第5話 永遠の旅人
私はソラリア
永遠の旅人
時計仕掛けの牢に囚われながら
それでも私は明日を夢見る
異世界冒険譚-蒼穹のソラリア-
act.5 『いつか蒼穹の空で』
「目が覚めましたか?」
ソラリアが目を覚ました場所は無機質で殺風景な白い部屋の中だった。
首を回し周囲を確認すると自分はカプセルの中にいる事が分かる。そして微かに体を動かすと何かに引っ張られるような感覚――全身に繋がったケーブルが感じられた。
「ここは……」
不思議な感覚だが、ソラリアはこの部屋に懐かしさを感じていた。記憶にも無い場所なのにとても落ち着く……そんな奇妙な感覚を。
ソラリアがボーっと天井を眺めると、少し遅れて、その問いに答える声が聞こえてきた。
「ここは私のラボです。あなたとミィレスの修理をしてあげたのです」
「ミィレスさんっ!?」
ミィレスと言う名を聞いてソラリアはカプセルのベッドから飛び起きた。
全身のケーブルがブチブチと音を立て体から外れたが気に止める余裕は無い。ソラリアは何故自分が寝ていたのか、寝る前に何があったのか思い出したのだ。
「確か私の集積火粒子砲と彼女のパルスメーサーカノンがぶつかって……それから」
一瞬の目眩。
ソラリアは思い出される記憶のフィードバックに立ち眩みを起こし、頭を抑えふらついた。
その肩を、いつの間にかソラリアのすぐ隣まで来ていた声の主――カーレン=フォーマルハウト博士が、優しく手を添えて支えてあげる。
「可哀想に……あの娘は心が戻ってしまった。目覚めてからずっと、ああして泣いています」
カーレンがソラリアの肩を押してある方向を向かせる。
その先に居たのは、前までの感情を表さない機械のようだった少女ではなく、両手で顔を覆い床に泣き崩れるように座っているミィレスの姿だった。
「ミィレスさん……うっ!」
ミィレスはマスターであるファルコが好きだった。だが感情回路が壊れていた彼女にはそれが分からなかった。
そして今、カーレンの手によって感情を取り戻したミィレスは、失った想いの大きさに心痛め、普通の少女のように泣いているのだ。
酷い男だったかもしれない。でもミィレスにとっては自分を起こし、一番のコマとして重宝し、望みの場所にまで連れて来てくれた男だった。
(私は感情回路が壊れているようです。しかし黒い月までの道案内には支障ありません)
(そうか。……よし、ならば俺が王になった暁には、お前を真っ先に直してやる。お前が我が右腕となって魔神達の陣頭指揮を取るのだ)
(しかし、黒い月には私より指揮に向いた、情報支援型の魔神も――)
(お前は俺が手に入れた最初の魔神だ。記念すべき特別な一体だ。だからお前が良いのだ)
(イエス……マイマスター)
ミィレスはファルコとの記憶を反芻し、涙は止め処なく溢れてとまらない。心を取り戻した彼女は、同時に悲しみや苦しみや寂しさをも取り戻してしまったのだ。
そしてソラリアもカーレンによって記憶回路の修理と記憶のサルベージが完了していた。
ソラリアは頭の中に湧き上がってくる膨大な記憶の奔流に、頭を抑え蹲ってしまう。
「ソラリア、貴女もすぐに記憶が戻るでしょう。貴女の記憶……とても信じがたい事です……」
「あぁ……ああああっ!!」
そんなソラリアの肩をカーレンは強く握り語りかける。
彼女の記憶を取り戻させる過程でカーレンは知ってしまったのだ。ソラリアと言うイレギュラーな存在を。そしてその全ての秘密を。
『タクト、逢いたかった』
『私の事、嫌いにならないで』
『こんなに悲しいのに、涙が出ない』
『誰かを大切に思うから、戦えるんです』
『私にも、魂はありますか?』
『タクト……タクトに逢いたい……』
記憶のリフレインが終わり、ソラリアはゆっくりとその場で立ち上がった。
これから起こる運命を、ソラリアもカーレンも知っているのだ。二人は部屋の中央でお互い真っ直ぐに相手を見据える。
向かい合ったまま二人は暫し何も言わず、カーレンのラボを沈黙が支配した。
これから起こる事に覚悟を決めているのか、それとも……。鉛のように重苦しい雰囲気の中、先に口を開いたのはカーレンだった。
「ソラリア……貴女だったのですね。私の願いを邪魔する存在は、私が作った貴女だったのですね」
「ありがとう博士……おかげで全て……全て思い出したよ」
お互い不思議なほど穏やかな口調だった。
今知ったばかりの事なのに、まるでずっと何年も前からこうなる事が運命付けられていたかのような。その運命を受け入れるしかないと理解しているかのような。
不思議な覚悟がお互いの胸の内に、自然と生まれていた。
「やはり戦いますか。背徳の螺旋に囚われてまで」
ソラリアが鍵の剣を手にするのをカーレンは止めなかった。
何故なのかはカーレン自身も解らない。だがただ一つ言える事は、ソラリアは今やカーレンの望みを妨げる障害になったと言う事。
「シーゲル! ヒュント! ソラリアを止めなさい! この際、破壊しても構いません!」
「分かりましたわ、カーレン様」
「へへっ、やっと歯応えのある奴と戦えるな」
ソラリアが鍵の剣をカーレンに向けた時、カーレンの指令で瞬時の内にアクシズ三姉妹の長女と次女、シーゲルとヒュントがその両脇に現れた。
シーゲルが自慢の縦ロール髪を手で払い戦闘体勢を取る。ヒュントも鍵の拳を構え同様に戦闘体勢を取った。
「私の野望を邪魔すると言うのなら、例えわが子同然の魔神でも容赦しません」
カーレンが下がると同時にソラリアとの間に立ちはだかる様に移動する二人の魔神。
シーゲルとヒュント――第四世代・次世代型魔神と位置づけられるこの二人の性能は、第三世代魔神であるソラリアやミィレスを軽く凌駕する。
機体性能、戦闘プログラム、武装、燃費に至るまで、その性能を徹底的に見直され、それまでの魔神から別物と言って良い程の性能アップが図られている。
にも拘らず、カーレンの顔二余裕は無かった。
(あれはソーサリー型とは言え最早特別……しかし、アクシズ三姉妹とて特別製。私の最高傑作を以ってして……あなたを屠る! ソラリア!)
魔神は次世代機を開発する際、先代の戦闘データをフィードバックして作成される。机上の空論では埋まらない、現実の穴を生めるべく実戦データを反映させるのだ。
それは実戦データが如何に重要かを示してもいる。
実戦データの蓄積が、戦闘プログラムを成長させ、戦闘性能を大きく左右する。
ソラリアがこれまでの戦いで得てきた戦いの経験で、自分より格上の相手との戦力差をどこまで埋められるか……。
「ソラリア、旧式のあなたが私達二人を相手にどれだけ持ち堪える事が出来るのでしょうね?」
「シーゲル姉ーまずはオレにやらせてくれよ。旧式相手に二人掛なんて、次世代型の名が廃るぜ?」
そう言って一歩前に出たのはアクシズ三姉妹の次女・ヒュント=ナット。一体で数千の兵力に匹敵する戦術兵器『魔神』でありながら、近接戦闘に特化した魔神。
一対多の戦闘を想定して作られる魔神の中で、唯一、一対一の戦闘を主眼に置いて作られたその性能は、言うなれば『対魔神用の魔神』とも言うべき力を彼女に与えている。
その接近戦用魔神ヒュントに、この狭所で、しかも接近された状態から、砲撃戦用魔神ソラリアがどう立ち向かうのか。
「ふふっ、良いでしょう。貴方の好きにしなさい」
「やったぜー!」
余裕を見せるヒュントに対しソラリアの表情は暗い。ソラリアは知っているのだ、この戦いの結末を。自分がヒュントに勝てるのか否かを。
(アクシズ三姉妹……博士が作った”この世界で生きてゆく為の環境対応型魔神”。それに立ち向かうと言う事は、この世界に逆らうも同然。それでも……っ!)
