?」
各務原緋菜、俺と夜明の中学校からの幼馴染で大学は俺たちとは違う東山大学へ進学そして今はアリスでバイトをしている。男女問わず人気で姉御肌のせいか特に女子の後輩からの人気は絶大であった。まあ今もみたいだが。
「とりあえず、あの窓側の隅っこ席でいい?」
「ああ」
俺は頷き、俺とさゆりは窓側の隅の席に座り、緋菜がオーダーを取りにこちらへ来た。
「緋菜、お前こいつに俺のこと何かしゃべってたのか?」
「んーとね、偶然この辺りで迷子になってるさゆちゃんを見つけて、星ヶ丘に通ってるていうから、幼馴染の話してたら偶然蒼人と知り合いだってことを知ったんだよ」
「結局、話してるじゃんか....」
「先輩の悪口とかストーカーしてくるとか喋ってました」
「おい、ストーカーしているのはお前だろ」
「断じて違います!いつも偶然私が行くところに先輩がいるんです!」
「ありえねぇだろ....」
「二人共仲がいいのね」
『違います!』
『ちげーよ』
その二人の声は綺麗に重なった。
少しの間を置き緋菜はボッそっと呟いた。
「さゆちゃんってどこか、しーらに似ているかも。」
その言葉にはどこか切なさが隠れていた。
「そう、かもな.......」
俺と緋菜は黙りこんでしまった、別にわざとではない。しかし白音の話になると
どうも俺も緋菜も夜明もいつものように話せなくなる。何か言葉を発しようとしても喉から先へ言葉が出ない。でもこのことは3年前に終わっているはずなのだ。
だが俺たち三人は過去の出来事のように振舞っていても心のどこかではまだ引きずっている、振り切れていない。きっと振り切れていないことも三人とも理解はしている。だからこそ何かきっかけが欲しかった。さゆりには感謝している停滞していた俺たちの気持ちも、さゆり自身も前へ進める。
この時の選択は間違っていなかったと思う。しかしこの選択は後に思わぬ方向へ動き出す。
そしてその静寂の間はすぐに終りを向かえた。再びベルの音が鳴る。
「悪い遅れた蒼人!」
店内に入ってきたのは雰囲気は爽やかで顔もすらっとして、最近の若者という印象ではあるがチャラチャラした格好でもなく周りから見ても好印象な青年だった。
「いいよ。俺たちが来たのもついさっきだし」
彼はすぐに俺たちの席に来て俺の横へ腰をかけた。
そこで緋菜はオーダーを取りに来ていたことを忘れていたようですぐに注文を取った。
「えっと.....みんな何飲む??」
「俺カフェラテ」
「ホットココアお願いします!」
「カフェラテとホットココアね、夜明は?」
「じゃあブレンドのブラック、ホットで」
「りょーかい」
数分後注文した飲み物が各々に行き渡ったところで俺はみんなに話しかけた。
「今日俺が話すことは3年前のことについてだ」
緋菜、夜明は驚いていた、よもやこの話をするとは思っていなかったのだろう。
しかし二人共すぐに覚悟を決めたのか頷いた。
「それにあたってまず聞いてもらいたいことがある。さゆりは3年前の関係者ということ。だが詳しくは知らない。そうだよなさゆり?」
「はい先輩。」
「そこで俺は関係者であるのに何も知らないのは不憫だと判断し、話すことについていちおうみんなに是非を問おうと思って」
「私は話すべきだと思ってる」
「夜明はどうだ?」
「話すこと自体には別に問題はないけど、さゆりちゃんはどうして知っているのかが気になっているかな?」
なぜ知っているのか。それは俺も気になっていた。だがさゆり自身が話したくなさそうであったので、触れないでいたがあながちさゆりは黙り込んでしまった。
「ごめん、言いたくなければ別にいいんだ」
「あとで...あとで必ず理由は話しますから」
「うんわかった。無理に強要しちゃってごめんね」
