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コスモス  作者: 騨篠穂
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おはよう

夢……


夢って何だろう。


現実とは何が違うのだろう。


私は夢が嫌いだ。


一回限りの使い捨て。


決して連続しないその概念。


それらのものが好きになれない。


あるときは希望を与え、あるときは突き落とす。


煽っておいて、突き堕とす。


それでどれだけ傷ついたか。


どれだけ傷が拡がったか。


忘れていたのに思い出させる。


私は夢が嫌いだ。


そんな事を、夢で思った。







意識が夢と現実をさ迷っている間、どちらかというと現実よりだが、薄ら瞼を開けると、時計は五時半を指していた。


時計に向けていた視線を、昨日シュウが眠りに落ちた場所に向けると、そこには僅かに差し込んだ朝の光を反射する白い壁しかなかった。


ということは、シュウは一度起きてベッドに戻ったということなのだろう。


やっぱり怒ってるかな?


昨日放っておいたこと。


なんだろう、変な気分だ。


胸のあたりがもやもやする。


シュウに嫌われたくない?


私はそう思っているの?


おかしいな、私は他人にはあまり深入りしない主義を決め込んでばかりいると思っていたのに。


自分のことがわからない。


心の中に、何人も何人も、私が私だと思っている私と、私が私だと思っていない私とが共存しているみたいだ。


感覚としては。


私は私がわからない。


この感情はなんだろう……


朝の光から逃げるように、布団を顔まで被り、それでもまだ足りないとばかりに目をつむって考える。


考えられるは二つ。


一つは憧れ。


羨みともいえるかな。


俗っぽい考え方をすれば、シュウのあの黒くて長い髪だとか、整った顔立ちだとか、そういうものが私にはなくて羨ましいと思っているのだろう。


内面的なところでいえば、何ていったらいいんだろう、あの冷たさなのかな、他人に本当に関わろうとしないあの姿勢に憧れてしまっているのかな、私は。


私もあんな風になりたいんだろうか……


きっとなりたいと思っているんだろうな。


でも、人の本質がそう易々と変わるわけもなく、私はずるずると色々なものを引っ張って来てしまっている。


それを断ち切れたら。


と、心の深いところで願っているんじゃないかな。


自己分析をしてみるところ。


二つ目は、これは良いことなのか悪いことなのか、シュウの事を半ば信じてしまっている。


あの冷たさ、きっと向こうからはこちらに関わろうとしない意思表示、それ故に彼女には裏切られないような気がした。


こればかりは理屈も証拠もない、ただの憶測だ。


けれど、なんだかこればかりは外れないような気がする。


なんでだろう、と、暫く考えてみても、納得のいく結論は出なかった。


あ〜もう、頭の中がこんがらがってきた。


と、その時。


お風呂場へ通じる扉がカラリと開いた。


ような音がした。


ぺたっ、ぺたっ。


それに続くように、こちらに向かってくる小さな足音。


シュウ……かな?


足音はどんどん近づいてくる。


なんでかわからないけれど、なんとなく、私は寝たふりをしてみたくなった。


足音が、気配が、おおよそ私から一メートルくらい離れたところで止まった。


それからは、何かが動く気配はしなくなった。


もし、さっきの足音の主がシュウだったなら、シュウは今何をしているのだろう?


私は少し寝息を立てて、寝ているふりをしてみる。


暫くそうしていると、先ほど足跡が止まったあたりから澄んだ声が聞こえてきた。


「起きているのでしょう?」


と。


紛れもなく、それはシュウの声だった。


昨日初めて会った、冷たい瞳の少女の声。


起きようかと考えたが、その澄んだよく通る声は、私の返事を待たずに続けた。


「昨日はごめんなさい。こちらから馴れ馴れしくしないでって言っておきながら、随分と私が馴れ馴れしかったわね。この通り謝るわ」


一瞬、シュウが何を言っているのかわからなかった。


残念なことに、寝起きの頭でも、事を理解するのに一瞬しかかからなかった。


シュウは、私との友好関係を望んではいないということ。


昨日みたいに普通に会話はしないということ。


私も最初は友好関係をそこまで深めようとしなかったけれど、というか、心はどうあれシュウの前で公言してしまったけれど、でも、たったの数時間で情が移ってしまったのかもしれない。