ソラリアは鍵の剣を構えた。
例えどんな未来が待っていようとも、それでも少女は戦うしかないのだ。
「リミッターを解除して限界性能を引き出すしかない! 勝負だ、ヒュント!!」
(私の体は、あと何分持つのだろう)
ヒュントの早さに少しでも対抗するにはリミッターカットしかない。己の体が己の力で壊れようとも、一瞬でもヒュントを上回る為に。
ソラリアの両肩と背中の廃熱口が開きエアダクトを吐き出した。
黒い瞳はヒュントの僅かな動きも見逃さぬよう鍵の拳に注意が注がれる。
二人の間の空間が歪んだように錯覚する程のプレッシャー……だがその時間は一瞬しか続かなかった。
「最初から手加減できる身分かよぉ!? はぁっ!」
先に仕掛けたのはやはりヒュントだった。
ラボの床が砕け爆ぜる程の強力なダッシュ力で繰り出されるボディブローは、鍵の剣で防御したソラリアの体を、空中制御不能の勢いで遠方の壁面へと叩きつける。
もしガードしたのが武器でなく腕だったなら、防御していようがいまいが関係ない程の打撃によって両腕ごと粉砕され、胸部は一撃でグシャグシャに破壊されていた事だろう。
これ程の威力を持つ攻撃だが、ヒュントはまだ武器である鍵の拳の能力を使っていない。
「部屋が汚れます。外でやりなさい」
『はーい』
ダメージにより一瞬思考が停止していたソラリアが意識を取り戻したのと、ヒュントがカーレンの言いつけにより”ソラリアの体ごと壁を突き抜けて外に出た”のは、殆ど同時だった。
再びソラリアの防御は間に合い、鍵の剣でヒュントの拳を受ける事に成功した。
だが今度の打撃はヒュントが空中推進を行いながらの攻撃。
ソラリアは打撃の衝撃で再び意識が飛びそうになりながら、背中で無理やり壁を突き破りつつヒュントの楽しそうな表情に恐怖を抱くのだった。
「さて、私は計画の最終段階に移ります」
ヒュントの攻撃で一瞬電源が落ちた暗いラボを、ヒュントのあけた穴から差し込む月明かりが怪しく照らす。
予備電源に切り替わり再び光に包まれたラボには、もうシーゲルの姿は無い。ヒュントが壁に穴を開けた後、その後ろを追ってすぐに外へ出て行ったからだ。
ラボは再びミィレスの泣き声だけが支配する空間に逆戻りする。カーレンがミィレスの居る壁の反対の壁を撫でるように触った。
すると壁がブシュと言う音と共に開き中から小部屋が現れた。そこには魔神のカプセルとよく似た椅子と、多数のケーブルが繋がれた巨大なバイザーを被った男が居た。
その男は口元だけが出ていて、その口はだらしなく開けられ口の端からは涎が垂れている。
「今日、本日、この日世界は燃え尽きるのです。そして私は、ついに……」
女の泣き声と男の呻き声だけが聞こえる部屋で、カーレンは不気味にほくそ笑むのだった。
「そんな氷、輻射熱線砲で全て薙ぎ払う!」
広い外に出て、ソラリアは後退しながらも懸命にヒュントと戦っていた。
「ハハッ! 炎と氷、相性悪いぜ! けどよぉ――」
ヒュントの鍵の拳――その能力は、空気中の気体を圧縮、液化させ放つ事。
大気の78%を占める窒素を液体窒素として放った場合、-196℃の液体は生物なら瞬時に氷結させてしまう事が出来るのだ。
だがその温度では魔神の着るバリアコート(強化繊維装甲服)の凝固点より遥かに高い。致命打を与えるにはまだ足りない。
「スピードが違いすぎるんだよスピードがぁ!」
ヒュントの鍵の拳の真価はそんな程度ではなかった。
大気に約0.0005%しか存在しないヘリウムを圧縮・液化させる事で、-272.20℃の液体ヘリウムを精製する事が出来る。
この世の全ての物質を構成する原子。その原子が完全に動きを停止する温度――絶対零度-273.15℃に限りなく近い極低温は、魔神のバリアコートでさえも一瞬の内に凝固させる。
「サドン・インパクト!」
ヒュントのファイナルアタック『サドン・インパクト』は、打撃と同時に打ち込んだ液体ヘリウムで敵を氷結させ、どんな物質をもガラスのように破砕する絶対破壊攻撃なのだ。
「へっ、上手く避けたな。オレのファイナルアタク『サドン・インパクト』の特性に気付いたか?」
ソラリアはギリギリの攻防の中、一瞬のチャンスを狙い続けてきた。
リミッターカットによる過剰な運動に間接部と人口筋肉は悲鳴を上げ、自己修復機能も廃熱も間に合っていない。それでもヒュントのスピードを捌くだけで精一杯で、逆転の一撃を与える隙はようとして見つけからない。
肩と背中の廃熱口から、内部の熱で機能停止したナノマシンが廃熱と共にキラキラと光を反射しながら排出された。
「だが完全にはかわし切れなかったようだぜ。ほら、ご自慢の服がボロボロだ」
ヒュントの絶対破壊攻撃を何とかかわしたソラリアだったが、かすったバリアコートは砕け散り、ナノマシンも氷結している為、再生もままならない。
もし次ぎ絶対破壊攻撃がソラリアをかすったら……その時こそ、砕け散るのは服ではなく体の方だろう。
「私は絶対に……負けない……」
「その様で言えたセリフかぁ」
再びヒュントの猛攻が始まる。
全魔神の中でも屈指のスピードを誇る運動性能で、突進と突きのラッシュによる怒涛の攻めを展開している。
その最中、ソラリアが見せたのは――。
「火粒子よ、我が剣に集え――」
ソラリアの鍵の剣に火粒子が集まってゆく。
いつもは集めた火粒子を砲撃として放つ攻撃が主体であるが、今回は全く違い、集まった火粒子は鍵の剣周囲に纏われるように集まり眩い輝きを放つ剣と化した。
「収束・火粒子刀っ!」
「へぇ、器用なもんだ。けどなぁ――」
数万度のエネルギーを持つ刀は、バリアコートをも両断する。ヒュントの絶対破壊攻撃に対するにはもってこいの武器だ。
素手vs剣の段階で剣が有利な事は明らかな事実。しかしヒュントは不敵な笑みを浮かべ、ソラリアの前から掻き消えたのだった。
「いくら砲撃が当たらないからってっ! このオレに接近戦を挑むたぁ! 判断ミスって! 奴なんじゃ! ねぇの!?」
「うっ、ぐっ、ぐぁ! くっ、うわぁ!」
そう、ソラリアがリミッターカットしたように、ヒュントもリミッターを解除すれば更なるスピードを出せるのだ。
ヒュントのリミッターカットした速度は他の魔神とは次元が違う。
単純な加速力は勿論、体の質量を人口筋肉と空中推進によって無理やり急転換する事で大気中に真空が生まれ、それが閉じた時破裂音がする。
目で追えない速度で動かれた上、音が後から付いてくる。この速度を初めて体験した敵は、視覚と聴覚のズレにより完全にヒュントの位置を見失う。所謂『初見殺し』と言う奴だ。
だが……。
「やはり接近戦は判断ミスだったなぁ! 止めだソラリアぁ!!」
「――っ!」
その瞬間!
ヒュントがファイナルアタックの準備を整え狙ってくる瞬間をソラリアは狙っていた!
絶対破壊攻撃に絶大の信頼を寄せるヒュントはサドン・インパクトを打ち込む瞬間、無意識に攻撃が大振りになる。
即ち、ファイナルアタックの瞬間だけヒュントの速力は通常に戻るのだ。
「なにっ!?」
「っ……!!」
ファイナルアタック『サドン・インパクト』。この攻撃を彼女が外したのは彼女が生まれてから二度目。
そして……。
(サドン・インパクトを避けて、しかもその瞬間反撃してきただと……? バカな、奴のスピードじゃそんな芸当ありえねぇ! まぐれだ! これは偶然だ!!)