「いえ。先輩たちだけ話して私だけ話さないのは卑怯ですし、何より私自身も前へ進めません」
さゆり自身も感じていた。前へ進めないもどかしさ、過去にひっぱられたままでは嫌だという気持ちが。そのことが知れて俺は安心した。これならどんな結末でも受け入れられるであろうと。
俺は立ち上がって、喫茶店アリスの店主 遥さんに話しかけた。
「遥さん、緋菜借ります」
「蒼人。過去にケリをつけてこい」
「はい。」
遥さんは笑っていた。まるで安心して子供の成長を見届ける親のように。
そして俺は再び話し始める。
「始まりは今から9年前になる」
2010年3月中旬
「やっぱり草原に寝っころがって風に当たるのは気持ちいいなぁ」
俺は仰向けで春風に当たるのを楽しんでいた。
俺は元々外で遊ぶのが好きだったごく普通の少年だった。
しかし二年前に春息病という病気にかかってしまった。この病気は主に中学生ぐらいまでにかかる病気で、症状は喘息と似ているが一番の相違点は死に至ることである。と言っても早期に発見して薬をのみ安静に暮らしていれば3年間ぐらいで治る病気のだ。しかし悪化するのも早いため気をつけなければならない。
だが幸運なことに、俺はたまたま風邪をひいて検診してもらったときに春息病を発症していることがわかったのでかなり早期に発見できた。
絶対安静のための長い病院生活を終えた俺は学校が始まるまでの春休みの間だけ、町の北側の森にある療養所に預けられることになった。
しばらくして俺は立ち上がり療養所に帰ろうとした時、後ろの木の雑木林から出てきた一人の女の子が話かけてきた。
「ねぇ、あなた最近ここに来た子でしょ?」
「うん。そうだけど」
「あなたも何かの病気なのかしら?」
「春息病だよ。」
「わたしもよ 春息病。」
「で、君はなんで森の中からでてきたの?何か探していたの?」
「花びらが浅葱色の桜とその木の下にあるポストよ」
「へぇ。花びらが浅葱色の桜なんてあるんだめずらしいね!」
「あなた何も知らないようね」
「え?何のこと?」
「伝承よ、伝承」
「伝承って.....なに?」
少女はため息をついたがやれやれと思い説明してくれた。
「伝承っていうのは、昔からの出来事を語り継いでいくというか、古くからの言い伝えみたいなものかしら」
「なんとなくわかったけど、その伝承がどうかしたの?」
「この町にいる魔女から聞いたんだけど、その木の下のポストに名前と願い事を書いた紙を入れると願いが叶うらしいわ」
「なんだか七夕みたいだね」
「そう言われてみればそうかしら」
「なんだか楽しそうだね!俺も探すの手伝っていい?」
「いいわよ、人は多いほうがいいですもの。そういえばあなたの名前聞いていなかったわ」
「俺の名前は如月蒼人。君は?」
「私の名前は・・・・」
高校2年生になった今でも6年前の春休みの記憶はここで途絶えている。
正確には4月の中旬に隣町の大きな病院にいるところまでの記憶がない。
つまり約一か月記憶が失われているのだ。
胸にぽっかり穴が開いている感じがする。何か大事なことが欠けている気がする。あの少女の顔さえも思い出せない。
そしてあの少女は誰だったのだろうか。
止まっていた時間はここから始まる。
プロローグ(終)
始めまして!冬馬凪と申します。まずはこの小説を読んでいただきありがとうございます。この作品は自分の処女作になります。とりあえず書きたいことを書いた粗削りな作品ですが、ぜひこれからも読んでいただけると嬉しい限りです。
浅葱色の春という作品はこれから高校生の主人公たちが伝承について深く関わっていきます。これから何がおきるのか?あの少女は誰だ?みたいに想像して読んでいただけるとより面白く読めるかもしれません(笑)
これからも浅葱色の春をよろしくお願いします。
冬馬 凪