なにせ、今まで私が接したことのないタイプだったので、少し気が変わってしまった。


試みに、もう少し接していたいという気持ちが心のどこかに潜んでいる。


まるで、まだ人間に未練があるように。


だから私は未熟なのだ。


まだ何か人間に期待している。


無駄なのに。


そんなことやったって意味はないのに。


いい加減諦めろよ。


どんなに今まで接したことの無いタイプだからって。


どんなに他人に興味が無さそうな奴だって。


詰る所、人間なんだから。


「これからは気をつけるから、許してくれるわよね?」


その言葉に中身はなく、暗に私に近づくなというセリフを聞かせられているような気分だ。


私の心には様々な思いが飛び交う。


シュウともう少し接したいという気持ちや、それを嘲笑う気持ち。


シュウだって今までの奴と何も変わらないという気持ちや、それを押さえ付ける気持ち。


様々な気持ちがあった。


でも、今一番大きい気持ちは、もっと具体的で、わかりやすいものだった。


シュウの口からそんな言葉聞きたくない……


不快だった。


シュウが私に与えたのは、怒りでもなく、悲しみでもなく、単なる不快感。


心のもやもやが、別の大きなもやもやに乗っとられた感じだった。


シュウの言葉が不快。


シュウからそう言われるのが不快。


だから、不快なことはやめて貰いたいと思うのは普通だよね。


「これからはちゃんと節度を守って生活するわ。だから……」


そこまで聞いて、私は我慢の限界がきた。


被っていた布団を跳ね上げるように起き上がる。


一瞬の出来事に驚いたシュウは言葉が詰まって次が出てこない。


しめた。


「……夢か、良かった〜」


私はそう言って、胸に手を当てて二、三回深く息を吸った。


そして、シュウの方を向いて、


「おはよう、シュウ」


と言った。


「………………」


シュウは黙ったままだった。


私に呆れていて言葉が出ないのか、それともまだ言葉に詰まったままなのか、私にはわからなかった。


けれど、今の私にはそのどちらでも良かった。


結果的にシュウの口から紡ぎ出される言葉を止めることが出来たのだから。


「そういえば、昨日はごめん。シュウ、寝てたから、悪いとは思ったけどそのままにして眠っちゃって。やっぱり起こした方がよかったよね?」


「………………」


「今度から気をつけるから、許してくれる?」


暫くは、お互いの視線が絡み合うだけで、それ以外は何もなかった。


シュウの視線が、私に絡み付いてくるだけで。


その瞳の奥には、小さな私が居るだけで、シュウが何を感じているかは読み取れない。


少なくとも、私には。


絡み合う視線に最初に根負けしたのは、意外にもシュウで、


「そう、解ったわ。これからは気をつけなさい」


と、重たい口を開いた。


きっとシュウは私が狸寝入りをしていたことには気がついている。


私がそう仕向けるまでもなく、最初の一言を発した時から本当に私が起きているとわかっていた。


だから、私に対して言った『解った』という言葉は、きっと私がシュウの提案を拒否したことに対してだろう。


裏の読み合い読ませ合い。


朝から本当に高度なことをやらせてくれる。


私はいくらかシュウが体調を気遣う質問をしたのだが、全て素っ気ない返事で返されてしまった。


それを聞いて、少しほっとした。


「よかった。風邪とかは引いてないみたいだね」


そう言って、ベッドから抜け出して伸びをする。


「よし、昨日のお詫びに私が朝ご飯を作りますか」


台所に向かって足を進める。


なるべくシュウの目を見ないように。


今シュウの目を覗き込んで、彼女の想いが流れ込んで来たら、いったい私は彼女の何を見るのだろう?


台所の冷蔵庫の前を通り過ぎようとしたとき、後ろからあの声に呼び止められた気がした。


「ん、何?」


シュウはこちらを向いていた。


「何って程でもないけど……」


おはよう……


と、その口から聞けたような気がした。


おはよう。


その一言が聞けただけで、なんだか胸の中に満ちていくものがあった。


「うん、おはよう」


それを聞くと、シュウは自分のベッドの方へ歩いていって、私の視界から消えた。


何だろう。


なんだか無性に頬が緩む。


私の頬を緩ませるのは、紗紀ちゃんの専売特許なのに。


なんだか心弾むような気持ちで、私は冷蔵庫の扉を開いた。


それが、私と冷たい瞳の少女との初めての朝だった。

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