ヒュントの腹部には焼損したバリアコートと焼けた人工皮膚の痕。
直撃の寸前に急制動、急加速で後ろに逃げた為両断されなかったが、あと一瞬でも反応が遅れていれば負けていた。
ヒュントは第四世代である自分が第三世代のソラリアになど、万が一にも負けるはずが無いとたかをくくっていた。しかしその格下と見ていた相手に未遂に終わったとは言えやられかけたのだ。
今や、彼女の自尊心は大きく傷つき、事実を受け入れられない状態となっていた。
「二度もまぐれがおきると思うなー!」
「しまっ――」
殆ど逆上に近い状態でヒュントが繰り出した攻撃は、今までで最速、最短の攻撃だった。
鍵の拳は使っていない。だがヒュントのスピードとパワーならただの打撃でさえ必殺の一撃となりえる。
ソラリアは避けようとしたが、リミッターカットで動き続けた反動から間接が悲鳴を上げていた。動きが一瞬遅れ、直撃は免れないと覚悟した瞬間――。
「なにぃ!?」
ヒュントの拳を遮るように二人の間に割って入った影があった。
その影は黒い月の表面に突き刺さり、主に拾われるのを待っている。
「こ、このキーブレードは……」
「私と同じ、まさか……」
それは銀色の鍵の剣。ソラリアが金色の鍵の剣なのに対して、この鍵の剣を使う魔神は現在ただ一人。
「一体何のつもりだぁ? てぇめぇ」
ヒュントが目を向けた先に居たのは、光の鍵の剣を使うもう一人の魔神。
ソラリアをここ黒い月に連れてきた張本人。そして死闘を繰り広げた結果、望みを叶え、希望を失った者。
「ミィレス=アストレス!」
感情を取り戻しファルコの死を知ってラボで泣いていた、魔神ミィレスその人だった。
「ミィレス……あなたどうして……」
「私が用があるのはソラリア、あなたにです」
ミィレスは黒い月の表面に突き刺さった自分の鍵の剣を引き抜きながら答えた。
「ソラリア、あなたは一体……どうしてそんなに戦えるのですか? 私はその答えが知りたい。あなたはどうして、一体どうして」
ミィレスは背中を向けたまま問いかけた。
ラボで聞いた断片的情報から、ソラリアが自分より遥かに過酷な運命に巻き込まれている事は知っていた。
にもかかわらず、ソラリアは諦めずに立ち向かっている。抗えない運命に、屈する事無く戦い続けている。ミィレスはそれが解らなかった。何故そこまで強く居られるのかと。
その答えを聞く為にミィレスはここに来たのだ。
「……信じているからだ」
ソラリアは答える。
真っ直ぐな視線でミィレスの背中を見つめながら、ソラリアはその黒い瞳に蒼穹の青を映しながら。
「私は明日を信じている。いや、信じたいから、信じていたいから戦うんだ」
「信じ……たい?」
ミィレスが振り向きその顔を見せた。
ミィレスは泣いていた。
「私は未来を信じている」
「未来を……」
ソラリアとミィレスの会話をヒュントは冷めた視線で眺めている。
正直ヒュントにとってはどうでも良い話だった。二人が話している間に攻撃しても良かった。だが敢えてそれをしなかった。
攻撃を邪魔された怒りは有った。だが彼女の傷つけられた自尊心を回復させるには、あくまでソラリアを一対一の決闘で倒す必要があったのだ。
そう決闘。誰にも邪魔されず正面からぶつかり合う純粋なる勝負で勝たなければならない。ヒュントは近接戦闘用魔神であり対魔神用魔神であり、そして決闘用魔神でもあるのだから。
この間にソラリアはリミッターカットによる疲労ダメージと放熱を回復させるだろう。だがそれはヒュントも同じ。
一旦勝負を仕切りなおして、次こそ自慢の絶対破壊攻撃でソラリアを粉微塵に粉砕するつもりだった。
「私も……私も未来が見たい。貴女の未来、未来と言う希望が」
ミィレスが涙を拭って鍵の剣を構えた。
その様子を遠間から眺めていたシーゲルは、妹であるヒュントの気持ちを汲んで助け舟を出す。
「貴女も裏切るおつもり? ミィレス=アストレス」
「裏切るつもりはない。ただ、ソラリアはやらせない。絶対に」
「同じ事だわ。あなたもグランドマスターである博士の命に背くイレギュラーに過ぎませんわ」
「私のマスターはただ一人です。そして私は……私は、私自身の命令で戦う!」
「旧式が生意気ですわよ!」
ミィレス、そしてシーゲルの介入により、ソラリア対ヒュント。そしてミィレス対シーゲルの構図が鮮明となった。
魔神同士が戦う空前絶後の戦いが、今ここ魔神達の最後の砦『黒い月』で起ころうとしている。
(ソラリアは強烈に信じている。未来を……未来が来る事を)
ミィレスは鍵の剣をシーゲルへと向けなおした。
それに答えるように、ゆっくりとシーゲルは白銀色の鍵の戦斧を構える。
ミィレスはシーゲルの能力の一旦を知っている。雷光だ。シーゲルは、それまでの魔神には無かった属性『電気』を操る。正直、ミィレスにはその能力への対抗手段がまるで分からないままであった。
「私も、貴女の様になれるかな? ソラリア」
それでもミィレスは戦おうと思った。
例え相手が自分より強くても。勝てない・負ける運命と分かっていても。立ち向かおうと思ったのは、ミィレスが『心』を取り戻したから。
「フェイズ3の貴女が、フェイズ4の私に敵うと思ってるのかしら?」
「敵う訳ない。そんな事分かってる、でも――」
ミィレスは目を瞑りファルコの事を思い出す。ファルコは自分が魔神達の王に相応しくないと言われても諦めなかった。自分を信じて最後まで戦った。
ミィレスのただ一人のマスター……願いを叶えてあげたかった。例えそれが悪い事だったとしても。それがミィレスの願い。
「私は希望が見たいんです。その希望を、ソラリアならきっと見せてくれます」
「ならば希望を見る前にお死になさいな」
夢を叶えてあげられなかった自分が、今ここで我が身可愛さに逃げ出したらマスターにどう思われるだろう。
ミィレスはマスターへの思いを胸に、ソラリアを守る為シーゲルに立ち向かう決心をしたのだった。
「なーんだっ、三人になっても大して変わりないじゃんっ」
そう言ってリンネは鍵の笛から口を離し、三人の聖騎士を指差して笑った。
「まいったねこりゃ」
ボロボロのアルトメリアのぼやき通り、三人の聖騎士が力を合わせても魔神リンネ=サンサーラには歯が立たなかったのだ。
その理由の一つには三人はぶっつけ本番の即席チームであり、連携などまるで取れていなかったと言うのがある。
そもそも中央統制機構『元老院』直轄部隊『聖騎士団』トライアンフ所属聖騎士は、一騎当千の兵であり、他の聖騎士と協力して戦う事自体ほぼあり得ない事だった。
トライアンフの聖騎士に求められる資質は『個の強さ』であり、それはそのまま強烈な個性として表れる。つまり、強すぎる個性は協調や連携を邪魔するのだ。
その為アルトメリア、カイラ、ストレンジャーの三人は三人いながら1+1+1ではなく、1と1と1でしかなかったのだ。
【あの魔神は音、つまり大気を伝わる振動を使って攻撃してるよ】
「じゃあさっきからするこの頭痛や吐き気も毒じゃなく……」
【三半規管に影響する音で相手の状態異常を引き起こしてるみたい】
「やっと本気を出してきた、って所だね」
それでもリンネが本気を出さざるを得ない程度には、戦いはマシになって来ている。
陽が落ちた事によりアルトメリアが真価を発揮出来るようになった事、そしてカイラの風精霊がリンネの『音』に対して有効である事がその理由である。
リンネが再び鍵の笛を吹いた。
その途端、空気の壁のようなものが三人を襲い、周辺の脆い物質から崩壊させてゆく。
リンネの音波による攻撃だが、これをカイラが二人の前に立ち風の壁で軽減、防御する。もう幾たびか続くこうした光景にリンネは小さく舌打ちをした。
【地球のデータベースを検索……『衝撃波』『共振現象』『固有振動数』】
「聞いた事ない言葉ばかり……つまりどう言う事?」
「奴も風使いの一種って事さ!」
ストレンジャーがディルカカネットワークを介して得た分析の結果を二人に伝える。
異世界は精霊文明の為、地球のように科学が発達しなかった。しかし魔神達は魔術と科学を応用した魔科学兵器を使う。こちらの世界では理解できない現象も多々あるのだ。
それに対して蟲人達が使うディルカカネットは、地球の科学文明との接触からその知識を取り込んでいる。異世界の知識、そして地球の知識の両方を使えば、魔神に対抗する手段も見つかるとストレンジャーは考えたのだった。
「作戦会議は終わったかな? じゃあ君から殺しちゃうね☆」
「そう簡単にやられてたまるもんですか! 風よ!」
リンネの攻撃方法は大気を利用した振動による攻撃。ならば風の精霊を使うカイラなら、リンネの攻撃を防げるか?
