とんでもないことになりました。
初めまして。
私の名はリリィ=カルティエと申します。カルティエの下には6個ぐらい名前が連なっているのですが、言っても覚えられないと思うので省略します。職業は僧侶で、勇者様には盗賊に襲われているところを助けてもらうというベタな展開でハーレムに追加されました。
長い名前からも察するように、ベタな過去を持っています。とある国のお姫様でした。結婚相手が、とんでもない豚男で逃げてきちゃいました。自分のことしか考えない、とんでもない我儘娘だったんですね。
私のピンチに、颯爽と駆けつけた王子様――
もとい勇者様に一目で恋しちゃいました。
今となっては後悔しますが、あの頃の私は若かったんです。出来ないことはないと思っていましたし、自分の容姿に自信を持っていました。『怪我はなかったかい?』と甘い言葉で囁かれて、落ちないわけがありません。
でも、とあることから違和感を感じて、早々に恋愛戦線から離脱しました。何でこんな人に惚れたんだろうと過去の自分に石を投げたいぐらいです。
手に入らない人を手に入れようとしても苦しむだけで意味がないと悟りました。けれど、いざPTを離脱しようと検討する頃には、私もレベルが高くなっていましたし、勇者様には重宝されていました。話を切り出してみたものの『今、抜けられると困るよ』と懇願されて、途中で投げ出すのも無責任でしたし、そのまま旅を続けました。
そして、早速ですが、ハーレム勇者は失恋しました。
いえ、相変わらず勇者様はモテモテです。こちらが困ってしまうほどにモテモテです。通年モテ期なので、終わりが見えません。
ただし、本命には見事に振られました。
そして落ち込んでいます。今にも海に身を投げそうな勢いで落ち込んでいる勇者様も見てられないけど、精神的に弱っている勇者様を慰めつつ、あわよくば夜を共に過ごそうと鼻息の荒い、女性陣の駆け引きがうざい――
おっと、ついつい私のキャラには相応しくない言葉になってしまいました。まだまだ未熟者だということですね、これは反省しなければなりません。
ともかく、こんな茶番には付き合いきれなかったので、はやく元気になってもらおうとバチバチ火花を散らしている女性陣をしり目に勇者様に声をかけました。
もちろん2人っきりになれるところに移動して、何でも喋りやすいような雰囲気を作り上げてみました。
するとあらあら。とんでもない事を喋りはじめました。
「俺は、魔王を愛しているんだ」
ハーレムのお姉さま方に聞こえたら、とんでもない惨事になりそうだったので、慌てて勇者様の口を塞ぎました。本命には振られたことを知っていましたが、それが魔王だというのは初耳です。いったいどうしてそんなことになったのか、勇者様に説明をお願いしました。すると、言いにくそうに口を噤みます。
それはそうです。
だって勇者様は、魔王を倒すために異世界から召喚されたのですから。これでは勇者様が魔王を守ると言い出しかねません。本末転倒です。
けっきょく、その日はそれ以上のことを本人から聞き出せませんでしたが、すぐに分かることになりました。
魔王の側近が打診に来たのです。激レアな団子をご馳走してあげると言われたのでついていったのですが、連れてこられた店に居たのは異様な雰囲気を醸し出す魔族×2でした。
見た目は私の知っている人間そのものなので、騙されました。
「魔王様には婿が必要なんです」
そして、とんでもない発言を聞きました。
目を丸くしている私を前に、そうなってしまった経緯を語り始めました。つまり要約すると、魔王もまた勇者様と同じように異世界の人間だというのです。
ただ、魔王は転生した人間であるというから驚きです。そのためか、先代の魔王にも良く懐き、志半ばで逝ってしまった先代魔王(母)のためにも、
「私、立派な魔王となります!」
と宣言して、日々励んでいるらしいのです。
魔王の一角として数百年の間魔界を統治した彼女は、ひとつ悩みがあって、それは母と同じように、継承者となる子供をつくることだと彼らは説明しました。魔力の衰えを感じ始めていた彼女が子供をつくるためには、夫となる人物が必要なのですが、その婚活事情はあまり良くないものだったらしいのです。
元々人間だったためか、ぐちょどろな生物が多い魔界の生き物には抵抗感があるらしく、近頃では婚活疲れなのか投げやりになってきており、見てられないのだそうです。
