のーぷらん#1
前夜には台風が去り、街にわだかまっていた澱みたいなものも強風と共に去り、空はあっけらかんと青い。
僕は台風が好きだ。働きづめのサラリーマンの憤懣やら、怠惰な学生の色情やら、勤勉な主婦のみすぼらしさを一掃してくれる気がするから。よるべのない人間の感情は定期的に浄化しなくてはならない。まさしく、台風はうってつけの役だと思う。風と共に去りぬ、無形の悪意を連れて行け、と。
夏は過ぎ、学園祭も終わり、しばらくは消化試合のような毎日を過ごすんだろうな、という鬱屈な思いが校内を占拠していた矢先、緊急の朝礼で僕たちは校庭に集められた。
何の前触れもなく呼び出される時、人は得てして良いことを想像しない。
誰々が昨日の台風で、川に流され亡くなりました。そんな悪い報せが頭をよぎる。頭をよぎることに嫌悪しつつも、そういえば今朝、隣の席の石谷を見てないな、と無理にこじつけてみたりする。
思考の悪循環はせき止められず、もうどうにでもなれ、と開き直った。最終的には、石谷家が借金返済に追いやられ、万事休すと石谷の母親が、保険金目当てで旦那と息子を絞殺し、急流の川へ放流したんじゃないか、という根も葉もない推理をめぐらせた。ある意味では幸せを掴もうとした殊勝な女のキャッチアンドリリースだな、と不謹慎なことを考える。
不謹慎な自分への謹慎処分として校長先生の話へ耳を傾ける。昨夜は強風におびえてよく寝れませんでしたと、いつもの四方山話が始まっていた。切迫さのかけらもないことにがっかりするも、安堵のため息も少なからずこぼれた。
「さて、本題に入りますが、今日は皆さんが待ちに待った宝探しの日です。さあ、誰がいち早く宝物を校長先生のもとに届けられるか楽しみですね」
周囲がざわつく。無理もない。たった今、はじめて知らされたことを待ち望むなんて超能力でもない限り出来やしない。いよいよ、校長にも痴呆の魔の手が忍び寄ったかと、どこかで囁かれる。
「おいおい、宝探しなんてここは小学校かなんかか? 確かに女どもはワカメちゃんみたく極端にスカートが短いけどさ。高校生ともなりゃいい大人だろう。なに考えてんだか馬鹿馬鹿しい」
倉田が悪態をつくが、その眼の輝きは駅で好みのOLを見つけた時と同じ、色めきだったものだった。たぶん、これが建前と言ったり、大義と言ったり、誇示と言ったりするんだろう。
なぜ、人は心にもないことを易々と述べるのか。自分が何もかもを理解したつもりになって、童心なんかも思春期の到来とともに浅薄な世論と交換したつもりになって、何がいい大人だ。結局のところ、みんなコドモなのだ。ご機嫌に今日の宝探しのあらましを語る校長先生も倉田もざわつく生徒も成長過程にある同じコドモ。
「そうかな? 何かの冗談じゃなかったら、意外と楽しいんじゃない」と、僕は言う。
もちろん、僕とて多分に漏れず、コドモの一人だ。自分の気持ちに、ほんの少しの距離を置いて発言をしてみたりする、ごく普通の。
「これからみなさんに地図を配りますから、それを頼りに各々宝物を見つけてください」
ことによると、これから行われる宝探しというのは、50年に一度、鷲田高校で行われるというものらしい。この「宝探し」というのは過去数回行われてきたが、OBは決して在校生に「宝探し」の存在を語ってはならない、という取り決めのもと、秘密裏に計画し、本日に至ったのだ、と校長先生が説明をした。
まだ朝だというのに、油絵のような濃くて重い青が空に広がる中、話は続いた。