答えはネガティブだった。この世界の自然現象を司るのは精霊だ。そして魔法はその精霊にお願いして奇跡を起こす事を言う。つまり風の精霊使いカイラが風を使うには精霊を介す必要がある。
だが魔神は、魔神自体が精霊のように奇跡を起こす。そしてその奇跡は精霊のそれより優先される。
加えて魔神は精霊のように自然界の秩序を考慮しない。それは連続して奇跡を起こし続ける事が出来、そして周囲の精霊が死滅する事などお構い無しに魔素を使う事ができる。
もっとも、リンネは全魔神中、最も魔素の消費が少ない環境対応型魔神の完成系。周囲の精霊に及ぼす影響はソラリア達ほど大きくは無いが。
「何これ真空波? ボクの大切なツインテールが半分になっちゃった」
「何なのその服!? どうして服も肌も無傷なのよ!!」
「その程度の攻撃じゃ、バリアコートも人工皮膚の下のネオキチン装甲も傷つけられないよ。大人しく諦めたら?」
カイラがこうして精霊魔法を使い続けられるのも相手がリンネだからなのだが、リンネはカイラやアルトメリア、ストレンジャーの攻撃では傷付けられない化け物でもある。
この魔神に勝つにはもっと他に、そんなものが存在するならばの話だが、弱点を見つけなければ不可能だった。
「風の力を舐めんじゃないわよ! 今度はトルネードテンペスターをお見舞いしてやる!」
「も~、空を飛べるボクに竜巻なんて無意味だって分からないのかなぁ? だんだん面倒になってきた」
「ムカつく~!」
カイラは頑張っているが、今の時間稼ぎがいつまでも続くとは思えなかった。
三人の体力は有限だ。疲れを感じないスラヴィアンのアルトメリアにしても夜明けが来れば即座に殺されるだろう。三人がまだ動ける内に、なんとしても魔神の弱点を突き倒すしか生き残る道は無いのだ。
「今度は全員で同時にかかるんだ。息を合わせて」
【うん】
「分かったわよ!」
アルトメリアは二人に呼びかけ、その牙は岩をも削ると言われる異世界の凶暴魚フライソードフィッシュを召喚した。
ストレンジャーは岩にも刺さる針を持つピラニアンビーを、カイラは再び風精霊に頼んで真空波をリンネに向けて放った。だが……。
「きゃーーーーーー!!」
その全てがリンネの鍵の笛の一吹きで跳ね返されてしまう。
リンネの衝撃波はそのまま三人を襲い、黒い月の表面に叩きつけダメージを与えた。
「ふぅ……パワーもスピードも防御力も、能力まで全て奴が上、普通に考えたら勝ちようが無いねぇ」
「だったらどうするのよ! このままじゃ殺されるだけよ!?」
月明かりを背中にリンネの表情は見えない。
だが先程までのおどけた様な軽口が無くなっている所を見ると、リンネはとうとう三人に飽き、本気で戦いを終わらせようとしている事が分かる。
ガラス玉の様に綺麗で冷たい瞳だけが、月明かりの闇の中爛々と輝き聖騎士達を睨みつけていた。
「フッ、見下してるよ。私らの事なんかムシケラとしか思ってないんだろう」
アルトメリアは空から見下すリンネに対して毒づいた。
彼女は思い出した。三百年前、自分をこんな体にしたスラヴィアンとしての生みの親を。そのスラヴィアンも生者だった自分を自分の所有物、オモチャのようにしか思っていなかった。
弄ばれた彼女が自分のマスターを殺した時、彼女は自由と同時に夢も希望も失い、国を出る事になったのだ。
「だが完全無欠の存在などいない。必ず弱点はある筈さ。そして奴は……」
彼女は知っている。
全て失い放浪した三百年の間、時間を潰す為に読み続けた本が与えてくれた知識――神は星や宇宙でさえも、始まりがあり終わりがあると言う事。
神同士が戦い、勝つ神と破れる神があった事。神が生み出した数々の発明や生命の中にも、失敗作が存在する事。理想とはかけ離れた神や亜神の存在を。
【解った。やってみる】
「ちょっとどう言う事よ? 私にも説明しなさいよ!」
魔神は人に、地球人に作られた存在だ。古代の高度な科学力によって生み出されたモノだ。機械であり、コンピューターであり、魔道具であり、人格を持った人形だ。
ならばその攻略、一か八か地球流の方法でやってみる他無いであろう。
「カイラ、お前さん誰よりも風に愛されてるっていってたよな?」
「当然よ! この空で私に敵う鳥は一人もいないわ!」
「なら、お前さんに任せようかね」
「え?」
アルトメリアは黒い月の表面に立ち、両手を広げ二人の前に出た。
そして己の全てを晒す決意を込めて約束の言葉を詠唱するのだ。
「アルトメリア=リゾルバが命ず! 出でよ眷属 我が血肉 混沌なりし闇の住人 我が力 我が威となりて 共に滅びの道を歩まん 神々の魂すらも打ち砕き」
「ちょっと!? 一体何をするつもり!?」
二人の見る前でアルトメリアの体がモゾモゾとありえない動き方をした。
「私これで死ぬかもしれないから。後の事は宜しくな、ストレンジャー、カイラ」
「え?」
次の瞬間、体の隅々至る所から不規則に絶え間なく、どす黒い何かが細い体を突き破って出て来た。
その形は大小さまざまな獣の形で、数は数百に及んでいる。
これこそがアルトメリアが不死身だった理由。永い年月を生きる内に己の体の欠損部を補う為、喰らい続けた生ある物の数だけ、体内にその魂と血肉を蓄積していったのだ。
「うえー、気持ち悪ーい。……けど、これで分かったよ。君が不死身だった理由」
屍喰い(グール)は生者から生気を吸収できない。吸収するには同じアンデッドを食べるしかないのが屍喰いだ。アンデッドを食べるアンデッド。出来損ない。それが屍喰い(グール)だった。
だがアンデッドであってもヒトを食べる事を拒絶するアルトメリアは獣を食し己の血肉とする事で、食べた物を身代わりに外界からのダメージを受けないようにしているのだ。
生気を吸収しない。故にアンデッドとして成長できない。そんな彼女が死なない為に取った生存戦略がこれだったのだ。
「私がここまで見せたんだ……今そのニヤケ面を消してやるぜ、木偶人形!」
そのアルトメリアが全魂を体外に開放し、全使い魔を攻撃に使う。
全使い魔を一度にけしかけて数で圧倒し敵を倒そうと言う、原始的ながら強力な戦法。ネタをばらし弱点を晒し防御を捨てた捨て身の作戦。これがアルトメリアの最終奥義だった。
最終奥義を破られればアルトメリアの命は無い。彼女は決死の覚悟をしていた。
「君、もう謝っても許さないから。絶対に殺す!!」
リンネが黒い月の表面に降り立ち鍵の笛を構える。
今までリンネを傷つけられた使い魔は一体もいない。アルトメリア最後の戦いの幕が切って落とされたのだった。
「きゃああああ!」
悲鳴と共に黒い月表面に衝撃と激突音が響き渡る。
特殊合金製の装甲板に出来たクレーターに埋まったミィレスが、頭を抑え起き上がり飛びかけた意識をはっきりさせるようにブルブルと頭を振った。
これまでの短いやり取りでスピード自体はそれ程変わらない事が分かった。だがミィレスの攻撃の悉くは防がれ、そしてかち合った攻撃は悉くパワー負けして一方的に負けるという展開の繰り返しだ。
やはり当初の予想通り歯が立たない事は明白。ミィレスは考えを巡らせた。
「やはり第三世代の魔神……弱いですわ」
「な、なんてパワー。桁違いの出力です」
アクシズ三姉妹の長女シーゲル=アサイメントは環境対応型魔神試作一号だが、ミストルーンコンバーターの出力は通常の三倍近い。
これはエネルギー変換効率を重視していったヒュント、リンネのコンバーターと設計思想が違った為であるが、機体の運動性能が高い事から通常は低出力で行動が可能となっている。
だがそれは高出力を発揮した際、体がその高出力に耐えられる設計となっている事を示す。つまり、リミッターを外すまでも無く最初からハイパワーなのだ。
「パワーがダンチですのよ。でも、それだけじゃなくってよ」
ミィレスは再び立ち上がり鍵の剣を構えた。
シーゲルの攻撃は過剰なエネルギーを電力に変換して放出する電撃によるものだ。それはこれまでの戦いで分かった。
電撃は大気の中を進む空中放電でその速度は概ね秒速150~200キロ程度。ミィレスの攻撃で使用するレーザーの速度、秒速30万キロに比べればあくびの出る速度だ。
純粋にクイックドロゥなら負ける筈が無い。ミィレスはそう考えていた。
だが現実は違った。
「あなたの攻撃は光速である事が売りですわよね? 避けようが無いって」
「……」
ミィレスは心の内を見透かされたようなシーゲルの言葉にドキリとした。
そう、ミィレスが持っている知識ならシーゲルも同様に持っているのだ。その上でこうして優位に戦いを進めている。
「けれどそんな事は無いのですわ。所詮攻撃開始までのモーションからその動きは予想できますの。あなたの攻撃なんて……私の戦闘プログラムの前には予告砲撃も同じですのよ」
(やっぱりフェイズ4の魔神には勝てないの? このままじゃソラリアが、未来が消えてしまう)
ミィレスは実感していた。
フェイズ4の魔神は自分のようなフェイズ3の魔神では、逆立ちしても敵わない存在なのだという事。
フェイズ2からフェイズ3になった時もそうだったが、一対一の戦闘においては両者の間には埋めがたい差が、天と地程に違いがあるのだ。
それは単純な機体性能や武装の威力だけではない。過去から蓄積された戦闘データの反映、戦闘プログラムの差でもある。
「スピードのアドバンテージが無ければ後はパワーの勝負。パワーなら私に勝てる魔神はいませんの。これで勝負ありましたわね」
(ソラリアごめん……貴女の未来、見られそうに無い)
スピードでは勝てない。パワーでも勝てない。ミィレスがシーゲルに勝てる可能性は万が一にも無かった。
そう、勝てる可能性は無かったのだ。
「ミィレス!?」
「よそ見してる場合かぁ!」
「きゃあ!」
ソラリアを庇い勝てない敵を相手に戦い始めたミィレスだったが、その戦況は圧倒的不利と言わざるを得なかった。
そしてそれはソラリアも変わらない筈なのだが……。
「そらそら~! さっきの勢いはどうしたー! またオレにカウンター入れてみろよ! ほらぁ!!」
「うっ、くっ、あぐっ!?」
本気になったヒュントの攻撃に防戦一方のソラリア。
息つく暇も無いラッシュに防御が間に合わず、バリアコートの防御力も貫通する攻撃でダメージは徐々に深刻な領域に達しつつある。
それでもソラリアの目は死んでいなかった。
ヒュントは自分の格闘能力に絶対の自信を持っている。それ故に自分の弱点に気付いていない。
ヒュントがファイナルアタックを使う時、極僅かながら防御が下がる。百分の一秒単位の僅かな隙だが、その瞬間を突けば勝てる可能性があるのだ。
傷つけられた誇りを取り戻す為、必ずヒュントはファイナルアタック『サドン・インパクト』でソラリアを仕留めにかかってくる。
今まで二度失敗したが、次こそソラリアは必ずやヒュントを……!