ここまでは、お互いに大変ですね、あははははと乾いた笑いを提供していましたが、その後の話で笑顔が凍り付いてしまいました。
それは、私の知らない話だったからです。
10年前、魔王の側近、グラッセという魔族が、この世界に召喚されたばかりで右も左もわからない人間――勇者様を攫ったらしいのです。たしかに、王から説明を受けなければその当時の勇者様は、ただの『召喚された人間』に他ならないでしょう。
魔王も異世界から転生した人間です。ならば同じ異世界から呼び出された人間なら、これ以上にない逸材ということになります。
彼らは召喚されるタイミングを見計らって攫ったのですが、ちょうどその頃、運の悪いことに魔王の悲しみは頂点に達していたそうです。
『グラッセ。これは何ですか?』
『婿候補です』
『あまりにも貧弱すぎるし……。なぜ、人間なんて連れてきたの?』
『今は、ただの人間ですが、これは勇者となる素質を持った――』
『心配かけてごめんね、グラッセ。もういいの…… 』
勇者様はその時……
魔王の塔から、ポイ捨てされたらしいのです。
その話を聞いて、私は目頭が熱くなってきました。
それで、ようやく話の辻褄があったからです。
勇者様は、その時魔王に恋をしてしまったのでしょう。私がそうだったように、些細な事でも、恋に落ちるのです。それは自分で立証済みです。魔王なら、つい先日戦ったばかりですが、あっけなく負けてしまいました。たしかに、あの時の勇者様は異様に落ち込んでいました。
再戦に挑もうと、今は療養中なのですが、その話を聞くと戦闘中における勇者様の挙動不審ぶりに合点がいきました。
「これは悪い話ではないはずですよ。当代の魔王様は人間界には干渉していません。抑止力となっているのも事実です。もし、我が王を倒せば近隣諸国には残虐な王が多数いますから、人間界は魔界の侵攻を受け国土も荒廃し――悪として歴史に名前を残すでしょうね」
「魔王ってそんなに何人もいるの!?」
「いますよ。我が王は、その内の1人にすぎません」
ということは、彼女を倒しても、後ろに何人も控えているということになります。
「我らも議論を重ねたのですが……、王は勇者のことを好ましく思っているはずです」
呆然とする私に、良い話を待っていますよ、と言って、彼らは去っていきました。
その夜はどうしたらいいのかと悩んで寝れなくて、次の日、勇者様がやけに爽やかな笑顔で私に「おはよう!」と言ったので絞殺したくなりました。
しかも、今日、魔王城に再び行くと言うのです。
盛り上がるPtメンバー。
それと相反して、私の心はブルーでした。
そして言い出せないまま、最終決戦が始まりました。
先陣を切ったのは勇者様でした。
「魔王アルベル、愛してます。俺と結婚してください!」
ズバーンと言い放ちました。
周囲の迷惑を顧みずに、言い放ちました。恋は盲目って、この事だなぁと、過去の私を猛反省しました。きっと私の時も、両親を悲しませたに違いありません。
そろりと後方を見ると、PTメンバーは石化していました。先ほどまで魔王を倒したら私が嫁にしてもらうんだとか、いや私よとか言い争っていたぐらいなのですから、そのダメージは私の比ではないかと思います。
視線を元に戻すと、魔王に歩み寄る勇者様。これが魔王を油断させる罠だとしたら大したものだけど、そうじゃないことを、私は知っています。
「え、え?」
杖を構えていた、魔王の表情が強張りました。
おそらくは蝶よ花よと魔族に育てられた魔界の花――
魔王は凛とした、けれどもすぐに手折られてしまいそうな柔らかい雰囲気を持つ女性でした。そういえば、以前にPTメンバーが勇者様に好きなタイプの女性はどんな人ですかと質問した時に『プラチナブロンドで水色の瞳の人……』と言って、PTメンバーの髪が全員プラチナブロンドに染まった事件がありました。
あれは、この人のことを指していたのかと今になって思います。
この美貌と比較しては、PTメンバーが可哀想になります。恋敵としてはノーマークでしたが、魔王としての色眼鏡を外せば、まさに天然可憐な美少女だったからです。
「魔王様! ほらチャンスですよ!」
「頑張って!」
どこに隠れていたんだというぐらい、そんな囁きが多数聞こえましたが、もしかしなくても両想いなのでしょうか?
