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0.エメラルドソード

0.EMERALD SWORD



凡夫に語る舌を持たぬというように、そのひとは、無言のまま、最期の一太刀を振り下ろす。稲妻を思わせるそれは、標的の胴を一直線に分断した。『敵』はのた打ち回りもせず、血反吐と呪いの言葉とを静かに吐いて絶命する。地面に崩れ落ちた肉塊は、数年の時を経ず、直ぐ様風化し土煙の一塵となり野に消えていった。


――ため息は誰のものか。

元よりそのひとは、ため息を吐くような心の隙間を一切持たない。『敵』と対峙したとき、一つの言葉も洩らさなかったのは偶然でないのだ。

彼は年の頃14、5の少年と見える。背丈は平均的な大の大人より頭一つ分は低い。顔形には未だ幼さが残り、鼻はやや低く、二重瞼は最近形成されたばかりである。肩まで伸びた髪は動脈血を思わせるほどの深紅色をしていて、街中を歩いていればさぞ目立つ存在だろう。だが、彼からはどこか近寄り難い雰囲気が出ていた。

おそらくは人生のうちで最も多感な時期を迎えた少年は、その瞳に感情というものが宿っていなかった。視線はただ真正面を向き、他のどこにも焦点を合わせない。虚空を見つめ続ける内には、ため息を吐かせる、どのような心情が沈澱しているのか――


少年はあるときより、『敵』と認識する対象を探し出し、駆逐してきた。町で、森で、川で、見つけるや否や、息を吐かさぬ俊敏さで絶命させてきた。それは最近の一年で20名を数える程だった。尋常であれば直ぐ様逮捕され、裁判され、首を括られても弁明できない。しかし少年は、未だに今を生きている。それは『敵』どもが、凡そ総じて全うな人間ではないからであり、世から隔離され疎外された存在であるからだ。とはいえそのような無法者を相手にし、少年は五体満足で生き抜いている。その生は、時代背景を鑑みるに不気味でさえある。時は国々が森と川とを恐れ、境とし、神聖な信仰が人々総ての上に立ち管理し束縛していた、暗黒と呼ばれる世であった。



しかし一年で20人とは、少なすぎる。新たに生を受け増殖する可能性を考えれば、『敵』を絶滅させるには遥かに足りない。加えるに、噂の伝達は歩幅よりも早く伝わり、『敵』に逃走する時間と抵抗する準備とを与えてしまう。それは少年の苦辛を助長させていた。志半ばで膝を折り、身は老い、屍を世に晒すのは堪え難い。

独りであることの限界は、とうの昔に、分かり切っていた。

それを打開する術は、彼の中には浮かんでいなかった。


少年は、もはや誰にも呼ばれることのなくなった名は、エリクスという。

彼は、当世を生きる、最強の魔法使いである。


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