「出来ねぇだろうなぁ、そりゃさっきのはまぐれだもんなぁ? てめぇ如き三下がぁ、オレに傷一つ付けられる筈ねーんだ!」
「は、早いっ! もう、これ以上耐えられない――!?」
ヒュントの猛攻。ソラリアの装甲。
ソラリアに反撃の力が残っている内に、早くヒュントがファイナルアタックを使ってくれなければどちらにしろ逆転は無い。
運命はどちらに味方するのか。
「限界だなソラリアー! 博士は何こんな奴如きに心配してたんだぁ? 止めいくぜぇーーー!!」
「間に合ったっ!!」
ギリギリのギリギリ。
ソラリアが行動不能になる前に、勝ちを焦ったヒュントがファイナルアタックを仕掛けた。
「ぐわぁぁあ!!」
そしてその瞬間、ソラリアの集積火粒子刀の引き胴がヒュントの腹部を切り裂いたのだった。
「ヒュント!? 大丈――あっ!?」
妹が格下のソラリアに負けた。
自らの余裕故にソラリア達の戦いも見ていたシーゲルは、その衝撃の事実に驚きを隠せず、戦いの最中であるにも拘らず度し難い隙を見せてしまった。
その隙を見逃すミィレスではない。
「なっ、お放しなさい! 腕ごと引き千切りますわよ?」
「絶対に放さない。ソラリアは私が守る!」
ミィレスは何を思ったかシーゲルに背後から抱きついていた。
レーザーで撃つでもなく、相手の武器を奪ったり破壊するでもなく、背後から羽交い絞めにしたのだ。
それは、シーゲルが隙を見せたとは言え、ミィレスのその程度の行動予想していただろう事が分かっていたからだった。
フェイズ3はフェイズ4に勝てない。
それは動かしようの無い事実。だからミィレスは”勝つ事を諦めた”のだ。
「ま、まさか……自爆するおつもりなの!? おやめなさい! そんな事っ、お放しなさい! 放せぇ!!」
「マスター、私も今そちらに――」
ミィレスは自分のミストルーンコンバーターを暴走させた。限界を超えたエネルギー変換に絶えられなくなった動力炉は連鎖崩壊、誘爆にいたる。
夜の闇を切り裂くような赫い爆炎が、黒い月の表面を覆った。
「姉貴ーーーー!!」
「ミィレス!」
大爆発の熱風を浴びながら、今や上半身だけとなったヒュントとボロボロのソラリアは、二人が炎に消える様を見た。
爆風で飛んできたミィレスの頭部をソラリアは拾い上げ、胸に抱いてペタリと座り込む。
「ミィレス! そんな何て事を!? 何で」
「いい……の……私が……望んだ事だから……」
体を失い、熱に焼かれたミィレスは、見る影も無い無残な姿に変わり果てていた。
それでもミィレスは満足げな表情を浮かべ、ソラリアに最後の言葉を残そうとするのだ。ソラリアのおかげでここまで来られた。結末はこうなってしまったけれど、地上で出会った唯一の同族に。
「頑張って……ね……私の……たった一人の……ともだ……」
「ミィレスーーーーーーーーー!!」
最後の言葉を言い終わるか終わらないかの内に、ミィレスの頭部がボソリを崩壊しソラリアの腕の間から零れ落ちた。
完全なる死。記憶の詰まった頭部が破壊されれば、魔神は二度と復活できない。
今、ミィレス=アストレスと言う一人の人格が死を迎えたのだった。
「また同じなのか? 何も変えられないのか? また……」
腕に残ったミィレスの欠片を抱きしめながらソラリアが悲しみにくれていると、地表に残ったミィレスの残骸を砕く無粋な拳と怒号が聞こえてきた。
「この雑魚魔神がぁぁ!」
それはヒュントだった。
「テメェの命なんて! 姉貴のネジ一本分の価値もねぇのによぉおお!!」
上半身だけとなった今でも、ヒュントの闘争本能には些かのかげりも無い。いや、かえって怒りが増しているくらいだ。
「てめーソラリア! この姉貴の損傷は! テェメェの部品で償ってもらうぜぇ!!」
何故ここまで強気でいられるのか? そう疑問に思ったのも束の間、ソラリアは戦慄の光景を目にする。
ヒュントの上半身から伸びた神経節が、黒い月と同化し地表を変形させてゆくのだ。
下半身を失った代わりに黒い月と融合して、そのエネルギーさえ吸収しパワーアップしようとしているのだ。
「それでも……戦うしかない! 戦うしかないんだ!」
ソラリアが再び集積化粒子刀でヒュントを斬ろうとしたその時、地面から伸びた触手のようなものが攻撃を遮った。
それはグニャグニャと変形し、やがてヒトの顔を形作る。
シーゲルの顔をした触手のような何かが、周囲から無数に生え、空に逃げたソラリアを襲い動き出した。まさかここまでの自己修復能力を持っているとは、誰も予想できなかっただろう。
いや、これは最早自己修復能力などではない。自己再生、自己進化能力と言って良い代物だ。
ソラリア対ヒュントの戦いは、最終局面へと突入するのだった。
「カーレン! 一体どう言うつもりだ!! 我々が何故あんな獣の下等生物どもに遠慮しなければならん!?」
「王様、それは――」
「環境対応型の魔神などと、誰がそんな物作れと言ったぁ!!」
「は、はい……ですが」
「この異世界にはまだ魔素が溢れておる! 今の内にその魔素で、魔神を使い世界を征服するのだ!」
「ごめんなさい……あなた達を強く作らないと、王様が認めてくれないの」
「良いのですわカーレン様。私達は人間の為に作られたのですから」
「それで博士の願いが叶うなら、オレらはいーんだ」
「ボク達は何があっても、ずっとカーレンの味方だよ?」
「ありがとう……ありがとうみんな……ありがとう」
「そんな事は無理ですよ。私達は同じ地球人同士でさえ仲良く出来ません。あなた方だって」
「でも、あんたは俺を助けてくれたじゃないか。俺たちはこうして解り合えたじゃないか」
「それは、あなたがまるで捨てられた子犬のようだったから……」
「優しさがあれば、いつかきっと解り合えるさ。世界は広いんだ。共に生きてゆく場所がきっとある」
(まるで……プロポーズみたいですね)
「カーレンはこの異世界の下等生物共に情が移ったようだ」
「いくら頭が良いとは言え所詮女……王様の崇高なる目的は理解出来ないのでしょう」
「こうなったらアレを使え。ワシの操り人形にしてやるのだ」
「アレ……ですか。ふふっ、バカな女だ。王様に逆らうからこうなる」
「ワシに逆らう者は誰だろうと許さん。あのお高くとまった女をワシのおもちゃに変えてくれるわ」
「ひっ、ひぃぃぃい! 王が死んだ! 王が殺されたぞぉ!」
「何をしているカーレン! お前も行け! あの三体も出せぇ! 聞いているのか!? おい!」
「あんな品性下劣な男、死んで当然です」
「な、何!? お前何を言って……はっ、そうか。王が死んだからか! だから洗脳が解けたのかぁ!!」
「そして、この世界にはあなた方のような古い人間も要らないのです」
「パイク……あなたの勝ちです。さぁ、私を殺して下さい」
「出来ないよ。俺には出来ない。あんたを殺すなんて……俺には絶対に出来ない!」
「私を殺さなければ戦争は終わりません。魔神の恐怖も終わらないのですよ」
「俺の力は守る為の力なんだ! なのに何故あんたを殺さなきゃならない! 俺は本当は、ずっと誰よりも――」
「優しいパイク……世界がみんな、あなたのような人ばかりだったら良かったのに……」
「さようなら、パイク。私の初めて好きになった人」
「……夢……」
外で激戦が繰り広げられる中、カーレンはラボの椅子の上で目を覚ました。
いつの間にか仮眠を仮眠を取っていた間、彼女は懐かしい昔の夢を見ていたようだ。数千年前の記憶の夢を。
「懐かしい夢を見ました。懐かしい……私の夢……」
その記憶が彼女を数千年間も、ある目的へと駆り立てる力となっている。
彼女の記憶の夢は、即ち彼女の望みの夢でもあるのだ。
「そろそろ記憶のインストールが終わった頃でしょう。天上王の復活です」
そう言って彼女が目を向けた先で、一つのカプセルが蓋を開けた。
中から蒸気のようなものがあふれ出し地面へと広がってゆく。その蒸気が光を受け雲のようにボウッと光り幻想的な光景を作り出している。
やがてカプセル内の蒸気が抜け切った時、中から姿を現したのは大きなバイザーを目深に被った一人の男だった。
「さぁ、目覚めて下さい我らの王。そして命じて下さい。我らに戦えと、下等生物共を根絶やしにしろと」
「……」
男はゆっくりとカプセルから立ち上がり、自分の体をしげしげと見回した後、周囲の様子を見回している。
その様子にカーレンは喜び打ち震えながら、パチンと指を鳴らし機械アームに王が羽織るガウンを取らせた。
裸体の王にそのガウンを被せ、カーレンは王の眼前に跪き申し上げた。
「黒い月の真の起動には王が必要なのです。絶対君主として命令する者が。さぁ、お目覚め下さい、新たなる王よ」
王はそれで何かを理解したように悠然と歩き出すのだった。
黒い月の中心部、カーレンのラボの更に奥、全システムの中心部に位置する王の玉座へと向かって。
「ちょっとあんたさっきから何してるのよ!? 何この粉? どこに向かってる訳?」
【蟲人と魔神の情報ネットワークには共通点がある】
アルトメリアが最終奥義で作り出した隙と時間を利用して、ストレンジャーとカイラは黒い月へ内部へと侵入していた。
【だからこっちの言語を魔神用にコンバートする為の情報を集めてる】
「あーあー分かった。私にはさっぱり分からない事が分かった。要するに私はあんたを守ってれば良いんでしょ?」
【うん、お願い】
「はいはい」
道中、ストレンジャーは通路の至る所に菌糸を撒きながら情報伝達回路を形成している。
目的は黒い月へのハッキングだ。
魔神が機械で地球文明の遺産であると知った時、ストレンジャーは蟲人達がそうであるように、魔神達も黒い月からの支援を受けていると考えた。
そこでシステムにハッキングし、システムから魔神への干渉が出来れば、常軌を逸した強さを誇る魔神にも勝てる可能性があると考えたのだ。
(菌糸でネットワークを形成 ディルカカネットワークアクセス 支援要請 そこに魔神を誘い込めば……)
やがて通路の奥の開けた空間に到達したストレンジャー達は、そこに眠る一千体の魔神達を見て戦慄した。
一体でもあれほどの強さと威力を誇るのに、そんな物が千体も起動したら新天地は、いや、この世界は一体どうなってしまうのか。