そうでないと、私に相談しにきた意味がないですよね、と思いつつ、魔王を見てみました。頬が薔薇色に染まり、大きな目に涙が潤んでいます。女の私でも可愛い――だなんて思ってしまったんですけど、どうすればいいんですか。
「いやっ!」
どんどん近づいてくる勇者様に恐れを成したのか、魔王は至近距離で灼熱の魔法を放ちました。我に返って、勇者様のサポートをしようとしましたが、やめました。
勇者様は、大ダメージを受けながらも、魔王の右腕を捕えていたのです。そして余りある情熱で魔王に口付けをしました。
『わ、私の勇者さまのファーストキスが!』
そんなPtメンバーの絶叫が聞こえて、後ろを見ると嫉妬のあまりか、狂戦士と化した皆様方の姿が……や、やばい!
その後は、まさに修羅場でした。
三つ巴の戦いとなり、魔王は争いに巻き込まれて仲間に殺されそうになった私を助けようとして、凶弾の犠牲となりました。魔王が死んだことを知った勇者様は、魂を神に捧げて輪廻の道に入りました。
泣きました。
こんな結末は望んでいなかったからです。どうせ何時か死ぬなら魔王と一緒に、とでも思ったのでしょう。
それからしばらくして、心の傷も癒えてきたところで私は幸せを掴みました。
平凡な幸せとは言えません。なぜなら、夫となった人はグラッセという名の魔族だったからです。魔王の側近だった彼は、魔王が死んでからは国を守るために人間界と同盟を結びました。それでも、魔王亡き国では苦労することも多かったのですが、可愛い子供と愛する夫のためなら、労力を惜しみませんでした。
そして長男が3歳の頃、懐妊しました。
女の子でした。
髪の毛と目の色が黒でした。
その髪の色を見た時、私と夫は顔を見合わせました。私と夫の髪はプラチナブロンドで、3代先にまで遡っても黒色の髪を持つ人はいなかったからです。それでも私と愛する夫の子供であることには変わりがありません。
愛情いっぱいに育て、すくすくと育ちました。
そして、なんとなく嫌な予感がしました。
娘は、ミシェルは、魔王の面影があったからです。とは言っても、魔力はないし、ごくごく平凡な子でした。心優しい子で、とても親思いでした。
「ねぇ、ミシェル。貴方、魔王じゃないわよね?」
「まおう?」
なに、それ?
と問いかける娘の瞳は、何かを隠しているようには見えませんでした。
足を悪くして働けなくなった私を気づかい、いつも助けようとしてくれました。とても良い子に育ってくれたと、私も夫も喜んだものです。
そんな幸せな時はあっという間に過ぎ去っていきました。
「見つけた」
それは人間界の収穫祭で、ミシェルが舞を奉納する時の出来事でした。
その時、現場に居合わせて悪い虫を撃退した夫の話では、まるで羊を狙う狼のような目をしていたといいます。
身体の震えが止まりませんでした。
その後、必死で妨害活動をしたのですが勇者様はあきらめませんでした。あの手この手で籠絡され、ベットに連れ込まれ、妊娠してしまい可愛いアデルはまだ16を迎えたばかりだというのに泣く泣く嫁に出さざるを得ませんでした。
まだ40歳にもなっていないのに、おばあちゃんになるとか、あり得ません。
――でも、楽しそうに商人として働く勇者様、それを見て幸せそうにほほ笑む娘と、娘の腕の中で眠りこけている孫の姿を見ると、いいかなぁとか思ってしまいました。勇者様は転生してもハーレム勇者としての片鱗があり、せめて愛人にしてくれと願う女性は絶えませんでしたが、今生では他の女には目もくれず、心を入れ替えるようにミシェルだけに尽くしています。
心配だったので、たまにミシェルの顔を見に来ていたけど、もうその必要もないかもしれません。
「なぁお前、もう1人ぐらい子供つくるか?」
「そうね、どうしようかしら」
共にお茶を楽しんでいた夫が、そんなことを言いました。久しぶりの夜の誘いに笑顔で返して、私はちょっと熱めの紅茶を飲みほしました。