あまりにも危険すぎる存在に、ストレンジャーは聖騎士団団長スパイクに言われた言葉を再度思い出す。
『魔神はこの世界を滅ぼしかねない災厄だ。絶対に倒さなければならない。それが我々聖騎士の本来の役割なのだから』
確かにスパイクの言った事は本当だった。
これ程の力を持った連中が、今何かをしようと画策している。
数千年間隠れ続けていたにも拘らず今動き出した目的はいったい……。それが世界征服や世界滅亡と言った事なのかは分からない。
だが一つだけ確かな事は、恐らく碌な事を考えていないだろうと言う事だ。
(絶対に阻止する。例えこの命に代えても絶対に)
時が満ちた今、世界の敵が再び動き出そうとしている。それを止めるのが聖騎士団の目的ならば、ストレンジャーは戦おうと思った。
チームストレンヂア……情報思念体でしかなかった彼女に体と外の世界の素晴らしさを教えてくれた地球の最高の友人達。
彼等との思い出が詰まったこの世界を、守り抜こうと決意を固めるのだった。
「ど、どうすんのよこんな数。いったいどうしろって言うのよ、こんな……」
【落ち着いてカイラさん】
ストレンジャーは自分達が出てきたホールの入り口に程近い、一つのカプセルへと近づいた。
そしてそのカプセルの横にあるコンソールに菌糸を撒くと、その隣で横になり菌糸へと手を伸ばして静かに息を吐き出した。
【これから私は黒い月のシステムにダイレクトアクセスします】
「だ、だいれくと……え? つまりどう言う意味?」
【私の意識をこの建造物にダイブさせるのです】
意識をダイブさせる。カイラはストレンジャーが何をしようとしているのか詳しい事は理解できなかったが、その意味する所は何となく分かった。
精霊術師である彼女も精霊を契約を交わす時、無意識下で繋がる為精神を精霊の世界『アストラルサイド』にトリップさせる修行をした。
恐らくストレンジャーは異世界の文明が作ったこの黒い月や魔神と繋がる為、この場所でそれと同じような事をするつもりなのだろう。
「そんな事して大丈夫なの? それ、あんたの意識はかき消されずにもつの?」
そう、自分の精神を大きな『流れ』に入れる事は、防衛のしようがない剥き出しの心を危険に晒すと言う事でもあるのだ。
修行において、カイラはアストラルサイドから戻ってこられなくなった者、精神を破壊されてしまった者、精神が変容して狂ってしまった者、様々な人を見てきた。
だからストレンジャーが魔神を止めるどころか、逆に飲み込まれてしまうのではないかと心配だったのだ。
【カイラさんて優しいね】
「は、はぁ?! べ、別に優しくなんか……」
優しいなどと言われ赤くなるカイラに、ストレンジャーはこんな時なのにと笑顔が浮かんで仕方がなかった。
こんな時なのに……こんな時じゃなければ、きっと彼女とも良い友達になれただろう。共に笑いあって、楽しく時を過ごせただろう。
【魔神達に勝てたらキノコパーティをしようよ】
「あんたこんな時に何言ってんのよ? 頭いかれてんの?」
【そうかもしれない】
「変な奴」
【よく言われる】
菌糸ネットワークが黒い月のネットワークにアクセス出来た時、カイラ達が通ってきた通路から無数の触手と人の顔をした何かが現れた。
二人に襲い掛かろうとするソレをカイラは真空刃で撃退しながら、振り向きもせずストレンジャーに言った。
「……まぁ、この場を生き残れたらね」
【うん】
バリアコートを着ていない触手にはカイラの風の精霊術が通じた。
ストレンジャー本体から遠く離れたこの場所では体は一つしかない。無防備な体をカイラに任せ、カイラもまた、勝敗をストレンジャーに任せた。
聖騎士三人の命を賭けた戦いは今クライマックスへと突入する。
「もーやだー! 飽きた飽きた飽きたー!」
鍵の笛を口から離したリンネは、手をばたつかせながらそう言った。
ストレンジャーとカイラが黒い月中心部へと向かっていた時、アルトメリアもまた黒い月外装部で戦っていた。
獣魔術師アルトメリア=リゾルバの最終奥義――己の魂、全使い魔を開放し一斉攻撃を以って敵を駆逐する戦法は、儚くもリンネによって破られようとしていた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「異世界動物園はもういいよ。面倒だからそのケダモノ全部横一列に並ばせて! まとめて殺すから」
「誰が……はぁ、そんな事、はぁ、はぁ……聞くと思う?」
「大口叩いてた割りに大した事ないくせに、その自信はどこから出てくるのかなぁ? ボクそう言うの大嫌いなんだよね」
「……」
正直、彼女はここまで力に差があったとは思っていなかった。
今までは数体ずつ使い魔をけしかけていたから機械で疲れを知らない魔神に順番に倒されていたが、一度に数百対の獣でかかれば傷くらい、いや、上手く行けば掴まえて拘束・無力化できると期待していた。
だがその目算は甘かった。
一体二体で敵わない獣は、十体でも百体でも同じようにリンネには敵わなかったのだ。
リンネの攻撃は音――音速の早さを持ち指向性もあれば全方位攻撃も出来る。そして何より、リンネは音を使わずとも、素手で獣を簡単に引き千切る力を持っていた。
当初アルトメリアが考えていた時間の半分も経たない内に、アルトメリアの獣魔はその数を残り数十体にまで減らされてしまったのだった。
「このまま時間を稼げればきっと仲間が何とかしてくれる、とか考えてるでしょ?」
リンネが巨大な鰐のような獣の顎を足と手で抑えながらアルトメリアに話しかける。
その隙に狼のような獣魔が数体リンネに噛み付いたがリンネは微動だにしない。勿論、彼女はいまだ無傷のままだ。
「でも残念だったね。中に入ったお仲間は今頃シー姉にやられちゃってるよっ」
言い終わると同時にリンネを食べようともがいていた鰐型獣魔の上顎と下顎が怪力によって分裂させられた。
リンネはもぎ取った下顎を振り回し顎に付いた強靭な牙によって、自分に噛み付く狼型獣魔を突き刺し、そのままもがく鰐型獣魔に叩きつけて黒い肉塊を三つ作り上げた。
「なっ!?」
「ほらっ! これであと二十匹っ」
「くっ!?」
アルトメリアはリンネに気圧されて一歩下がった。
だがそんな自分を無理やり鼓舞し、決意を固めたように人型の使い魔に次なる命令を出す。
「この手に剣を!」
「へぇ! 今頃になってやっと自分でやる気になったんだ!? でも――」
アルトメリアはその剣でリンネに攻撃した。彼女は剣士ではないし自身の身体能力も高くないが、それでも勇気を出す為に、そして僅かでも勝算を上げる為に自分も攻撃したのだ。
だが剣と牙と爪と、アルトメリア渾身の攻撃もリンネにはまるで通用しない。
飛び掛る獣を倒しつつ、アルトメリアの剣もかわし、いなし、受け止める。完全に遊ばれている事は誰の目にも明らかだった。
「君の動きなんか、蚊が止まるくらい遅く見えるよ!」
「負けるかぁああああ!!」
それでも戦うしかない少女は懸命に攻撃を繰り返す。自分の命が一つまた一つと減って行く様を見せ付けられながら、諦めずに立ち向かう。
「あと十匹ぃ!」
そしてとうとう使い魔も残り十体となった。
アルトメリアの命の数は使い魔の数。獣魔を全て放出した今、彼女の命は普通と同じたった一つ。
既に死体故生身より死ににくいが、それもリンネの攻撃の前には関係ないだろう。迫り来る死に対、今また昔のように屍喰いの少女はあまりにも無力だった。
「ねぇ、あんた! まだ終わらないの!?」
その頃、黒い月中央ホールではカイラがシーゲルヘッドを相手に戦っていた。
魔神と違って攻撃が通じるのは良いが、倒しても倒しても次々新しい頭が襲ってきて切りが無い。
体力が無限大の魔神と違って体力は有限のカイラは、もう疲労で上手く飛べなくなりつつあり、かわし切れなかった攻撃で体はボロボロになりつつあった。
「こっちはそろそろ限界よ……上だって……」
カイラが守っているのは無防備な状態のストレンジャーの体だ。
黒い月は地表から離れている為ディルカカネットワークとは分かれている。
その為に彼女は自分の体を中継地点にディルカカネットの支援を受けているのだが、もしこの体を破壊されたら黒い月のシステムに隔絶され、意識は永遠に帰って来れなくなるだろう。
ストレンジャー――元アイドルユニット25通称ニコは、ディルカカネットに情報集合体として漂う魂だけの存在だ。
そんな彼女にとってボディはただの筐体、三次元世界接続用端子でしかなく、生産すればいくらでも代わりのきく物でしかない。
だが今回は違った。このボディを失えば二度と本体に帰還できなくなる。それでもカイラを信じて無防備な姿を晒すしかなかった。
今、ストレンジャーこそが三人の勝利の鍵なのだから。
(何……ここ……)
ストレンジャーは黒い月のメインシステム内部に侵入していた。
(記憶、記憶、記憶、記憶……全部過去の記録ばかり)
そこは無限に連なる記憶の海のようだった。何千、何万人もの人々の生きた記憶。人生のビデオ動画が周囲を埋め尽くし、あまりの情報量に卒倒しそうになる。
(色んな人達の……何千人……何万人……いえ、もっと沢山の人達の生きてきた記憶)
映像と音声とが剥き出しの意識に押し寄せる。こんな中でストレンジャーは、黒い月や魔神の制御に関するプログラムを見つけ出さなければならないのだ。
(ダメ、こんな情報量……押し潰されそう……)
押し寄せる情報の波に必死に抵抗しながらストレンジャーはヒントを探し続けた。
あらゆる画面に同じような地球人達の顔が映っている。正直蟲人の彼女には地球人の顔を見分けるのは難しかったが、それでも声や髪型や髪や肌や瞳の色で探し続ける。
(この中で魔神……あの三人に繋がる道は……道は……)
どのくらい探したろう。時間の感覚が三次元と異なる為分からなかったが、それでも根気よく探して記憶の海を彷徨った結果、彼女はようやくそれらしい情報に辿り着いたのだった。
(ごめんなさい……あなた達を強く作らないと、王様が認めてくれないの)
(良いのですわカーレン様。私達は人間の為に作られたのですから)
(それで博士の願いが叶うなら、オレらはいーんだ)
(ボク達は何があっても、ずっとカーレンの味方だよ?)
(ありがとう……ありがとうみんな……ありがとう)
カーレンとアクシズ三姉妹の声から見つけた四人の記憶。そこでストレンジャーが見た物は意外なものだった。
(何……これ)
それは過去から現代へと繋がる物語。カーレンの、アクシズ三姉妹の戦う理由。そして……。
「まだなの!? ねぇ! ちょっとねぇったら!? ねぇ! ストレンジャー! ストレンジャー! あっ」
ストレンジャーの体を触手から守った瞬間、カイラはとうとうシーゲルヘッドに足を掴まってしまう。
すぐにカマイタチによって切断、脱出を試みるが一度捕らえられたらもう手遅れだった。動きの止まった瞬間から次々シーゲルヘッドと触手に襲われ、たちどころに身動きが取れなくなってしまう。
「は、放しなさいよ! ちょっと! はな、放せ――放せぇーーー!!」
とうとう両手両足を掴まり完全に身動き取れなくなったカイラの前に大きなシーゲルヘッドが鎌首をもたげる。
焦点の合っていない目で舐めるようにカイラを見回した後、ソレは大きな口を開け牙を顕にした。
口は通常の限界を超え頬は耳まで裂けている。そうしてヒトにあるまじき鮫のように凶悪な牙をカイラの首筋に当てたのだ。
「いや……もう、だめーーー!!」
カイラの首に乱杭歯のようなノコギリのような牙が食い込む。いくつも開いた牙による穴から血が滲み始め、カイラはギュッと目を瞑ったのだった。
「ちょこまか逃げんじゃねー!」
「この猛吹雪……視界が、機動力が奪われる! これがヒュントのセカンドアーツ――あっ!?」
全く同じ頃、黒い月地表付近ではソラリアとヒュント&シーゲルヘッド達との戦いに終止符が打たれようとしていた。
ヒュントの周囲を飛び回りながらシーゲルヘッドの噛み付きと触手のドリル攻撃をかわし、ヒュントとも戦っていたソラリアだが、ヒュントのセカンドアーツによって引き起こされた猛吹雪によりとうとう掴まえられてしまったのだ。
「とうとう掴まえたぞてぇめぇ!!」
叫ぶヒュント。その顔は獲物を捕らえた喜びと、これから獲物を殺せる愉悦で歪み、まるで凶悪な悪魔のような顔になっていた。
ソラリアは何とか拘束を緩めようともがくが後の祭り。両手両足の拘束を強められ体を大の字に広げられながら、ヒュントの眼前に連れて行かれるのだった。
ヒュントはソラリアが来ると腕を振りかぶり空中元素圧縮を始めた。集める気体はヘリウム、精製する液体は-272.20℃の液体ヘリウムだ。
魔神のバリアコートも装甲も一瞬で凍りつかせ、ガラスのように粉砕するヒュントの絶対破壊攻撃ファイナルアタック『サドン・インパクト』の準備だ。
「や、やられる!」
最早動かしがたい運命に、ソラリアは固く目をつぶって覚悟した。
「何やってるの? 追い詰められてとうとうイカレちゃったのかな?」
「エルロンだけは……死なせられないからね……」
一方、同じく黒い月地表で戦っていたアルトメリアは、最後の一体となった人型使い魔を庇いリンネの手刀に胸を貫かれていた。
「死なせられないって、これ君の最後の使い魔だよね? 死体だよ?」
「死体でも……死体でも……エルロン」
アルトメリアの口からどす黒い液体が溢れ出し、目からは透明な液体まで流れ出ていた。
その様を見てリンネは気が抜けたのか拍子抜けしたのか、手刀を抜き血を拭いながら敗北したアルトメリアに語りかける。
「まぁいーや。665回目でやっと死んでくれるから。あーーー長かったぁ」
「ごめんね、エルロン……約束……守れそうに無い……や」
力尽き地面に横たわるアルトメリア。
その胸にポッカリ開いた大穴から、止め処無く流れ出る彼女の血と、アンデッドの命を繋ぐ死神モルテの神通力が次々に逃げてゆく。
「これで止め。はいっ、お終い!」
リンネがそう言ったがアルトメリアの耳にはもう届かない。
モルテの力が抜けると共に、取り戻してゆく人間としての感覚。痛み、苦しみ、恐怖にガクガクと体が震えていたからだ。
死にたく無い――彼女が今際の際でそう思った瞬間、”ソレ”は起こった。
「……え?」
リンネの止めは……来なかった。
鍵の笛を口にくわえ、長い出たのはただの美しいメロディーだった。
「そんな! じゃあこれならどうだ! どうだ! 何で!? どうして発動しないの!?」
「やっと魔法が解けたな……」
最後は華々しくフィニッシュを飾ろうと音波攻撃を使用としたリンネだったが、何故か彼女の武器から出るのはただの綺麗な音楽だけ。
シーゲルヘッドと触手は崩れ、それらを形成していたナノマシンの死骸が砂のようになって空に消えてゆく。
急に使えなくなった自慢の武器にリンネが驚いている隙に、開放されたアルトメリアは最後の力を振り絞って立ち上がった。
胸に開いた大穴からは依然として血と神力が流れ出ている。それでも彼女は訪れたチャンスを逃すまいと剣を手にし、力の限り振るったのだ。
「っかはっ!」
剣はバリアコートの防御の隙間を突きアルトメリアの剣がリンネの体に突き立てられた。
「こんな損傷すぐに再生して――再生して、再生……しない!? そんなどうして!」
普段ならんな程度の攻撃瞬時に回復しものともしないリンネだが、この時は回復しない損傷に驚きあわててしまった。
この現象が起こった原因――ストレンジャーの『アンチ魔神プログラム』が、黒い月の支援システムを介して自分の体に流れ込んできていた事にリンネが気付いたのは、アルトメリアが剣に力をこめた瞬間だった。
「私達の勝ちだーーー!!」
「カーレンーーー!」
アルトメリアの剣がリンネの胸を貫く。
胸には魔神の心臓となる頭部以外唯一の急所、コアユニットが収められている。
魔神の心とも言うべき感情を作り出す装置――コアユニットを傷つけられ、リンネは糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
不死身の化け物――魔神・リンネ=サンサーラの最後だった。
「か、勝てた……」
ギリギリだった。
本当にギリギリ、最後の最後まで追い詰められ戦いは、辛くも聖騎士アルトメリアの勝利で幕を閉じた。
いや、聖騎士三人の勝利と言うべきか。アルトメリア、ストレンジャー、そしてカイラ。三人の力を合わせて、ようやく勝利を掴んだのだ。
アルトメリアは最後の使い魔、エルロンの死体に抱きつき、三百年ぶりに泣いた。
そのアルトメリアの華奢な体を、エルロンの死体は何故か命令しても居ないのにしっかりと抱きとめて居たと言う。
「と、止まった……? 間に合ったの? ……はっ、ストレンジャー? ストレンジャー!」
カイラの首筋に牙を立てていたシーゲルヘッドが動きを止め、砂のようになって崩れ落ちた。
手足を縛っていた拘束も解け、カイラは横たわったままのストレンジャーに駆け寄る。
【間に合って良かった】
上半身を起こしながらストレンジャーはいつものようにフリップで話した。
ストレンジャーもまら、黒い月のシステムから無事生還する事が出来たのだ。聖騎士三人の完全勝利だった。
「何よあんた! スゴイじゃない! 私達勝てたのよね!? あの化け物共に勝てたのよね?」
【化け物なんかじゃなかったよ】
「え?」
カイラに『化け物』と言われ、ストレンジャーは思わずそう返してしまう。
なぜなら彼女が見たものは、抗いようの無い時代の流れ――運命に抗おうとした一人の女性と三人の機械少女の悲しい過去だったのだから。
【ううん、何でもない】
だが彼女達が犯した罪は変わらない。
これまで数え切れない数の人達を殺してきた罪が消える事は無いのだ。彼女達は罪を重ねすぎた。だから滅びた。それだけの事。
(なんでも……)
それでもストレンジャーは、心の片隅に残った「可哀想」と言う気持ちを消す事は出来ないのだった。
「な、何故だ……急に体が崩れて……オレの体が……」
「……」
ヒュントの拳がソラリアを粉砕する前に、ヒュントの体は崩壊を始めていた。
黒い月と繋がっていた上半身は取れて地に落ち、鍵の拳を突けた腕は力を込めるとボソリと捥げた。
「負けたのか? オレが、オレ達が……お前等如きムシケラに……」
ストレンジャーの活躍によって一気に形勢は逆転。ソラリアはまた命拾いした。
「ごめん博士……ごめん……ごめ……」
腕を失い上半身だけとなり芋虫のように這いずるしかなくなったヒュント。
それでも彼女は涙を流しながら、自分の苦しみより何より生みの親カーレン=フォーマルハウトへの想いでいっぱいなのだ。
やがて力尽き動かなくなったヒュントを見て、敵だったとは言え妹の無残な最期に、ソラリアは心を痛めずにいられなかった。
「アクシズ三姉妹……可哀想な妹達」
シーゲルとヒュントの最後。カーレンはきっと見ていただろうに、とうとう助けに来てはくれなかった。
報われない想いの最後を目の当たりにしながら、ソラリアは自分は絶対にタクトを助けると心に誓うのだった。
「タクト……タクトは今どこにいるの? 探さなくてはタクトを」
ボロボロになった体を引き擦りながら、ソラリアはタクトを求めまた歩みだすのだった。
「お~~~い」
「みんな無事か~」
ソラリアがタクトを探して再び黒い月の入り口に差し掛かった時、門の奥から声が聞こえてきた。
「シエラ、エル。無事だったのか」
それはシエラとエル二人の声だった。
リンネと戦い惨敗を喫した二人だったが、何とか致命傷は免れていた為傷の応急手当と体力の回復を待ちここに隠れていたのだ。
体中痛むがこんな時にこれ以上休んでは居られない。動けるようになったからソラリアやタクトを探していたのだった。
「探したぞソラリア」
「良かったぁ、ソラリンも無事だったんだね!」
ボロボロだが五体満足で帰ってきたソラリアを見て二人は安堵のため息をついた。
ソラリアが強い事は知っていた。だがいざ実際にリンネの、魔神の恐怖を体験した二人は心配でならなかったのだ。
タクトもアクシズ三姉妹にさらわれ行方知れずのままだし、今こうしてソラリアの無事が確認できただけでも上場だったのだが……。
「ごめんね、私があんな事言ったから……ごめんね。本当にごめんね」
「もう気にしていないよ。ほら、涙を拭いて」
シエラがソラリアに謝った。
少女はここに来るまでもずっと気に病んでいたのだ。
あんな事があったとは言え自分の言葉でソラリアが傷ついて出て行ってしまった。それがここ黒い月での戦いの始まりだったのだから。
こんな悪魔が住む場所に来て激しい戦闘を繰り広げて、もしもソラリアが死んでしまったら自分のせいだと己を責め続けていたのだ。
だがそんな彼女にソラリアは優しく微笑み涙を拭いてやった。そう、これは誰のせいでもない。他ならぬ自分の運命だったから。
「雰囲気が変わったな。記憶を……取り戻したのか?」
「えぇ、全て取り戻したよ。全て、ね」
「そうか良かったな」
ソラリアの変化にいち早く気付いたエルが尋ねた。
ソラリアが記憶喪失だった事は周知の事実だったが、ソラリアが何故ここに向かったのかエルはずっと考えていた。
聖騎士達から聞かされた事はここ黒い月が魔神達の故郷のような場所だと言う事。ならばソラリアは自分が魔神だと言う事を知って、当然故郷に戻れば失った記憶を取り戻せるかもしれないと考えたのだろう。
だがまさかそれが、こんな戦闘状況にまで発展する事になるとは夢にも思わなかったが。
「それよりタクトは?」
「お兄ちゃんは……」
「それについては話がある。こっちに来てくれ」
ソラリアはシエラと再開の喜びを分かち合った後、二人にタクトの行方を知らないか尋ねた。
当然の成り行きだ。ソラリアはタクトを助ける為ミィレスと戦ったし、記憶を取り戻してからもタクトの為アクシズ三姉妹の次女・ヒュントと戦った。
ソラリアの戦いは常にタクトの為なのだ。
だがその肝心のタクトは取り戻せず、今どうなっているかも分からない状態。タクトの無事を確認するまで安心は出来なかった。
「……」
「そうか、タクトはやはりカーレンに……」
二人はソラリアと出会う前、聖騎士三人とも出会っていた。
ソラリアはヒュントとの戦闘で負った傷が回復するまで移動もままならなかったからだ。
その間に二人が聞いた話は、ソラリアが最も恐れていた事態そのものだった。
「ストレンジャーが教えてくれた。奴等は、カーレン=フォーマルハウトは時間跳躍をしようとしている。そしてその為には、この世界の殆どの精霊エネルギーを使ってしまうと」
「戻った先で奴は歴史を改変するつもりだ。千体の魔神を使って、自分の思い通りの歴史をやり直すつもりなんだ」
説明を聞いている間もソラリアは気が気ではなかった。
何故なら彼女は他の五人が知っている情報は既に知っていたからだ。そしてその為にタクトがどうなってしまうのかも……。
「精霊が死滅したら、この世界の自然バランスは完全に崩れてしまうわ」
【天変地異が起こって生き物の住めない星になっちゃう】
確かに装置が起動すれば精霊エネルギー、マナは大量に失われ時空の裂け目はこの大地を引き裂くだろう。
だがソラリアはその先を知らない。
ソラリアの知識はそこまでで終わっているのだ。
「私はタクトを助けに行く。それが私の生きる目的であり、全ての望みなのだから」
だからソラリアにはタクトこそが全てだったのだ。タクトを助け装置の起動を阻止する。いや、最低でもタクトを連れてどこか遠くへ逃げられれば良いと思っていた。
「その道がカーレンの野望を阻止する事に繋がっているのなら、私達も同行するよ」
「ここまできたら乗りかかった船だし、行ってあげるわよ」
【みんなで戦えばきっと勝てるよ】
「そうだそうだ! えい、えい、おー! だよっ」
だが彼女が知り合った五人はあまりにも眩しくて……。
ソラリアもタクトも元は地球の出身だ。異世界がダメになっても地球に逃げれば良い。だがこの五人は異世界こそが故郷であり守るべき大切な場所なのだ。
代わりなんて無い。何としても守り抜きたい唯一の世界。そこを守る為に強大な敵にも立ち向かおうと言う勇気を持っている。自分の為だけではない、もっと大きな物の為に戦っているのだ。
「……」
それが解るからこそソラリアは自分の卑小さが申し訳なかった。
こんな自分を仲間と思って心配してくれる二人に申し訳が立たない気持ちだった。
だがそれでも、どうしても彼女の心の一番深くにあるのはタクトの優しさ、温もりだったのだ。優先順位一はタクト、これは動かしようの無い真の心だから。
「ソラリア、その前に一つ聞いておきたい事がある」
「エル」
エルに話しかけられソラリアはドキリとした。
ありえない事だが、こんな自分勝手な心の奥底を見透かされていないかと不安になったからだ。
「さっきタクトの事を聞いて「やはり」と言っていたな。ソラリア、あんたはもしかして……」
だからせめて、心の奥底だけは秘密にする代わりに他の事は何でも話そうと思った。
自分の秘密も、何もかもを。
「そうだ。私は……」
五人が固唾を呑んで見守る中、とうとうソラリアは秘密を打ち明けるのだった。
「私は……時間跳躍者なんだ』
五人の動きがピタリと止まった。